第9話「こんなとこで死んじゃうの?」

 処刑はあっけなく終わった。

「………」

 血だらけのボロ布のようなものが打ち捨てられている。ガリーは紅く澄んだ瞳を冷たく光らせ、人間であったそれを見つめた。

「うす汚いムシケラめ……ブタ野郎といい勝負だ」

 吐き捨てるようにそう言うと、彼はくるりと振り返り、部屋を出ていった。

 それからしばらくのち、ガリーは処刑のために汚れてしまった衣服を着替え、執務室へとやってきた。

「ホルダーはいるか?」

 彼はデスクに設置された通信機のスイッチを入れ、そう言った。

「恐れながら少佐は惑星の巡回に出ておられます」

 彼の問いに答えて、若い男がていねいに応対する。

「そうか……わかった」

 ガリーはパチリとスイッチを切った。

 彼はしばらく所在なげにデスクに座っていたが、おもむろにデスク上のあるスイッチを触った。

 ブン───というかすかな電子音が聞こえた。と同時に部屋の中央、何もない空間にいきなり宇宙空間が現れた。

 ホログラフィーである。それは中央に巨大な太陽があり、そのまわりをひとつの小さな惑星がまわっているというものだった。

 太陽と惑星はひどく距離が近いように見受けられた。いくら縮小版とはいえ、これではあまりに近すぎる。そのうちに太陽の強大な引力に引きずり込まれ、飲み込まれてしまうだろう。

「まったく……」

 ガリーはいまいましそうに呟いた。

「本当に帝国は我々を救出してくれるのだろうか……」

 彼は物思いにふけるように視線を泳がせている。

「せめてロンギュス星人だけでも救い出してやりたいのだが……」

 彼の紅い目をした冷眼が、一瞬なごんだように見えた。おそらく誰にも見せたことのない目であろう。それを見るかぎりでは、どうもこの冷酷そうに見える元軍人は、姿形だけでは推し量りがたい人物であるようだ。

「ガリー総督!」

 いきなり先触れもなしにホルダーが飛び込んできた。

「いったい、何事だ!」

 ガリーはほとんど反射的にホログラフィーを消すと、もとの厳しい顔つきに戻った。

「大変です!」

 彼は全速力でここまで来たらしい。通信機でも事足りるだろうに、これがこの男の性格なのだろう。重大事は己の口で伝えることが最大の誠意と思っているのだ。

 そしてその忠実なる部下の口から告げられたことは、確かに重大なことであった。

「地球の巡洋艦がこの惑星に着陸してきました!」



「なんだか、すごい惑星ね」

 ノアは宇宙服のなかでそう呟いた。

「死の惑星といった感じだね」

 それにこたえてナオトがうなずいた。

 ノアとナオトは荒れ果てた大地に立っていた。彼らのすぐそばにはミューズ巡洋艦が、砂ぼこりのなかでどっしりとその姿を横たえている。

 彼らの乗船してきたこの船は、ちょっとしたトラブルで緊急着陸を余儀なくされたのである。そして、ある鉱石が必要ということになり、どうやらこの惑星にそれがあると判明し、やってきたのであった。

「………」

 ノアは目を細めて見渡した。

 どこまでも続く荒涼とした風景。植物とおぼしきものは見当たらず、枯れてカサカサになった大地には大小様々な岩が転がっているばかりだ。

 空にはひとすじの雲も見当たらない。真っ青なコバルトブルーが広がるのみだ。

「地球の空と同じだわ」

 ノアは呟いた。

 確かにここの空は地球の空と同じ色をしている。だが、ひとつだけ決定的に違うものがあった。

 太陽である。

「すごい……」

 ナオトは、直接見ないように手をかざしながら見上げた。

 空の三分の一をおおうくらいに巨大な太陽だった。これは普通ではない。だから、宇宙服なしでは惑星上に出られないのだ。

 まさに灼熱地獄────

 空には巨大な太陽が燃え盛り、七色に輝いている。それはなんだかあまりにも美しすぎて、神々しいまでの高貴さを漂わせていた。

 反対に大地は死んだようにみじめな姿をさらしている。おそらく、かつてはこの星も美しく緑あふれていたのだろう。水が脈々と流れ、動植物たちをうるおし、すべてが穏やかな気候に包まれて、この世の楽園が広がっていたのに違いない。

 生物たちの楽園から亡者のための地獄へと悲しいくらいに移ろいゆく惑星の姿。まさしく『諸行無常』の言葉がピッタリであった。

「ちょっとそこら辺を散歩してみないかい?」

 すると、突然ナオトが言った。

「………」

 ノアは宇宙服のなかから、横に立つナオトを見上げた。かなりの背の高さである。

「いいわよ」

 彼女はうなずいた。少々つっけんどんではあったが、一応つきあってやろうかなという気になったらしい。

「やった!」

 ナオトは小さく呟いてガッツポーズをとった。

「………」

 ノアは顔をしかめたが、珍しいことに何も言い返さなかった。普通ならここで一発、怒鳴りつけるか、無視してどこかに行ってしまうところなのだが、おとなしくしている。

(しょうがないじゃない。ナオト博士のおかげでここまで来れたんだもの)

 彼女はしぶしぶ心で呟いた。

 どうやら彼女は、ナオトに恩を感じているらしい。

(それに、自分の権限を行使してあたしのために……って、なんか妙にこそばゆいっていうか、嬉しいっていうか……)

 考えていくうちに、ノアはだんだんと自分の顔が赤くなっていくのを感じた。

「………」

 それを打ち消すかのように、彼女は軽く頭をふる。そして、自分の前を歩くナオトの広い背中を見つめた。

(ナオト博士って、こんなにたくましい身体してたっけ?)

 ノアの心で何かが変わっていく────

 人の心とは───とくに多感な少女の心は───実に不思議なものである。ほんの少しのきっかけで様々に変化していくものなのだ。

 そして、このとき、ノアの心に生まれかけているものは、まさしく『恋』に違いなかった。本人はまだ気づいてはいないようであるが。

(なんだか、あつい……)

 それは、なにもこの大地に降り注ぐ太陽のせいというばかりではないようだ。

 急速に彼女の心が氷解していく。まるで熱湯を注がれた氷が溶けていくように。

「ん?」

 その時、ナオトが怪訝そうな声を上げた。

「あれは何だ?」

「え……?」

 ただならぬナオトの声に、彼女の足がとまる。ナオトも立ち止まっている。だが、彼の背中で前が見えない。

「なんなの?」

 彼女はナオトの背中から前をのぞきこむ。

「ゲッ!」

 ノアの口から、今にも吐くのではないかと思われるような声が飛び出した。

 彼女たちの前方、およそ五十メートルほど離れた場所に、なんともものすごいものがいた。

 それは生物のように見えた。背丈はノアたちと同じくらいで、全体的な印象としてはキノコのような形である。頭と思われる場所には目とか鼻、口や耳といったものなど見当たらず、どこから見てものっぺらぼう。そしてその下、両脇から象の鼻のようなものが二本垂れていて、クネクネとうごめいている。おそらく腕なのだろう。見ていてあまり気持ちのよいものではない。

 そんな正体不明の生物が何体か、ものすごいスピードでふたりに近づいてこようとしていた。

「キャァァァァ──────!!」

 気丈なノアも、さすがにこの時ばかりは叫ばずにはいられなかったようだ。思わずナオトにしがみつく。

「ノア、走るぞ。私の手を離すな!」

 ナオトはそう叫ぶと、ノアの手をつかんで走りだした。

「ナオト博士!」

 ノアが叫ぶ。

「あいつら武器を持ってるわ!」

「なんだって?」

 彼は走りながら、追いかけてくるエイリアンをよく見ようと頭を巡らせた。見ると、なるほど腕と思われる一本の触手にレーザー銃のようなものが握られている。どうやら武器を扱えるほどの知能があるらしい。

「ノア、頑張れ!」

 ナオトはノアを励ましながら、それでも一生懸命走りつづけた。

 しかし、無情にもエイリアンはレーザーを撃ってきた。

「ああっ!」

 つんのめって倒れこむふたり。

「ノア……」

「ナオト…はか…せ……」

 急速に意識がうすれていくのを感じるノアとナオト。互いに手を伸ばすふたり。だが、次の瞬間、彼らは完全に意識を失ってしまった。



「ん……」

 ノアは軽い頭痛とともに目覚めた。

「ここは?」

 彼女は頭を押さえながら、ボーッとして辺りを見回した。壁が白くて窓がない。病室のような部屋である。

「きゃっ…」

 身じろいだとたん、ベッドがガタンと音を立てた。

「なによこれぇ…」

 彼女はひとりでぶつぶつと文句を呟く。

 その気持ちもわからないでもない。彼女が寝かされていたベッドは、やわな作りをしたストレッチャーのようなものだったからだ。

 そのため、下手に動くと固い床へ転げ落ちてしまいそうだ。

「ナオト博士」

 ノアは用心して上体を起こすとナオトを呼んだ。彼はノア同様、隣のベッドに寝かされている。

「起きてよ。ねえ、起きてってば!」

 あまり大きな声が出ないノア。

「もぉ……」

 彼女はよろよろとベッドからおりた。ナオトのそばに近寄ると、そっと身体をゆする。

「ナオト博士……」

 横たわっているナオトは真っ青な顔をしていた。

「………」

 ノアの手が一瞬とまる。死んだような顔をしている彼に不安を感じたらしい。

「ちょっとぉ…早く起きてよ」

 彼女はさらに強く身体をゆすった。

「ん……」

 すると、ナオトの閉じられたまぶたがピクピク動いた。

「博士!」

 彼は目を開けた。だが、その瞳はゆらゆら揺れている。目の焦点がなかなか合わないらしい。

「ノア……」

 ようやく彼の目がノアをとらえ、彼女を見つめた。

「無事だったんだね」

 弱々しく微笑む。

(よかった……)

 いまだ青い顔をしている彼だったが、ノアは笑顔を見てひとまず安心した。

 しかし────

「無事だったじゃないわよっ」

 ほっとしたのも束の間、とたんにノアは目をつり上げた。

「あなたが散歩なんかに誘うから、こんなことになっちゃったんじゃない!」

 キャンキャン叫ぶ。どうやら安堵した反動で、いつものへらず口が始まったらしい。

「ご、ごめん……」

 慌てて起き上がろうとするナオト。

───ガタンッ!

「わわっ…」

「あぶない!」

 急に動いたためにナオトの身体がひっくりかえった。ノアはそれを助けようと手を伸ばす。だが、大の大人を華奢な少女が支えられるものでもない。お約束どおりの展開が待っていた。

───ドサッ───

「いたっ!」

「きゃっ…」

 ナオトはノアが怪我しないようにと、とっさに彼女を抱きかかえ、彼女とともに床に倒れこんでいった。結局ノアは、助けようとしたナオトの身体を下敷きにしてしまうこととなる。

 「イテテ…」

 ナオトは背中を打ったらしく呻いた。それでもしっかりとノアを自分の胸に抱きとめ、仰向けになっている。

───トクン……

 ノアの胸が鳴った。

「………」

 しばらく彼女はナオトの胸に耳を押さえつけていた。

───トクン、トクン……

 ナオトの心臓の音が聞こえる。

「ノア……」

くぐもったナオトの声───

「………」

 だが、ノアはナオトの声にこたえない。気持ちよさそうに目を閉じている。

「ノア…大丈夫か?」

 心配そうなナオトの声がした。

「えっ…?」

 ノアは慌てて身体を引き離そうとした。

「あ……」

 すると彼女の口から、ため息にも似た声が上がった。

「ノア……」

 ナオトはノアの身体をしっかりとかかえこみ、放そうとしない。

 そして────

「きみとこのまま死んでもいい……」

「!」

 ナオトの歯が浮いてしまいそうなセリフに我に返るノア。

 次の瞬間────

 ───バシッ!

「いつっ…」

 ノアの平手打ちが炸裂した。

 ナオトの頬に彼女の手形が浮かぶ。それとともに『やっぱりな』という苦笑いが浮かんだ。

 しかし、すぐにナオトの目が信じられないものをとらえた。

「ノ……ア……?」

 びっくりしてノアを見つめる。

 なぜなら彼女は涙ぐんでいたからだ。ナオトの傍らの床にペタリと座り込み、仰向けになった彼をじっと見下ろしている。

「ノア…」

 ナオトは身体を起こした。

「なにを……」

 力のない彼女の声がもれる。

「なにをたわけたこと言ってるのよ……」

「ノア……」

 とたんにポロポロとこぼれ落ちてくる涙。

「ほんとに死んじゃったかと思った……」

 ノアは頬をつたう涙にもとんちゃくせずに呟いた。

「心臓がとまるほど心配したのに……」

「ノア…すまない」

 ナオトは真面目な顔であやまる。

「でも私は……」

 そして、彼が何かをいいかけたそのとき。

───シュッ……

 突然、かすかな音とともにドアが開いた。

 ナオトとノアは振り返る。

「目覚めたか。地球人」

 そこには男がふたり、蔑むような視線を向けて立っていた。手にはレーザー銃が握られている。

「なんだ。きみたちは」

 ナオトは素早く立ち上がり、ノアを背中に回した。

「おとなしく、我らに従ってもらおう」

 いかにもという感じの筋肉隆々な身体を、これ見よがしに見せつけて立つ男たち。彼らは銀色の髪を短く刈りこんでいた。

「銀の髪に紅色の瞳……」

 ナオトは考え込むように呟く。

「それにその言語は……」

 そして、次の瞬間叫んでいた。

「ゴードン星系の人間か!」

 ナオトの口から発せられた言葉は、男たちと同じ言語であった。

「ゴードン星系ですって?」

 驚いて呟くノア。



 ゴードン星系は皇帝ゴードンの支配する完全なる帝王絶対主義の星系である。銀河系の隣に位置するアンドロメダ星雲をその支配下に置いていた。

 銀河系のほとんどを統括しているのは銀河連邦であり、その中心はもちろん地球であった。ゴードン星系もその歴史は地球の歴史とほぼ同じであるようだ。

 だが、連邦側はそうでもなかったが、ゴードン帝国側は地球人を特に目のかたきにしているところがある。もっともこれは空間人たちがもたらした情報によるものなので、真偽のほどはわからない。

 といっても、あながちそれも嘘ではないようである。なぜなら、ゴードン星系の者たちは、銀河系に何かにつけよくちょっかいを出してきていたからだ。それでも、なかには友好的なゴードン星人たちもいるらしい。銀河系の空間人を通じて内密に交易も行われていたからだ。

 そういうこともあって、ナオトのように地球人の中にもゴードン星言語を話せる者が少なくはなかった。もちろん、ナオト同様ノアもゴードン星言語を完璧にあやつることができる。それはもっとも探検家として初歩的なことであるからだ。言語体系をマスターする事はもっとも大事なことであり、それはすなわちコミュニケーションをスムースに行うということでも重要なことだからだ。たとえどんな異星人に出会ったとしても、探検家たるもの、ある程度話せるようにしておかなければならない。

「いかにも…」

 男は誇らしげに胸をはった。

「我らは偉大なるゴードン帝国の者だ」

 その男はもうひとりの男に向かってうなずく。

「立たせろ」

「…………」

 うなずかれた男はレーザー銃でナオトたちをうながした。

 有無を言わさぬ男の態度に、しぶしぶ立ち上がるナオトとノア。そして男たちは、そのふたりの後ろに立った。

「出ろ」

 ナオトとノアはゆっくりと部屋を出た。

 そこは、なんの変哲もない灰色の廊下だった。照明板のような物なのだろう、天井全体がほのかに光っている。

「………」

 ノアは黙ったままナオトに身を寄せ、彼の腕に自分の腕をまきつけた。いつもの彼女らしからぬ行動だ。

 もし、彼女が今のナオトの表情を見たらなんと言うか───ナオトはこんな緊迫した状況にもかかわらず、不謹慎にも嬉しそうに微笑んでいたのだ。

 それに比べ、後ろに立つ男たちは徹底して機械的だ。

「歩け」

 さきほどから喋っている男は、それでも口をきいている分さほどではないが、もうひとりの男はまったくの無表情で、まるでロボットのようである。

「あまり急ぐな。ゆっくり歩け」

 ノアたちは知るよしもないが、彼らに声をかけているその男はガリーの腹心の部下、ホルダーであった。

 そしてどのくらい歩いただろうか。突き当たりにとうとう扉が見えた。それにはノブはついていない。

───シュッ……

 彼らが前に立つと、扉は軽い音を立てて左右に開いた。

「ガリー総督」

 ホルダーは敬礼すると、ノアたちの斜め横に立ち言った。

「地球人を連れて参りました」

 ナオトとノアは前方を見つめた。

 彼らの正面に大きなデスクが設置してあった。そこには男が座っている。

「うむ」

 ガリーは部下にうなずいてみせた。

 すると、ホルダーたちは後ろに下がり、扉の左右に立った。いつでも動けるようにと待機姿勢をとり、厳しい目つきを油断なくノアたちに向けている。

「お前たちか、地球人の侵入者というのは」

 ガリーは座ったままそう言った。ふたりを鋭くにらみつけている。

「む…?」

 彼はナオトの腕にしがみついているノアに目をとめた。ピクリと片眉を引き上げる。

「………」

 大いに不愉快そうな表情を見せたが、彼は何も言わなかった。

「私の言葉がわかるかな」

 ただ、ひとことそう言っただけである。

「私たちをどうするつもりですか」

 ナオトはりゅうちょうにゴードン星系語でそう言った。

「ほう……」

 そんな彼をガリーは面白そうに見つめた。

「お前は我らの言語を喋れるのか」

「私だって喋れるわよっ」

 ナオトが答えるより先に、ノアがかみつくように言った。ベエッと舌を出している。

「………」

 ギロリとガリーがノアをにらむ。

「!」

 ノアは慌ててナオトの後ろに隠れた。

「そうか…」

 眉間のたてじわをさらに深くさせ、ガリーはもう一度ナオトに向き直る。

「銀河系と交易をしている者がいるというのは、やはり事実だったのだな」

 彼の表情は怒気を含んでいる。

「それで、お前たちはこのロンギュス星に何をしに来た」

 返答いかんでは、どうなるかわからぬぞという感じである。

「ロンギュス星っていうんだ。ふーん……」

 ノアはナオトの背中で呟いた。

「私たちはここに立ち寄っただけです」

 ナオトは至極あたりまえといった雰囲気でさらりと言ってのけた。

「本当にそうか?」

 ナオトの答えに、ガリーの目が険しくなった。

「お前たちの乗ってきた船は巡洋艦ではないか」

 ガリーの声には明らかに相手を責めるニュアンスが含まれている。

「なんのためにこの星系にやってきた。ここは我らゴードン帝国の領域だ。これは捨ておけぬ重大な侵犯だぞ」

「それは……」

 ナオトは一瞬言いよどむ。

「なによ。うそつき!」

 突然ノアがナオトの前に飛び出し叫んだ。

「なんだと?」

 大声を上げる彼女にガリーは険しい目を向けた。

「うそつき!」

 ノアは構わず叫ぶ。

「あたしの父をだまして葬り去ったくせに、何が侵犯よ」

 そして、続けざまに言い立てる。

「あんたたちゴードン星人は…うそつきの、うそつきのコンコンチキよ!」

「コンコンチキ……?」

───コンコンチキ───だけ地球語で叫んだノアも、ゴードン星系語の語学力は大したものであった。

「…………」

 ガリーは呆気にとられて二の句が継げないでいた。ただ『この小娘はなんだ?』と言いたげな顔をしている。

「成人してないからって馬鹿にしないで!」

 ノアは敏感にガリーの胸のうちをかぎとったらしく、憤然と言い放った。

 それを聞き、ナオトは『また始まった』というふうに苦笑した。ノアは子供扱いされるのを何よりも嫌っているのだ。

「私はノア・AOA7」

 彼女はフンッとばかりに胸をはる。

「いくらゴードン星人が分からず屋でも、いい大人が自己紹介もできないなんてどうかしてるわ!」 

「面白い女だな」

 なぜかガリーは一瞬和やかな目を見せた。

「しかしまあそれは失礼をした。それでは私も自己紹介をしよう」

 ガリーは立ち上がってナオトとノアの前にやってきた。

「私はゴードン帝国の帝王様より、この惑星ロンギュスの植民を任されているレナンド・ガリーという」

 彼は背筋をピンと張って、厳しい顔つきを見せた。

「かつてはアスラ艦隊提督であり、元帥であらせられたお方である」

 ナオトたちの後ろから声がした。

「よけいなことはいうでない。ホルダー」

 ガリーは扉の横に立つ部下を叱咤した。

「申し訳ありません…」

 ホルダーは目をふせた。

「アスラ艦隊!」

 ノアは叫んだ。そして目の前に立つ、この背の高い男を見上げた。

 立ち上がるとガリーがいかに筋骨逞しいかがよくわかる。二メートル以上はあるかもしれない背丈。わりと背の高いナオトでさえも顔を上げて彼を見ているほどだ。肩幅も彼よりも一回りは大きい。

 精悍な顔つきは、よく見るとノアの父と同じ歳くらいだ。どちらかというと総統ケリー・フォレストとタイプ的には同じようである。ケリーをもっと野性的にした感じといったところか。

 髪の色と同じタートルネックの銀色のスーツがよく似合っている。あのトップラスとは雲泥の差である。もっとも、ナオトもノアもあのブタ人間の姿のことまでは知るよしもないが。

「トップラスの前の提督ってこと?」

「トップラスだと?」

 ノアの口から意外な人物の名が出たので、ガリーの目が不審そうに細められた。

「そういえばさきほど、お前の父が殺されたとか言っていたな」

 それにこたえてナオトが口を開いた。

「彼女の父親は銀河連邦宇宙探検センター地球本部総裁ケンイチ・ケレスなのです。トップラス提督に、いきなりレーザーを浴びせられて宇宙のもくずと成り果ててしまいました」

「なんと!」

 ガリーの目が驚きに見開かれた。

「ケンイチ・ケレスの娘か!」



「宇宙の無法者ケンイチ・ケレス……」

「なあんですってぇ?」

 ガリーの呟きにノアが憤った。

「あたしの父はとても立派な人だった。あんたたち嘘つき星系のやつらにそんな暴言を吐かれるゆわれはないわ!」

「先程から嘘つき嘘つきとお前は言うが、それこそ我らに対する重大な暴言ではないか」

 ガリーの頬がピクピクしている。声にもあからさまな怒気が感じられ、怒り心頭に発するといったところか。

「お前の父ケンイチ・ケレスは我らの領域に無断で入り込んでいた。そして、鉱石の略取しほうだい、土着民たちへの非道な暴力の限りは目に余るものがあったぞ。これをどう説明する」

 ガリーは冷たい目を、ノアの怒りで燃えた目にぶつけた。

「そんなのうそよ!」

 ノアが吠える。

「あたしの父は絶対そんなことしない!」

「ノアの言う通りです。ガリー総督」

 火のついたようなノアの罵倒とは違い、ナオトはいたって平穏に徹していた。

「………」

 ガリーは冷たく光らせていた瞳を今度はナオトへと移した。その彼の目はいくぶん柔らかくなってはいたが、それでもいまだ疑っているようだ。

「君は…?」

 彼はナオトをじっと見つめながら聞いた。

 その声の調子は、さきほどに比べ、ずいぶんと落ちついている。どうやら彼は、ナオトの穏やかな態度に好感をいだいたらしい。

「私は宇宙探検センター地球本部の職員ナオト・パレスといいます」

「今は父の後を継いで総裁よ」

 ノアは憮然とした態度でそっけなく付け加えた。

「ほう…」

 ガリーの感心したような声が上がった。

「ずいぶんと若い総裁だな」

「あなたも若いではありませんか」

 ナオトがニッコリと微笑んだ。

「………」

 ガリーもつられて破顔しかけ、恥じたのか咳払いをしている。

「それよりも説明してもらおうか」

 急かすようなガリーの言葉に、ナオトはかすかにうなずいてみせた。

「確かに……」

 それでもナオトは本来の彼らしくゆっくり諭すように喋りはじめる。

「どんなに私どもが総裁の弁明をしたところで、にわかにはあなたにとって信じられないことでしょう。ですが、失礼ながらお見受けしますところ、あなたはそれほど物事の本質がわからない方ではないようです。どうですか。私どもの言っていることが、嘘に聞こえますか?」

 ナオトはそう言うと真剣な眼差しでガリーの目を見つめた。

「………」

 ガリーは透き通るような琥珀色したナオトの瞳に、吸い込まれそうな気分になった。

「だが……」

 彼は頭をふった。

「それでは悪行所業の数々はどう説明するのだ。実際に被害の報告が入っていたのだぞ」

「あなたはその目で確認しましたか?」

「………」

 ナオトの言葉にガリーは考え込んだ。

(そうだ……)

 ガリーの心に以前からあった疑惑がふくらんでいく。

(私は報告を受けていただけだ。実際に自分の目で被害を確認しに行ったわけではない)

 ガリーの目がみるみる大きくなっていく。

「トップラスか……」

 彼は悔しそうにそう呟くと、再び目をギラつかせた。

「ケンイチ・ケレスの所業は、確かにきみの言うとおり、己の目で見たわけではない」

 ガリーはその視線をそのままナオトに向ける。

「私もそんなに愚かではない。お前たちが本当のことを言っているかそうでないかくらいは何となく肌で感じられる」

 彼の目が一瞬なごんだ。そしてその目をナオトの傍らのノアに向ける。

「だから、ノア…といったな。父上に対する誹謗はどうか許していただきたい」

 ノアはびっくりして目をまんまるくした。

「しかし……」

 ガリーは視線を床に落とした。まるで、その床が憎い相手でもあるかのようににらみつけている。

「いけすかぬ奴だとは思っていたが、まさか上官である私をたばかっておったとはな。これは捨ておけぬことだ……」

 ガリーは憎々しげにそう呟く。

「だが……」

 するとガリーは再びナオトに向き直った。

「我らにもトップラスのような卑劣な奴が存在するが、お前たち地球人もすべてが善というわけではない」

 彼の口調はあくまでも厳しい。

「この間もこのロンギュスに地球人がやってきた。この惑星で採れる鉱石を盗みに来たのだ。それだけならまだしも、私が絶対に許せないのは……」

 彼は握り拳を震わせる。かなりの怒りを感じているらしい。

「この惑星の住人を殺しまくったのだぞ。ただ姿が異様であるというだけで、化け物は殺されて当たり前だと言ったのだ」

(ああ…あのキノコみたいな生命体ね)

 ノアは荒れ地で遭遇した彼らの姿を思い浮かべた。

(確かに一見しただけじゃ化け物よね)

「化け物はお前たちだ!」

 ガリーの怒声にノアは飛び上がった。

「ロンギュス星人たちは非常におとなしい種族なのだ。それをあの地球人どもはまるで狩猟をするように次々と殺していった」

「………」

 ノアは、一瞬自分に言われたのかと思ったが、そうではないとわかると胸を撫で下ろした。

「その地球人たちはどうしたのですか」

 ナオトは静かに問いかける。ガリーの興奮した声とはまるで対照的である。

 そして、続けて言った。ごくさりげなく。

「処刑でもしましたか」

「!」

 そのさりげなさが、なぜかガリーの胸に突き刺さった。

「我らの法に照らし合わせた処刑だ……」

 彼はナオトの涼やかな目を見つめた。

「ケンイチ・ケレスの時とは違うぞ。今度は私も奴らの所業は確認したし、奴らも自分たちのしたことを認めた」

 まるで言い訳するように彼は言った。

「なにも処刑自体をどうこう言っているわけではありません」

 ナオトの口調はあくまでも冷静だ。

「私もその話は信じられると思います。嘆かわしいことですが、地球人にも悪い奴はいますからね。そのような暴挙は地球でも許されることではありません。おそらく私たちの法でも死刑にあたいするでしょう」

「………」

 ガリーは黙ってうなずいた。

「ですが、ガリー総督。あなたは少々、激(げき)しすぎるきらいがありますね」

「なに?」

 ナオトの言葉にガリーの眉間にしわが寄った。

「冷静になってみれば短絡的に即処刑というわけにはいかないことも、あなたほどの立派な方ならおわかりになるでしょう」

「ムムム……」

 ガリーは何も言い返せない。

(すごい…ナオト博士)

 ノアは横に立って静かに語りかけるナオトを不思議なものでも見るような目で見つめた。

(いっつもボーッとしているのに何で?)


 客観的に見ればナオトのこの姿も、普段となんら変わりはないのだ。

 ただ、ノアは以前リョウゾウに言われたように、ナオトのすべてを見てきたわけではない。それはそうだろう。なぜなら彼女は、ナオトがあからさまに自分に対してアプローチしてくるものだから、それがイヤで逃げ回っていたからだ。それでは彼の別の面を見るということはできない。だから彼女はナオトに対して、いい大人が少女の後を追っかけまわし袖にされては嘆く男───男らしいところのまったく見られない、ちょっと見た目はいいけれど、ボーッとした男というくらいしか認識がなかったのだ。


 さらにナオトの言葉は続く。

「あなた方の法がどのようなものか、その情報はまだ地球側には入ってきていません。ですから言い切ることはできないかもしれませんが、いくら非道なことをしたからといって自星系の者でもないのに処刑されても困りますね。他星系の者に処刑されてしまった私たちの立つ瀬がありません。私どもにもそれなりの法というものが存在します。同胞の過ちは同胞が裁きます。あなた方はそうではありませんか?」

「ふうむ……」

 ナオトの沈着な弁が身に沁みたのか、ずいぶんと落ちついてきたガリーであった。

「なるほど、きみの言うことはもっともだ」

 彼はしきりにうなずいている。

「だが、もうすでに事は済んでしまった。この場合、どうするのだ?」

 するとナオトは、彼の言葉にひとなつっこく微笑むと、事も無げに言い切った。

「済んでしまったことはしかたありません」

 そして、とんでもないことを言いだした。

「取引をしませんか?」

「え…?」

 ガリーは呆気に取られて彼を見つめる。

「取引ですよ」

 ナオトは傍らのノアに目を向けて言う。

「私は彼女の父を殺めた男を捕まえたいのです」

 彼は再びガリーに目を向けるとニッコリと微笑んだ。それはもう屈託のない微笑みである。

「あなたにはその男を呼び寄せる力がおありだ」

「………」

 ガリーの目が訝しげに細められた。

「どういうことだ?」

 ナオトの真意がわからぬといった感じである。

「すばり。アスラ艦隊現提督トップラスをこちらの手に引き渡していただきたい」

 ナオトは微笑んだままの顔で言った。そして、まるで世間話でもしているようにさらに続ける。

「あなたが地球人を処刑したように、ケンイチ・ケレス総裁の仇をうつためにね」

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