迷宮のルーチェ




 私がこの不思議な作品と出会ったのはクリスマスの夜でした。ふと目を覚ますと枕元にあったのです。こんな本は家にはないので、とても不思議でした。サンタさんからのプレゼントなのかもしれません。この作品は人々が迷ったときに現れるルーチェちゃんという少女の視点から書かれる不思議なお話でした。ルーチェちゃんは結局最後まで何者だったのかわかりません。でも、ルーチェというのは光という意味だったので、もしかしたら、人々の悩みに対する希望の光、つまり、答えだったのかもしれません。

 様々な時代、世界から色々な人が迷宮に迷い込みます。恋人を亡くした人、人殺しを楽しむ怖い人、自分の未来に絶望している人。その誰もが悩みを迷いを抱えています。けれど、ルーチェちゃんは何も言いません。機械的に受け答えをするだけですが、その裏で色々と考えているのです。

 迷宮に迷い込んだ人はルーチェちゃんと一緒に迷宮を出ることを目的に進みます。

「ここは迷宮。あなたの心の迷い」

 ルーチェちゃんのこの言葉を聞いた人は誰もがまさか、と嘲ります。しかし、迷宮を進んでいくにつれ、その人の過去、現在、未来を見ることになりました。

 人々が過去現在未来それぞれを見て苦悩する姿をルーチェちゃんはいつもどうしてそんなに苦しんでいるのだろう、という感想を抱きました。ルーチェちゃんには人の痛みが分からないのです。そして、自分の中の痛みにも気付いていないのです。

 人々は最後にゴールにたどり着きます。現在へと戻る終点へ。

 ある人は現在を苦に自殺し、ある人は自分は間違っていなかったと確信し、ある人は未来を変えようと心に決めて現在へと戻っていくのでした。

 物語の最後はルーチェちゃん自身の迷宮が現れます。ルーチェちゃんはたった一人で迷宮を歩いて行きました。今まで出会った人々との過去。向かうであろう現在。そして、待ち受ける未来。

 ルーチェちゃんはまだ生まれていない赤ん坊でした。現実のつらさも喜びも知った上でゴールにたどり着きます。ルーチェちゃんが外の世界へ旅立つか否か、というところで物語は終わってしまいました。

 この先は読者の判断に任せる、ということなのでしょう。

 私は――きっとルーチェちゃんなら外の世界へ旅立つのだと思います。ルーチェちゃんはとっても強い子だから。私とは違って。

 でも、それじゃダメなんだと私は思います。私も、ルーチェちゃんのように何もかもを知ってなお、先へ進まなければいけないんだと。

 私はそう決意しました。


 刃物はぬらりと赤く輝いています。

 私は親を殺しました。

 私はずっと親にいじめられていました。殴られて大声で怒鳴られて。いつもどちらかの耳は聞こえない状態でした。

 でも、ルーチェちゃんのように強く生きると決めたから。

 私の世界は私だけのものだから。

 だから――私は自分の世界に旅立つことを決めました。

 きっといつか私も迷宮に迷い込むことになると思います。

 その時、ルーチェちゃんに会うことができるなら、ルーチェちゃんは私に対してどのようなことを思うでしょうか。

 私は包丁を置いて、暗く閉ざされたマンションの扉を開けました。



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