第13話 路地裏の悪魔
攻撃の放たれた地点は分かっている。華凛の目は見逃さない。人の行き交う表の通りから外れた薄暗い建物の隙間へとゆっくりと降りていく。
そこは人気のない路地裏だった。人の目が無いからこそ悪魔の力を振るってきたのだろう。姑息な敵だった。華凛は着地してから陽菜と雅を横に下ろした。相手がどこにいるか探す必要はなかった。
華凛の力なら例え相手が隠れていたとしてもすでに目標の位置は掴んでいるのであぶり出すことは可能だったが、敵はいきなり攻撃してきておいて全く悪びれも反省もせず堂々と立っていた。
まるでやってくる華凛達を待ち受けていたと言わんばかりの不遜な態度で。
そこにいたのは不気味に笑う薄汚い不潔な男だった。まさにドブネズミと呼ぶにふさわしい姿だった。彼はにやけるように笑って言った。
「うへへ、壮平の奴がこの町の奴にやられたって聞いたからどんな凄い奴のいる魔境かと思ったがよ。お前のようなチョロそうなガキの悪魔が呑気に飛んでいるならたいしたことのなさそうな町だなあ」
「壮平の仇を討ちにきたの?」
壮平は人間達を使って組織的に行動していた。他にも仲間がいたと考えてもおかしくはない。
華凛は目の前の男が前の事件の関係者かと思って身構えたが、相手は無造作に追い払うように手を振って否定した。
「冗談言うなよ、ちびっ子。奴はしょせん人間としかつるめなかったはぐれものの小者なのさ。俺はただ空を蚊が飛んでいたから落とそうと思っただけさ。この町に来た景気付けの一発になるはずだったんだがなあ」
「そんなたいした理由も無しにわたし達を狙ったの? 悪魔のわたしはともかく、人間の陽菜ちゃんと雅ちゃんに当たってたらどう責任を取ったつもり!?」
「知った事か。悪魔ってのはそういうもんだろ。この町の悪魔は甘ちゃんだな。人間なんかに気を使いやがってよ。遊びたいならこの俺が遊んでやるぜ!」
薄汚い男は悪魔の本性を現した。その体が膨れ上がり、どす黒い液体を垂れ流していく。その正体もまたこの暗い路地裏にふさわしいドブネズミのようであった。
そこから漂う悪臭に華凛は耐えられたが、ただの人間である陽菜と雅は嫌悪に顔を歪めた。
「臭いですわね、この悪魔」
「嫌な臭い」
「捕まえた方が良い?」
二人が悪魔を欲しがっていることを知っている華凛は念のために訊いてみるが、
「悪魔なら何でもいいわけじゃありませんわ!」
「こんな臭いのを入れたら部室にある資料が滅茶苦茶になる。やっつけて」
「分かった」
二人の了承を得て華凛の行動は決まった。二人とも悪魔に興味はあってもごく普通の人間の女の子なのだ。受け入れられない物はある。
華凛は不気味に笑う男に向き直る。男は華凛を前にしても全く余裕の表情を崩さなかった。
それもそのはず。華凛と男は初対面なのだから。実力を知らなかった。男は華凛を子供と見て舐めきっていた。
「よっと」
男はまったくの軽いと思える跳躍で素早く華凛に接近。さすがネズミのような素早さだ。本気を出していなくても並の子供の悪魔なら見切れなかっただろう。そのまま腕を振り下ろしてきた。
華凛はわずかな動きでそれを横に回避した。
「臭いから触らない方がいいよね」
攻撃を防ぐことはせず、次々と左右に回避していく。
「やっぱ小さい奴は当てにくいな。だが!」
男は繰り出す攻撃を全て外されて息が上がってきたが、まだ余裕の表情は崩さなかった。まだ全ての攻撃手段を封じられたわけではないのだから焦る必要は無い。
悪魔には特別な力がある。男は今それを発動させる。
「クウェアアアアアアアア!!」
彼が大きく口を開けて甲高い声を発すると周囲のビルが震え、陽菜と雅が膝をついた。
「何ですの、今の音」
「耳がキーーーンと来た」
耳を抑えてうずくまる二人。効果を与えた反応を見て男は満足気に口を閉じた。
「どうだ? 俺の超音波の味は。平気そうな顔をしているがお前も相当体に堪えたはずだぜ。表でも何人か倒れているかもな。クハハ!」
「許せない」
「あ?」
華凛の怒りが燃える。周囲の空気を今度は華凛の力が振るわせていく。
華凛の後ろにいたから二人はこの程度で済んだのだ。まともに受けていたら二人とも病院に運ばれていたかもしれない。
いきなりの事で対処がしきれなかった。相手を舐めていたのは華凛もこの男と同様だった。
怒る相手は男か自分自身か、あるいは両方か。どうでも良かった。倒す相手は目の前にいるのだから。
男は強大な悪魔に喧嘩を売った。今それを後悔する時だ。
華凛は怒りの黒い炎をその身にまとわせた。その秘められた強い力に男は初めて驚愕と混乱を見せた。
「な……なんだ……? お前、何者なんだ!」
「わたしは華凛。ただの悪魔よ。お前はどこから来たの?」
「し……C町から……です。命ばかりは助けて!」
「分かった。命は取らない。でも、消えて」
「ひえええええ!!」
男は脇目もふらずに逃げ出した。愚かな男でもあまりに違いすぎる力の差を感じる事は出来たようだ。災害を前にした小者は本能のままに逃げ出すしかない。
でも、逃がさない。華凛は大切な物を傷つけた汚い男を逃がさない。
華凛は怒りの炎を手に集中させるとそれを真っすぐに相手に向けて放った。
「ふげえええええ! もう許してえええ!」
男は炎に包まれて吹っ飛び、空の向こうへと消えていった。その方向には男の言ったC町があった。
邪魔な物をこの町から追い出して元の町へと返した。その後の事は華凛の知るところでは無い。敵が来ればまた排除するだけだ。
「もう二度とこの町に来ないでよ」
華凛が言わなくても彼がもうここに来ることはないだろう。誰に喧嘩を売ったのかを知ったのだから。利口な動物ならもう危ない場所には近づかないものだ。
華凛は友達の二人の方に振り返る。陽菜と雅はもう気分が悪いのは治ったようだ。耳から手を離して立ち上がっていた。
「華凛ちゃん、大丈夫ですの?」
「うん、平気。あれぐらいなら何ともないよ。陽菜ちゃんと雅ちゃんは大丈夫?」
「耳ならもう平気ですわ。それよりも困ったことが」
「困ったこと?」
「この臭いが。悪魔でも嫌い」
「臭い?」
鼻を摘まんで手を振っている雅に言われて華凛は悪魔の力を納めて人としての鼻で嗅いでみた。ちょっと臭かった。女の子なら気になるだろう。
陽菜が提案する。
「今日はもう帰りましょうか」
「「賛成」」
部長の言葉に雅が同意して華凛も頷く。そして、この日の活動は終了となったのだった。
明日になったらまた学校がある。三人の少女達は裏路地から表の大通りへと出た。
超音波の影響で人々が騒いでいたがたいした被害は出ていないようだった。
安全を確認して三人は部室まで戻って荷物を取り、それぞれの帰路へと着いていった。
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