雨滴る木立の中で




 雨の降る中、私は人を待ち続けていた。周りには人影はなく、あるのはカフェーのテーブルだけだった。気長に本場のエスプレッソを楽しみながらも、やはり寂しさは募るもので、仕方がなく読書でもしようと考えた。

「雨滴る木立の中で」

 まさに今の私にピッタリな小説と言えよう。

 物語は深い森の中から始まる。

 長い長い雨の降る森。そこには赤いずきんを被った少女がいる。少女の描写はないものの、私は勝手に少女を髪が金色の美少女だと結論付けた。やはり小説の登場人物は美少女に限る。決して森鴎外とか言ってはいけない。

 頭蓋を突き抜ける雨音が手助けして、小説の描写がより鮮明に映し出される。

 綺麗な雨音のする幻想的な森。ずっと空は曇っていても、木々は輝きを失わず、そして、少女はその木々よりも輝きを放っている。少女の瞳は何色だろうか。きっと虹色に輝いているに違いない。

 少女は一人森で暮らしていた。家族に先立たれてしまったのだ。その寂しさはいかほどのものだろうか。しかし、少女は一人でたくましく、美しさを欠くことなく生きているのだ。

 そんな少女のもとに、若い青年が迷い出でてくる。彼は森の外からやってきたのだ。

 倒れている青年を少女は看病する。

 目を覚ました青年は少女に恋をした。

 当たり前だ。読み手である私ですらとっくに恋をしてしまっているのだから。

 青年はこの森では少女が長く生きられないことを知る。故に少女を森の外に連れ出そうとする。その小さな手を引っ張って。しかし、少女はその手を引っ込める。

「わたしはそとのせかいをしらない」

 少女もまた、青年に恋をし、そして、外の世界に恋い焦がれていた。だが、外の世界はたった二人で生きられるほど楽園ではないのだ。そのことを少女は敏感に感じ取ったに違いない。

 青年もまた、少女とともに短い命のまま森で生きようかと考える。青年は少女とともにいられればそれでいいのだ。だが、少女のことを想うのなら、外の世界で暮らす方がいい。

 青年は少女に思いのたけを打ち明ける。甘くも熱く、燃えるような愛の言葉を。

 少女はきっと顔を赤くしながら首を縦に振ったに違いない。

 なんともまあ、素晴らしい青春群像劇であることか。

 少女と青年は手を取り合い、雨滴る木立の中を抜け出すことにした。

 虹のかかる橋が見えた瞬間、青年はその手に少女の温もりがなくなっていることに気がつくのだ。

 その手にあったのは、冷たくひんやりとした感触。

 緑色の小動物。

 青年は手の中の蛙を握りつぶし、永遠に少女の姿を追い求め旅をする。

 その握りつぶした蛙が少女自身であったことに気がつくこともなく。


 なんという小説であろうか。

 オチは残酷。それでいて心がどこか晴れ晴れとする。美しい情景描写に青年と少女のそれぞれの感情を乗せた言葉遣い。この世界にまだ、これほどの文字使いが残っていたとは。

 現実は残酷でなければやっていけない。

 私もまた、残酷な終わりを迎えた存在であるのだから。

 手はとうに骨と化している。目玉などとっくの昔に溶け落ちてしまった。

 ある日、失われた書庫より解き放たれた「魔王の世界征服日記」により世界は崩壊してしまった。私は恋人を待ち続けていたが、ついぞ会うことはなかった。私もまた骸となり果ててしまったのだから。

 しかし、私は待ち続ける。

 永遠を乗り越えて、いつか、出会える日を待ち続けながら。

 降りやまぬ雨が頭蓋を叩く。

 雨降る木立となってしまった世界の終わりの中で。


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