第12話 飛ぼう

 屋上はがらんとして殺風景でただっ広い。日頃から施錠されて誰も訪れることが無い場所。今さっき鍵を開けたばかりなので当然のことだが自分達以外に他人の姿は無かった。

 華凛と陽菜と雅はそれぞれに歩みを進めて辺りを見回した。

 雅が高く雲の浮かんだ青空を見上げ、陽菜が声の聞こえる校庭の方へ向かって歩いていく。華凛は屋上はもう何回か見た事があるので余計な事はしないようにしようと思って立ち止まった。

 端まで行って金網越しに校庭を見下ろした陽菜が振り返って言ってくる。


「では、ここで翼を広げて飛びましょうか。華凛ちゃん」

「「ここで飛ぶの!?」」


 興奮して瞳を煌めかせる雅と驚く華凛で言葉が被ってしまった。華凛は困惑したが、雅は嬉しそうだ。

 思わず二人で見つめ合うのも束の間、雅はゆっくり歩いてきて華凛の背後に回り込んだ。何をするのかと思っていたらいきなり背中に飛びついてきた。


「レッツゴー!」


 自分の興味のある分野では雅はとてもノリノリだ。星のように瞳を煌めかせて片腕を振り回している。

 どうやらおんぶしたまま飛べと彼女は望んでいるようだ。華凛の悪魔の力なら友達どころかダンプカーだって運んで飛べるが……

 思案して華凛は迷ってしまう。陽菜には何か考えがあるのだろうか。華凛は思った疑問を素直に部長に向かって口にすることにした。


「飛ぶのはいいけど、ここだとみんなにばれるんじゃないの?」


 部室なら閉め切ってしまえば誰にも見つからないが、屋上ならさすがに誰かに見られる可能性がある。

 華凛の悪魔の力なら姿を隠蔽することも出来るが、悪魔が大きな力を使った反応が誰かに察知される可能性もある。

 自分一人なら容易いことでも友達と一緒に空を飛びながらという経験は華凛には無かったので、どれだけの力が周囲に影響を及ぼすのか、華凛には計り切れなかった。

 それに華凛は飛ぶことには慣れているが、かくれんぼはそれほど得意ではなかった。

 部員の素朴な疑問に陽菜は快く答えてくれた。何も問題はないとばかりに胸を張って太鼓判を押してくれる。


「心配には及びませんわ。要は人の目をそらせればいいのですから」


 ポケットから何かを取り出す陽菜。彼女がそのボタンの一つを押すと遠くで花火が上がった。

 夕方の近づいてきた空に薄っすらと花が咲くのが広がり、パンパンパンと鳴り響く音にみんなの注意がそっちに向いた。

 屋上の端からその様子を確認し、陽菜は小走りで華凛の元に向かってきた。


「さあ、今ですわ。華凛ちゃん!」

「陽菜ちゃんまで!?」

「ええ!」

「空へ飛んで!」


 目の前で立ち止まって両手を広げた陽菜をちょっと考えてからお姫様抱っこして、雅の声に答えるようにして華凛は悪魔の翼を広げて空へとはばたいた。

 花火の方に注意が行って地上の人々は誰も屋上から飛び立つ少女達に気付いていないようだ。今のうちに地上からは見えない高さまで上昇する。

 空はあっという間に近くなる。地上がパノラマのように眼下に広がって、ここまで来ればもう地上の人々からは見つけられないと思えた。

 華凛の目でも悪魔の力を瞳に発動させないと地上の人々の姿は判別できなかった。


「二人とも大丈夫?」


 華凛は悪魔なのでこの高さでも平気だが、人間の二人は大丈夫だろうか。見ればその心配は無用のようだった。


「ここが華凛ちゃんから見える景色ですのね」

「もっと飛んで。バビューンと行って」


 陽菜も雅もとても喜んでいた。そんな二人の親友の元気で無邪気な姿を見て華凛ももっと力を見せる事にした。


「じゃあ、もっと飛ぶから何かあったら言ってよ」


 華凛は体に力を入れて悪魔の力を発動させる。二人を落とさないように気を使って空を飛ぶことにした。




 華凛は人々の視線の事だけを気にしていたのでそれ以外の存在が自分達を見ていた事には気づかなかった。

 地上から高い空を飛ぶ少女達の姿は人間の目には見えなかったが、悪魔の目からは見えていたのだ。

 華凛はまさか自分達が狙われているなんて思っていなかったので気づくのが遅れてしまった。


「生意気そうなガキどもが飛んでいるな。良い的だ!」


 地上から明確な敵意を持って悪魔の吐いたレーザー光線が迸った。華凛は遅れて気が付いたが何とかバリアを張って防御した。

 光線はなんなく防いだが、陽菜と雅の近くまで攻撃を寄せ付けてしまった。その事に華凛は怒り、反撃を放とうとするが……


「今のは悪魔の攻撃ですの?」

「そうみたい」

「悪魔がいるなら見てみたいよ」

「そうですね、身の程知らずの顔を見に行きましょう。華凛ちゃん、降りてください」


 二人がそれを望んだので華凛は攻撃の魔力を納めて地上に降りることにした。

 華凛にとってもこのまま敵の正体や目的を知らずに倒すよりも、きちんと相手を見定めた方が安心できると思った。

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