第3話 学校の友達

 華凛は再び空を飛んでいく。その姿は地上から人が見上げても何か黒い点が通り過ぎたとしか思わないだろう。

 犯行の現場から学校までは結構な距離があるが、悪魔の力で飛べばこれぐらいの離れた距離でもすぐに着く。

 だが、行けるからと言って、学校まで悪魔の力で直通で行くわけにはいかない。 登校する朝の時間帯の学校の辺りは人目がある。降りるところを誰かに目撃されて怪しまれるわけにはいかない。

 それに家から学校までは班で集まって登校する決まりになっているのだ。

 華凛は学校の近くの人気のない裏路地に降り立った。驚いた犬がワンワンと吠えるが、人差し指を口元に立てて黙らせた。

 獣は本能に敏感だ。圧倒的な強者がいればどちらが強いかすぐに理解する。

 犬を黙らせてから悪魔の力を隠した華凛は、裏路地の角からそっと通学路の様子を伺い、タイミングを見て通学する自分の班の生徒の列に合流した。

 少し歩いて気が付いた班長の子が振り返って訊ねてきた。


「あれ? 黒野さん、いつ来たの?」

「ちょっと前に来たよ。準備に手間取っちゃってごめんなさい」

「そう」


 それで会話が終わり、班長の子は自分の友達との雑談を再開した。彼女達は彼女達で忙しい。どうでもいい他人の事情に構う暇は無いようだった。

 こういう時は付き合いが無くて助かると思う華凛であった。




 校門で挨拶活動をしている先生と生徒達に会釈をして昇降口を入り、靴箱で上履きに履き替えて廊下を歩いていく。

 小学校は朝から生徒達の喧騒で賑やかだ。

 登校して教室に入った華凛は誰とも話をすることもせずに黙って自分の席に直行して座った。

 このまま人形のように黙って授業が始まるまで待つつもりだったが、そうすることを許さない少女達が二人いた。

 明るい印象を与えるお気楽なお日様のような真白陽菜(ましろ ひな)と、魔術と占いが好きな黒いマニアの星崎雅(ほしざき みやび)だ。

 彼女達は好奇心に溢れる瞳と行動力を発揮して、華凛の前にやって来た。


「華凛さん、あの話をお聞きになりまして?」

「あの話って?」


 どの話なのか華凛には心当たりがない。朝から明るい太陽のようなオーラを発する陽菜に続いて暗い夜空の星のような夢見がちなムードの雅が話しかけてきた。


「遠くの町に悪魔が現れたらしいよ。こんな学校さぼって見に行けば良かったね」

「学校はさぼっちゃ行けませんわ」

「分かってるよ。もう終わったって話だし。くう~、悔しいよ」


 二人はまだとても話したそうにしている。華凛には特に話すことは無かったので聞き役に回っておいた。

 すぐにチャイムが鳴って先生が来てしまった。生徒は自分の席に戻らなければならない。


「ほら、早く席につけー」


 先生が手を叩きながらおっしゃり、生徒達がよく調教された猿のように席についていく。


「では、華凛さん。話したいことがあるのでまた放課後に例の場所で。待ってますわよ」

「うん、陽菜ちゃん」

「わたし達の友情は不滅にして永遠。また集まろう、あの集会場で」

「うん、雅ちゃん」


 真白陽菜と星崎雅もそれぞれに自分の席に戻っていった。

 そうして生徒達全員が席に着き、学校の授業が始まった。最初に先生から話があった。その内容は今朝の悪魔の事件の事だった。


「ニュースで見たが、遠くの町で騒ぎがあったようだな。だが、恐ろしい悪魔が現れても先生が守ってやるからな。お前達は何の心配もいらないぞ」


 腕っぷしを見せながらの先生の冗談めかした話に生徒達は笑いを上げ、華凛は悪魔はここにいるけど言わない方がいいなと改めて思って教科書を立てて顔を半分隠し、その後はいつも通りの授業が行われていった。




 放課後、華凛は約束した通りに陽菜と雅と一緒に悪魔研究会の部室に行くことになった。

 この会は部として認められてるわけではなく、その実態は陽菜の提案した私的な集まりのような物だった。

 悪魔研究会などと大層な名前が付いているが、その活動方針はただ悪魔好きの女の子で集まって何かしようというだけの会だった。メンバーはリーダーの陽菜以下、雅と華凛だけだった。

 その人気の無さから悪魔がいかに人から避けられているのか、華凛は実感できてしまう。この会が後ろ指を差されずに済んでいるのは一重にお日様のように明るい陽菜の人徳故だろう。

 陽菜が思いつきのように始めた日の事を華凛は思い出す。

 この学年に上がったばかりの頃、教室で明るく募集を呼びかけた陽菜の話に乗ったのは、その時は雅だけだった。

 華凛が加わったのはその後の放課後のことだった。教室ではスルーしたが、やっぱり自分の関係する悪魔のことを知りたかったので戸惑いながらもこの部屋に顔を出すことになった。

 ドアからそっと様子を伺っていると、気づかれて引っ張り込まれた。

 教室では話をしたこともない自分を陽菜も雅も快く迎えてくれた。差し出された入部届けに言われるままにサインして、正式なメンバーとして認められた。二人ともとても喜んでくれて華凛も嬉しかった。

 それ以来、華凛はそれが良かったのか悪かったのか、ちょくちょく二人に絡まれるようになった。

 さて、肝心の悪魔の知識だが。所詮は素人のやる事。たいした知識は得られなかった。

 それでも二人について行くことは悪い気分では無かったので付き合いは続いていた。

 悪魔研究会の部屋の静謐な空気の中、華凛は雅と並んで席に着き、黒板の前に立った陽菜が議長として宣言した。


「お二人も知っての通り、今朝悪魔が現れましたわ」

「ええ」

「はい」


 雅に続いて返事をする華凛。どちらかというとコミュ症な二人の前で、明るい陽菜は張り切って言葉を続けた。


「ニュースでも言っていたように悪魔は実在しますの。しかし、我々の近くにはいません。これは困った事態ですわ」

「うん、困ったね。研究会としてはやはり悪魔が欲しい」


 悪魔はここにいるんだけど、とは言えない雰囲気だ。両親が言っていたように何が起こるか分からないし、華凛は今の関係を壊したくはなかった。

 華凛が考え、雅が自分の興味のある分野のことで鼻息を鳴らしていると、陽菜はさらに声を上げて言葉を続けてきた。


「ですが、わたくしはついに悪魔の居場所を突き止めましたの!」

「悪魔の居場所を突き止めた!?」


 雅の瞳が獲物を見つけた鷹のように煌めいた。悪魔の居場所は華凛の家だと言われたらどうしようと華凛は思ったが、幸いにも陽菜が突き止めたのは別の場所だった。

 陽菜は黒板に地図を貼って、その場所を宣言した。


「それは町外れの廃坑です。お父様には近づくなと言われたんですが、これを放置していてまた警察に解決されるわけにはいきません」

「すぐに行こうよ! 悪魔を捕まえられないうちに!」


 目を輝かせて興奮して挙手して立ち上がる雅に、陽菜は司令官のように強く頷いた。二人はすぐに行きたいようだったが、華凛にはその前に言う事があった。


「でも、悪魔がいる場所に行くなんて危険なんじゃ」


 華凛にはいざとなれば戦う力があるが、本物の悪魔を見て、悪魔が好きな二人に悪魔嫌いになられては困ってしまう。悪魔は評判を落とすような悪い事しかしないのだから。二人を巻き込みたくはなかった。

 いざとなれば自分が先行して滅ぼそうと思っていたが、陽菜の顔には迷いは無かった。


「大丈夫ですわ。その為にすでに傭兵を雇っておきましたから」

「傭兵?」


 空想では聞いたことがあっても、身の周りでは聞き慣れない言葉に華凛は目が点になってしまう。陽菜は物知らずな人に教え諭すように魅惑的に言った。


「華凛ちゃんはご存知無いようですが、この世界にはお金で言いなりになる兵隊がいますのよ。すでに待たせてありますから、さっそく向かうことにいたしましょう」


 そして、教師のように持っていた棒を収めて余裕のある笑みを見せる陽菜に続いて、華凛と雅は校庭へと出て行った。




 帰宅やクラブ活動をする生徒達が遠巻きに回避していく校庭の真ん中。

 そこに陽菜曰く傭兵達が待っていた。バイクの音を吹かせ、柄の悪い連中が集まっていた。

 普段なら近寄らないような男達だが、陽菜に続いて雅までが平気な顔をして歩いていくので、華凛も仕方なくついていった。

 周囲の生徒達からのヒソヒソ声が耳に届く。


「あの人達って何?」

「陽菜ちゃんの知り合いらしいよ」

「ああ、それで先生達も手が出せないの」


 どうもそういう話らしい。陽菜がどれほどの金と権力を持っているか華凛はよく知らなかったが、彼女は誰からも一目置かれるお日様のような存在だった。

 華凛はその背についていくしかない。

 横目で伺う仲間の雅の顔はこれからの悪魔のことで一杯のようで、自分が今何に近づいているのかは一切考える余地が無いようであった。

 すぐ間近に立つ少女達。対面してグループのリーダー格と思われるがたいの良い男がお日様の少女のような陽菜に話しかけた。


「その子達がお嬢のお仲間ですかい?」

「そうですわ。さあ、早く乗って。門限までに終わらせますわよ」


 陽菜は何の躊躇もなく男のバイクの後ろに乗って誘ってくる。

 雅までも新鮮な体験の気分で乗ってしまったので、華凛だけが断るわけにはいかなくなった。


「どうぞ、あっしの車に」


 ツンツンした髪をして顔に派手なメイクをした男が誘ってくる。

 もう悪魔の力で先行しようとか意識する余裕もなく、華凛は誘われたバイクの後部座席に乗った。


「飛ばしますんでしっかり捕まってください。ひゃっほーーー!」


 バイクの集団は急発進する。けたたましい音と土煙を立てて。

 華凛は目を瞑って前の男にしがみつき、隣のバイクでは雅が勇ましいインディアンのような声を上げていた。


「ひゃっほー、飛ばせ飛ばせーーー!」


 普段は静かな少女だが、今の雅はとてもハイテンションだった。それほど悪魔に会うのが嬉しいのだろうか。

 華凛はただ目をぎゅっと瞑って耐えていた。




 どこをどう走ったか、気が付いた時には町外れの廃坑前まで辿り着いていた。

 潜んでいる悪魔に気が付かれないように、少し離れたところでみんなでバイクを降りて集まった。


「あっしの運転どうでしたか?」

「うん、良かった」


 華凛が当たり障りのない答えをすると、ここまで乗せてくれた男ははにかんだように笑った。どうやら思ったより良い人達のようだった。

 のんびりしている暇はない。陽菜がすぐにみんなを前にして本題を切り出した。


「あの廃坑が悪魔がいるという場所ですわ。みーくん達には前に話したように悪魔を取り押さえてもらいます。大人しくなったらわたし達で話をしますわ」

「おう、任せとけ。お嬢の期待に応えてやるぜ、みんな!!」

「「「おおーーーー」」」


 リーダーの声に男達が音量を抑えながらも景気の良い声を上げる。リーダーの名前はみーくんというようだった。


「静かに。さあ、作戦を決行しますわよ」


 そうして陽菜の指示の元、みーくん達が先行。華凛は雅と並んで最後尾を歩いていった。

 廃坑に近づき、今踏み込む。見張りとかはいないようだった。

 かつて使われていた廃坑は今は捨てられていても昔は人が行き来していたので、思ったよりは歩きやすかった。

 それに仄かだが灯りがついていた。本当に悪魔がいるのかは分からないが、今も誰かが使っているのは確かのようだった。

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