第4話 悪魔との対決

 華凛は雅と並んでみんなの最後尾につき、薄暗い廃坑を歩いていく。目標が近づいているのでみんな無口だ。

 話声を聞かれて悪魔に対応されるわけにはいかない。

 天井の影を見て、雅がこっそり耳打ちして囁きかけてきた。


「見て、華凛ちゃん。蝙蝠がいるよ」

「うん、いるね」

「これから見る悪魔はもっと凄いんだろうね。ワクワクするよ」

「うん、ワクワクするね」


 華凛は別にワクワクしていないし、どちらかと言えばドキドキしていたが、友達に話を合わせておいた。

 廃坑の中央の道を真っすぐに歩いていく。かつては働いている人達がいて使われていた場所なので天然の洞窟みたいに歩きにくいといったことはない。

 少し行ったところで前を歩いていた陽菜が振り返って静かにするようにと人差し指を立てて合図してきた。

 何かあるようだ。みんなに気づかれないように悪魔の力で視力を少しだけ強化して前を見ると、前方の通路を行きついたところに開けた場所があるのが見えた。

 かつての作業場だろうか。もっとよく見ようとしていると不意に横から雅が服の袖をちょんちょんと引いてきた。

 気が付いて視界を戻すと、みんなが先に行くのが見えた。遠くに集中して近くがお留守になっていた。

 華凛は雅と一緒に遅れないように息を潜めて、みんなに続いて歩いていった。




 間もなく遠くに見えていた場所に辿り着く。

 通路を行きついた先、広間に入る手前の物陰からみんなで様子を伺った。

 灯りの照らされた部屋で男達が集まって何やら話しているのが見えた。

 華凛は悪魔の力で耳の聴力を強化して聞いた方がいいかと思ったが、その前に陽菜とみーくんの間でジェスチャーでやりとりが行われ、行動が決まっていた。

 陽菜が最初に話した作戦通り、決行される。

 みーくん達一派は相手を驚かせるように奇声を上げて、通路から広間の中へと踊り出していった。


「いやっほー、覚悟しろ、悪魔どもーーー!」

「リーダーに続けえ!」

「ひゃっほう!」


 みんなが悪魔と目されている男達に跳びかかっていく。話し合いをしていた男達は奇襲に面食らいながら立ち上がった。


「なんだ、お前ら!」

「この場所がばれているのか!」

「ちくしょう! やられるかよ!」


 男達の乱闘が始まった。集団同士の殴る蹴るの戦いが行われていく。


「みーくん、頑張れーーー!」

「どっちも負けるなーーー」


 陽菜が黄色い応援の声を上げ、雅はどっちを応援しているのか分からない声を出す。華凛はどうしていいか分からず見ているだけだった。

 悪魔の力を使えば制圧するのは容易いが、それではみんなに華凛が悪魔だということが知られてしまう。記憶を消すのは簡単だが、怖がられたらきっと自分は今の関係が続けられなくなってしまう。

 ここは陽菜の作戦を信じることにした。

 戦いはそう長くは続かなかった。みーくん達は血気も腕っぷしの強さも十分で、対する悪魔らしい男達は不意を打たれてあまり士気も高くなく、ロープでふんじばって捕まえるのにそう苦労は無かった。

 捕縛した男達の前に陽菜が仁王立ちする。雅が小走りに近づいていって、華凛も後に続いた。作戦通り、ここからは悪魔研究会の出番だ。

 勝利者のリーダーとして陽菜が男達に向かって堂々と訊ねた。


「あなた達が悪魔ですの?」

「悪魔? ああ、お前達はリーダーの言った話を信じているのか」

「リーダー? あなた達のリーダーはどこにいますの? 出しなさい」

「それならもう捕まったよ。今朝のニュースを見ただろう。それで残された俺達はこれからどうするかを話し合っていたのさ」


 どうやら事件は思わぬところで繋がっていたらしい。まさか今朝吹っ飛ばした男がここにいる奴らのリーダーで、そのグループがここを根城にしていたなんて。

 陽菜はため息を吐いて携帯を取り出し、雅はがっかりしょぼんと肩を落としていた。


「ここに悪魔はいなかった……」

「あなた達は警察に通報しますわ。圏外。ここを出ないと電波を拾えないようですわね」


 諦めのムードの中、みんなで帰ろうとする。だが、その前に背後から声を掛けられて振り返った。


「困りますね、彼らを連れていかれては。彼らは悪魔の活動と恐怖を広めるために結集した同士なのですから」

「誰!?」


 いつからそこにいたのか。部屋の入口から男が入ってきていた。紳士のような身なりをした礼儀正しい男だった。

 彼のことはこちらは知らなかったが、犯人グループの男達が知っていた。


「サブリーダーの壮平さんだ! ご無事だったんですね!」

「あなたがいれば立て直せる! 早く助けてください!」


 だが、柔和な笑みを見せる壮平の言葉は非情な物だった。


「いいえ、このようなただのゴロツキどもに敗れるようでは悪魔の恐怖は示せません。リーダーも簡単に逮捕されてしまいましたし、逆に悪魔なんてたいしたことがないと世間の皆様から舐められてしまいますよ。あなた達はここで始末して私は次なる同士を探しに向かいます。さあ、最後に悪魔の力を教えてあげますよ! せめて恐怖なさい!」


 壮平の姿が変貌する。角が突き出し羽が生え腕が伸びる。その姿は黒い悪魔となった。


「悪魔!」


 華凛の声に雅が反応して目を星のように煌めかせる。相手の正体が分かればこちらの行動は決まっている。陽菜が素早く指示を飛ばした。


「みーくん!」

「任せとけ、お嬢! 今度こそ本物をとっ捕まえてやるからな!」


 悪魔が相手でも恐れはしない。元からそのために来たのだし、相手は一人だ。

 猛獣を捕まえるような物。

 みーくん達が跳びかかっていく。だが、


「ふん、悪魔を知らぬ愚か者どもが!」


 壮平が翼を振って風を起こしただけで吹っ飛んで気絶してしまった。


「ちょっと、みーくん。何やってますの! 立ち上がって!」

「これが悪魔の力。わくわく」


 陽菜がうろたえ、雅が興奮している。二人の前に悪魔が立った。


「僕は女の子といえど手加減はしませんよ。この場所を去る前に悪魔の恐怖を教えてあげませんとね。さあ、震えなさい!」


 悪魔が腕を振り上げ、下ろそうとする。その前に華凛が飛び出し、その攻撃を受け止めた。壮平は驚愕の表情を見せた。


「なに!? 僕の他にも悪魔がいたのか!」

「二人を傷つけようとしたな。許せない!」


 華凛の放つ気迫に壮平は弾かれて後退した。お互いに睨み合う。庇う華凛の背後から陽菜がおずおずと話しかけてくる。


「華凛ちゃん、そのお姿は?」

「大丈夫、わたしは味方だから。下がっていて」

「凄い! どうして今まで黙ってたの!」


 雅はこんな時でも興奮に弾んで喜んでいる。彼女に恐怖は無いのだろうか。

 二人に知られたのはまずいことだが、後で記憶を消せば問題無いかと結論づけ、華凛は再び前を見る。壮平が悪魔の口を開いて話しかけてくる。


「君も悪魔なら話が早い。ともに手を取り合って人間達を恐怖させてはみませんか?」

「あなた達はどうして人に迷惑を掛けることばかりするの!?」

「おかしなことを言うのですね。決まっているでしょう? 力を手に入れたら誰だって見せびらかしたくなるものです。隠しておく理由がどこにあるのです?」

「あなた達のような悪魔のせいでわたし達は!」

「いいですね。その怒りの表情。実に悪魔らしい」

「…………っ!」


 言われて華凛はハッと気づいた。後ろでは陽菜が目を瞑って祈っている。雅が何も見逃すまいと目を煌めかせて見守っている。

 華凛は高ぶっていた気持ちを抑えて、戦う相手と向き合った。壮平は不思議そうに言った。


「どうしました? これから戦って見せるのではないのですか? その子達に悪魔の本当の力を。人とは違うこの世の恐怖が在ることを」

「わたしは力を見せびらかしたいわけじゃない。ただ黙らせたいだけ。あなたのように人に迷惑を掛ける連中を!」


 華凛の冷静で冷たい視線が相手を射抜く。壮平はそれだけで動けなくなった。


「あ……あれ? な、なな、なんですか、これは。この僕が動けなく……? まさか僕が恐怖を! こんな小さな少女の悪魔なんかに!?」

「お前はもう黙ってろ」


 華凛は瞬時に壮平の前に近づいて立った。彼は気づかなかったのかもしれない。悪魔のレベルがあまりにもかけ離れて違うことに。

 睨む華凛の大悪魔の目を、平凡な悪魔の男はただ恐怖にすくみ上って見下ろすことしか出来なかった。

 冷や汗を垂らして震えるその顎に、華凛の鋭いアッパーが炸裂した。


「ほげーーー! ぶげっ、ぶぎゃぎゃぎゃ! ほげーん、ぶぎゃああああん!」


 壮平の体は天井にぶつかって砕いて貫いていき、外に出て空まで舞い上がって山の果てまで飛んで消えていった。

 これぐらいで悪魔は死なないが、精神は参ったはずだ。しばらくは華凛の強大な悪魔の影に怯えて暮らすことになるだろう。

 手加減はしたつもりだが、天井が崩れ始めてきた。この場所に留まるのは危険だ。


「華凛さん!」

「大丈夫、わたしに任せて!」


 困惑する陽菜と目を煌めかせる雅に頷いて答え、華凛は悪魔の力でみんなの体を宙に浮かべ、素早く崩れゆく廃坑から脱出していった。




 みんなが気づくまで少し待った。

 入る前に集まった廃坑前の広場でみーくん達は目を覚ました。


「いてて、何があったんだ、お嬢? 悪魔は?」

「それならとても強い人が来てやっつけてくれましたわ」

「そうか、警察を呼んだんだな。役に立てなくて済まねえな」


 外に出て陽菜がすぐに電話して警察を呼んだのは犯人グループの男達を連れて行かせるためだったのだが、そこまで話す必要はないと陽菜は思っているようだった。

 華凛としては余計な手間が省けてありがたいことだった。陽菜は柔らかい少女の笑みを浮かべてみーくんに答えた。


「いいえ、あなた達はとても役に立ってくれました。また何かあったらお願いしますわね」

「ああ、またな」


 そうして、みーくん達は帰っていった。帰りは仲間内で話すことがあるからと送迎を断っていた。

 その悪魔研究会の身内同士の話し合いが今からあるのだが、


「さて、華凛さん。話してくれますわね」

「うん、でも、御免」


 華凛には何も話すつもりは無かった。黒い吐息を吹きかける。陽菜と雅は気を失い、二人とも目覚めた時にはここであった悪魔の記憶を全て忘れているだろう。そのはずだった。

 だが、二人は平気な顔できょとんとしていた。


「華凛さん、今の黒い息は悪魔的な何かの芸ですの?」

「え? 忘れないの?」

「わたし達の絆は永遠にして不滅。さあ、悪魔よ! わたし達にその全てを教えて!」

「ちょっと雅ちゃん! そんな、触らないで! そこ、やああああ!」


 古の時代、人は悪魔と契約し特別な絆を結んだという。

 自ら悪魔研究会の部室へと赴き、仲間に入れてもらった華凛も、どうやら二人と知らない間に特別な絆を結んでいたらしい。


「そうだ写真! 写真を撮っておきませんと!」

「これが悪魔の匂い。良い」

「ちょっと二人とも! 止めてよー!」


 陽菜が腕を組んできてスマホを掲げ、雅が体にひっついて鼻をすすってくる。

 その関係が良いか悪いかはさておいて。華凛の生活は続くのだった。


「もう殴るよ!」

「いてっ」

「華凛さんが怒った……これもレアですわね!」


 パシャリ。


 良い写真が撮れていた。悪魔研究会にとっては記念すべき日となり、華凛にとっても特別な日となったのだった。

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