第8話「デブ男はほくそえみ、可憐な少女は仇うち?」
あまり広いとはいえない部屋だった。
窓がまったくなく、室内の壁は灰色でコンクリートのような感じだ。部屋の中央壁寄りにひとつのデスクが置いてあった。調度品といえばそれくらいで、淋しいくらいに殺風景な眺めだ。
今、そのデスクに一人の男が座っていた。
彼の前には立派な体格をした青年が、直立不動の態勢をとっていた。そして、その青年が口を開く。
「ガリー提督」
「ホルダー少佐」
それに対し、呼ばれた男はとがめるように言った。
「私はもう中央の人間ではないのだ。このロンギュス星を任されたただの総督だよ」
そして、彼は自分の前に立つ、この若い男をじっと見つめた。
ガリーと呼ばれたその男は、見たところノアたちと同じ地球人のような姿形だった。
肌は浅黒く、銀色の髪がやや長く伸びていて、肩のところでキチンとまっすぐに切りそろえられている。髪と同じ銀色の太い眉は、今は眉間によせられていた。
そして何より印象的なのは、眼光鋭い真っ赤な色をした瞳である。それはゴードン星系の人間の典型的な風貌であった。
「しかし、まあ、イヤなブタ野郎の顔を見ずにすむから、ここも住めば都というべきか」
ガリーは薄い唇をゆがめた。
そういう風に笑う彼の顔は、驚くほど酷薄そうに見える。
「それも、もうすぐそう言えなくなるがな」
彼は、意味ありげな言葉を吐き捨てるように呟いた。
そんな彼にかまわず、ホルダーは一歩前に進んで言葉を続けた。
「恐れながら総督。そのブタ…あっいえ…」
彼は口ごもる。
「アスラ艦隊副官…ではなく…トップラス提督がお見えになっているのですが…」
「なに?」
ガリーの鋭い目が、さらに険しくなった。
「やつがここに来ているのか……また、どういう用件だ?」
彼はしばらく考え込んだが、らちが開かぬと判断したのだろう。指示を待つ部下に言い渡した。
「トップラス提督をここへ」
「はっ!」
ホルダーはビシッと敬礼をすると執務室を出ていった。
「ごきげんはいかがかな。ガリー総督」
トップラスはでっぷりとした身体をゆすりながらそう言った。そして、何かを探すようにキョロキョロとあたりを見回す。
「それにしてもこの執務室は殺風景だな。客を座らせるソファもないのか」
「これはこれはトップラス提督。よくいらしてくださった」
ガリーはおもむろに立ち上がると、大げさに手を広げた。
「なにぶんにも予算が少ないもので、客人をもてなす物も揃っておらん。私の椅子で構わぬなら座ってくれ」
彼は皮肉たっぷりにそう言った。
「おお。それはありがたい。なにせこの身体だ。ながいあいだ立っているということができないものでな」
トップラスはガリーの差し出したひじ掛け椅子にデンッと座り込んだ。ギシギシと壊れそうな音がする。
「………」
ガリーは彼の傍らに立つと、軽蔑したような目で見下ろしてから話しだした。
「本日はまた、どういう用件でこの星にやって来たのかね」
「いやいや、別にこれといった用があったというわけではないのだ。ただ、かつての上官であったきみのことを思い出してね」
肉で埋もれた首を伸ばすように、彼は頭をガリーへと向けた。
(うす汚いブタ野郎が……)
あからさまの嫌悪を浮かべ、ガリーは風船のようにふくらんだ顔をにらんだ。
「どうだね。このロンギュス星は」
トップラスは勿体ぶって言った。ガリーの憎しみに満ちた視線に、果して気づいているのかは一見してわからない。
「土着民と交流できるのはきみだけなんだからな。しっかり仕事をやってくれよ」
そう言うと彼は笑ったが、ガリーには嘲りの笑いにしか見えなかった。
「トップラス……」
それでもガリーは何とか感情を押し殺して喋る。
「この惑星についての報告書はちゃんと帝国に届いているのだろうな」
彼の握られた拳が震えている。相当頭にきているらしい。
「ああ。それはもうご心配なく。早急に対策は練っているはずだ」
「………」
そういうトップラスの顔を、ガリーは疑わしそうな顔で見つめた。すると───
「おお。そうだ」
トップラスのどんよりとした紅い瞳がキラリと光った。
「さきほどチラリと小耳にはさんだのだが、地球人を捕らえたそうだな」
「ああ。盗掘者だ。この惑星の鉱石をねらってきたムシケラどもだ」
「ふん」
トップラスはそれを鼻であしらった。
「私もな、ついこの間のことだが、手柄をたてたのだ。貴様も知っているだろう。地球の宇宙探検センター総裁ケンイチ・ケレスを」
「なんと!」
さすがのガリーも驚いた。
「私があんなに捕まえたいと思っていた男をきさまは捕縛したというのか?」
ガリーの賛辞に、トップラスは気持ち良さそうにニンマリしてみせると、首をふった。
「残念ながらな。捕らえようとしたのだが討ち取った。こちらは無抵抗だというのに、なんときゃつの船は発砲してきたのだ。やむを得ずレーザー砲をぶちこんでやった。あっと言う間に宇宙の塵さ」
「くそお……やはり許せん。地球人というやつは……」
トップラスを殴ろうとして握りしめていた拳を、今度は地球人への憎しみを静めるために震えさせる。
「………」
そんなガリーを満足そうに見つめるトップラスであった。
「まあ、そんなわけで。今日はこの辺で失礼させてもらうよ」
彼はまさしく「よっこらしょ」というふうに立ち上がり、ガリーの顔を覗き込んだ。
「地球人は生かしておくな。帝王様のご意志だからな」
「それはもとより。だが、トップラス。必ずこの惑星の対処を考えるようアルツールをせき立ててくれよ。私はロンギュス星と心中するつもりはないからな」
「はっはっはっは。わかっておるわ。安心せい。必ずよい返事をさせるさ」
トップラスはそう笑いながら、ドシンドシンと音をさせながら歩きだす。
「ホルダー」
上官であるガリーの声に、控えていたホルダーがさっとドアを開ける。
「うむ……」
トップラスはそれにうなずいて見せてから執務室を出ていった。
「ホルダー……」
トップラスが出ていってしまうと、ガリーは忠実なる部下を呼んだ。
「この椅子を破棄して、新しい椅子を持ってきてくれ」
まるで汚いものでも見るように椅子を一瞥すると、彼はホルダーにそう言いつけた。
一方───地球の空は相変わらず美しかった。
ノアは再び、我が家の前に立ってあたりの風景を見つめている。
そしておもむろに振り返った。そこにはニコニコと笑顔を見せているノアの母の姿があった。
「お母さん。何が起きても娘を信じてね」
「?」
突然の彼女の言葉に、サリナはキョトンとした表情を見せた。
「………」
ノアは一瞬思い詰めたような顔を見せる。
だが、すぐににっこりと笑うと、元気良く言った。
「いってきます!」
「なあんだってぇ!」
「ばか! 静かにしなさいよ」
ノアは人指し指を立てて自分のくちびるへもっていった。
「だって…しかし…それは…」
珍しくシンゴがうろたえている。
「おもしろそうじゃん」
一方、タカオはいたって平静だ。いつもとまったく逆である。
「シンゴだって許せないでしょ」
ノアはシンゴに詰め寄る。
「そりゃそうだけど……これとそれとは違うんじゃないかなあ」
「違わないわよ!」
ノアは叫んだ。
「あたし、絶対、仇とってやる!」
「ううう……」
シンゴは頭をかかえてしまった。
ノアたちは学校の庭にきていた。彼らはベンチに仲良く座り、ケンイチの死の真相について話をしていたのだ。
シンゴはノアがすっかり元気になっているのを最初は訝しく思った。それでこの間の変な態度を追求しようと思っていたが、やめてしまったのだ。
しかし、とたんに今度はこれである。
「ケリーおじさまから聞いたんだけど……」
ノアは父の死がゴードン星系に関係しているということを聞き出してきたのだ。
「父が行こうとしていたSC型渦状星雲三角座M33は、顧問の人の確認でゴードン星系のアルツール探検隊という団体から未踏の場所だとお墨付きをもらってたそうなの。それが何の手違いか、それともゴードンのやつらの罠だったのかわからないけれど、巡洋艦が待ち伏せしていたんだって。で、話し合おうとしたお父さんの言葉も無視して、いきなりレーザー砲を撃ってきたそうなの」
「そんな詳しいこと、よくわかったね」
シンゴが考え込みながらそう言った。
「まるで、その場で見ていたみたいじゃないか」
彼の疑問にノアがうなずく。
「お父さんがね。密かに亜空間通信チャンネルを通信士に開かせていたのよ。そのおかげで、一番近くを航行していた連邦の船に一部始終が筒抜けだったんですって」
「ひどい話だよなー」
タカオが怒って、珍しくまともな反応を示していた。
「僕もノアの気持ちわかるよ。僕にできることがあったら言ってくれ。なんでもする。仇うちでもなんでもね」
「ちょ、ちょっと待てよ。タカオ。相手を考えてみろよ。ゴードン星系だぜ。しかも軍部だ。アスラ艦隊っていったら、帝国の艦隊の中でも泣く子も黙る百戦錬磨の超冷酷艦隊っていうじゃないか。僕たちに何ができるっていうんだよ」
「何を情けないこと言ってんだよ」
シンゴたちの座っているベンチの後ろからいきなり声がした。三人ともいっせいに振り返る。
「ヨリ!」
異口同音で叫ぶノアたち。
そして、さらに────
「私たちでその、アスラ艦隊だっけ? そいつらにケンカ売りに行きましょうよ」
「サヨ!」
「厳密に言うと、アスラ艦隊提督トップラスという少々ふくよかな人物が大本の悪らしいけどね」
「ケイタ!」
そこには白金の髪を肩まで流した美少年、お茶目にウインクをしてみせている少女、気弱そうに微笑んでいる少年の三人が立っていた。
「どうしてここにいるの?」
代表してノアがもう一度叫んだ。
「シンゴ」
すると、ヨリが大いに真面目な顔を見せて一歩前に進んだ。
「おまえの気持ちはわかるさ。確かにオレたちは成人前の半人前だ。だけどオレたちの手本になるべき大人たちがだぜ、あんな汚いことやってる。許せるわけないだろ」
それでもシンゴは言い返す。
「だが、大人といっても相手はゴードン星系だぞ。地球の倫理が通用するものじゃない。聞けば個人の自由などまったくない、絶対帝王主義を信奉する奴らだそうじゃないか。僕らの常識で考えたってどうしようもないよ」
「頭のいいおまえにしちゃ考えなしだぜ」
ヨリは鼻で笑った。
「地球にだって、大昔に帝国主義とかいうものが闊歩してた時代があったはずだ。ゴードン星系の奴らはおまえは見たことないかもしれないが、オレは見たことあるぜ。地球人とおんなじさ。銀髪なんて珍しくもないし、紅い目だってちょっと地球人にはないかもしれないけれど、そう大した問題じゃない。要は頭の中身さ」
ヨリは人指し指で自分の頭をつついてみせた。
「おんなじなんだよ。まったくね。オレは話したことあるから知ってるが、奴らも地球人もまるで兄弟のように似てるんだ。もしかするとオレの思うに、高度な知能を獲得するにいたる生命体ってやつは、どうも根源がおんなじなんじゃないかってな」
シンゴは偉そうに演説するヨリに少々ムッときたらしく、さらに言い返した。
「でも、とてもヒューマンタイプとは言えないエイリアンだっているじゃないか」
「地球人や帝国の奴らほどの知能はない」
事も無げに言い切るヨリ。
「う……」
唸っただけでそれ以上何も言えなくなってしまったシンゴ。
「ちょっとお。話の趣旨がズレてきてんじゃない?」
やれやれと言いたげに、ノアがふたりの間に入っていった。
「とにかく」
ノアはシンゴをキッとにらむ。
「イヤならシンゴは残りなさいよ。あたしたちだけでもゴードン星系に乗り込むから」
「そういうわけにはいかないだろ」
シンゴは頭をふった。どうやら、保護者の心が戻ってきたらしい。
「僕はケレス総裁のためにもノアを守る義務がある」
「またはじまった。シンゴの総裁絶対主義」
タカオがうんざりといった顔をする。
「じゃあ、話は決まったわね」
手をひとつ叩くと、サヨが明るく言った。
「でも船はどうするんだよ。チャーターなんかできないだろ。ゴードン星系までなんて公に行ってくれる船なんかないよ」
それでもまだ言い足りないらしく、シンゴはつめよる。
「それなら大丈夫」
ヨリがにっこり笑ってそう言った。
「ゴルゴ父さんの銀河号があるんだ」
「船長、見つかったの?」
ノアが驚いて叫んだ。
「ああ」
ヨリは嬉しそうにうなずく。
「父さんったらさ、いったんはオレたちの前から姿を消そうと思ったんだって。でも、ノアの父さんが殺された話を聞いて心配になってオレに連絡してきたんだ」
「それって口実よ。きっと」
サヨが横から口を出す。
「やっぱりヨリとのつながりを断つことなんかできないってね」
彼女はヨリにウインクしてみせた。
「よせよ。サヨ」
彼は照れくさそうに頭をかいている。
「とまあ、そういうことで、船はあるんだ。父さんが連れてってくれるよ」
「それは感心しないな」
いきなり後ろで誰かの声がした。
そこに居合わせた全員がギョッとして飛び上がる。それから彼らは恐る恐る声のした方を振り返った。
「ナオト博士!」
そこにはいつの間にかナオトが腕を組んで立っていた。
「ヨリくん」
いつになくキリリとした表情でヨリに近づくナオト。
「きみはドライデン船長の立場というものを考えてみたかね」
「立場……ですか?」
ヨリは不安そうな顔をした。きれいな顔立ちのためか、なんだか妙に艶めかしい。
「空間人は交易で生計を立てているはずだ。聞くところによると、人知れずゴードン星系とも取引をしているそうじゃないか。もし、銀河号が問題を起こしたとあらば、二度とゴードン星系には立ち入れなくなるぞ。それだけならまだしも、消されてしまうという恐れもある」
「………」
ヨリは肩を落としてしまった。
「考えなしなのは、どうやらオレのほうだったみたいだ」
彼は小さく呟いた。
「ヨリ……」
それを痛ましく見つめるシンゴ。
「なによ。なによ。ナオト博士ったら!」
とたんにノアのブーイングがはじまった。
「あたしはお父さんの仇をうつの! 誰がなんてったってお父さんの無念をはらしてあげたいのよ!」
「私が連れていく」
「え……?」
ナオトの言葉に、ノアは呆気にとられた顔をした。
「私は仇をとるなとは言っていない。私だって総裁の仇はとりたいんだ」
ナオトの顔はいつになく真剣だ。
「だから私がきみをゴードン星系に連れていく」
きっぱりと言い切るナオトであった。
「そんな……」
シンゴが呟いた。
「総裁ともあろう人が、そんなこと言うなんて……」
とても信じられないといった表情を浮かべている。
そして彼は叫んだ。
「どこに怨恨で動く総裁がいるんだよ!」
「しかも何で総統まで賛成するんだよ!」
シンゴの叫びは、ケリー総統の前でも上げられた。
そんな彼に構わず、ケリーはあっさり言った。
「今、目ぼしい軍艦は全部出払っていてな。ミューズ巡洋艦しかないのだ」
「ありがとうございます。このたびは私のわがままにお付き合いくださいまして、痛み入ります」
ナオトは深々と頭を下げた。
「………」
ケリーは含みのある視線をナオトに向けている。彼はチラリとノアに目を向けてから、そっとナオトに耳打ちした。
「きみだね。ケンイチにずいぶん過激なことを吹き込んだのは」
「は……」
ナオトは顔を真っ赤にさせた。
「それはご内密にお願いいたします」
慌ててそう言ってから、ナオトはノアを盗み見た。
「?」
ノアはキョトンとした顔をしている。どうやら気づいていないようだ。
ナオトはホッとして胸を撫で下ろす。
その様子を興味深く眺めながらケリーは言う。
「まあ。せいぜい頑張ってくることだ。死なない程度に頼むよ。大事な預かりものなんだからな、親友の」
「はっ! 充分承知しております」
ナオトは軍人のようにビシリと敬礼をしてみせた。
「なにやってんだか……」
ノアはため息をついて呟いた。
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