第2話 侵入

 現場から少し離れた人気のない裏路地に華凛は降り立った。あまりの素早さに誰かが見ていても風が吹いたとしか思われなかっただろう。

 漆黒の翼を収めた華凛に、驚いた猫がフギャーと鳴いて逃げていった。華凛の悪魔の力を感じ取ったのかもしれない。

 気を付けないといけない。華凛は悪魔の力を押し隠し、普通の登校中の小学生を装って現場に近づいていった。

 現場は大層な騒ぎになっていた。警官も野次馬も大勢いた。犯人はまだ捕まっていないようだ。

 華凛は目立たないように集まりの後ろから様子を伺い、悪魔の目と耳と感覚で得られる情報を拾い集め、誰かに声を掛けられないうちにその場を離れた。

 事件が長引けばそれだけ被害と人々の悪印象は大きくなり、悪魔の評判は下がるばかり。両親は悩んで困ってしまうだろう。華凛は考えて決断した。


「わたしが片付けるしかない」


 悪魔の尊厳をこの手で守るのだと。

 正面は人が多くて近づけない。なので華凛は裏に回り込んで影となって侵入することにした。

 人のいない路地裏で華凛は自分の姿を影の中に沈めた。そのまま地面の中を通っていき、建物の中に侵入。入ったところで影から現れて実体化した。

 悪魔の力ならばこれぐらいの行為は容易いことだ。


「犯人は二階か」


 華凛は悪魔の感覚で犯人の居場所を掴み取る。相手も悪魔のはずだが、華凛の侵入には気づいていないようだ。外への威嚇を繰り返している。

 犯人は華凛の侵入にも気づかないほど低位の悪魔なのだろうか。それとも気づいていて無視をしているのだろうか。悪魔の力の大きさは感じないが、本気を出すほどでも無いと手加減しているのかもしれない。

 ある程度のレベルの悪魔であれば自分の戦闘力を隠すことぐらいは出来る。離れた場所で掴める情報はこれぐらいか。

 どうであれどの可能性であっても華凛にとっては関係ない。相手が誰でもやる事は変わらない。悪魔の品位を貶めて両親を困らせる奴を倒すだけだ。

 華凛は黙って静かに階段を昇り、犯人のいる現場のドアを何のためらいもなく押し開けた。その勢いに人質を取って窓の外を見ていた犯人はびっくりして振り返った。


「な……なんだ!? …………なんだよ、ただの小学生かよ。びっくりさせやがってよ」


 相手は来たのがただの小学生の少女だと思って油断しているようだ。ぼんやりしていると普段から周りに思われている華凛にとっては学校でもよくされる対応なので慣れたものだった。

 相手がこっちを舐めている間に華凛はゆっくりと周囲の様子を伺い、犯人グループのメンバーや人質のいる位置を確認した。人質はまとめて部屋の隅に拘束され、部屋のあちこちに複数人の武装した犯人の男達が思い思いに立ったり座ったりゲームしたりしていた。

 小学生でも見逃す気はないらしい。最初に声を掛けたリーダー格の男が銃を向けながら訊ねてくる。


「お嬢ちゃん、どこから迷い込んできたのかな?」

「裏口から入ってきたの」

「裏口なんてあったのか。おい」

「へい」


 リーダー格の男が手下を向かわせようとする。華凛は許さなかった。行こうとする手下の男を黒い突風で吹き飛ばした。彼は壁に叩きつけられて気絶した。

 その思わぬ光景に犯人グループは慌てふためいた。


「お嬢ちゃん!? 今何をしやがった!?」

「悪魔の力を使ったの。あなたも悪魔なら知っているはず。やはり悪魔じゃないか」


 その頃には華凛も気づいていた。相手がただの人間だということに。最初からそんな予感はしていたが、悪魔が力を隠している可能性は否定しきれていなかった。

 だが、もう確信が出来た。相手が銃を向けてくる。


「うるせえ! 悪魔だって言えばみんながびびって一目置くんだよ! この悪魔め!」

「ふう、まったく……」


 ボスに迎合して周囲から飛んでくる弾丸。悪魔の力を発動させて黒い翼を広げた華凛はその全てを両手で掴み取ってしまった。


「あなた達のせいで迷惑を受ける人もいるってこと、知っておいてよね」


 平気な顔をして弾丸を受け止めた華凛の悪魔めいた目に犯人はびびった。だが、少女は許さない。犯人にあやまる時間も与えない。

 ただ事態を収束するために華凛は瞬時にリーダー格の男の前に移動。ただの人間が高位の悪魔の動きを追えるわけもない。

 男が何も言えないうちに華凛は彼の体に拳を叩き込む。殺さないように手加減はしたが、彼の姿は窓を突き破って外へと飛び出していった。たちまち外が賑やかになった。

 まだ続きがいる。華凛は部屋を振り返った。

 外からの陽光が照らす悪魔の少女の姿に残る犯人グループの男達は及び腰になる。銃を向けてくる者も入れば逃げようとする者もいる。

 その全ての行動を華凛は許さない。黒い疾風となって部屋を駆け巡り、全ての敵を殴って蹴って叩きつけて気絶させた。

 犯人グループはみんな床に倒れ、残った人質達は驚きと戸惑いの目で華凛を見ていた。


「君はいったい……」

「わたし達をどうするつもりなの?」

「この悪魔め!」


 悪魔がそんな目で見られるのは悲しいことだ。それも仕方が無い。悪魔が今までにやってきた行為の結果なのだから。

 華凛にはまだここでやる事があった。黒い息を吹きかける。人質達はみんな気を失って眠ってしまった。

 目覚めた時にはここであったことを忘れているだろう。これもまた悪魔の力だ。

 現場の騒ぎが片付いたのを見届けて、華凛はその場を後にした。

 これから学校だ。いつもの日常が少女を待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る