魔王の世界征服日記
「魔王の世界征服日記」観察記録 竹内緋色
一日目
失われた書庫、より新たに発見された「魔王の世界征服日記」の観察を任された。
虫かごに入れて観察を始める。
これの食物は何であろうか。どのような動きを見せるだろうか。正直興奮が冷めやらない。先史時代の失われた書物の一つであり、年代も不明である。害はないだろうと言われているが、油断は禁物である。
まあ、ゆっくり観察していこう。
二日目
食物はアルコールであるようだ。中々変わった作品だ。高ければ高いほど喜んでいるようだが、懐が厳しいのでエタノールをもっぱら飲ませている。動きとしてはそれほど活発ではない。一時間ほど動けば三時間は休止している。睡眠を行っているのではないようだ。この作品は眠らないのだろうか。
三日目 フューチャリングシノビ
ふと思いついて先日奪ったシノビウォッチを与えてみる。すると、驚いたことにシノビウォッチを吸収したではないか。観測機器を設置するべきだった。どういう構造でシノビウォッチを吸収したのだろうか。シノビウォッチを吸収した後の作品は心なしか俊敏になったように思える。それと、少し大きくなった。
四日目
今朝からずっとせわしなく作品が動いている。眠らないが故にずっと運動を行っている。この何気ない運動に何か理由でもあるのだろうか。今朝からずっと反復横跳びばかりしている。いや、急にバク転運動を開始した。体操選手でも夢見ているのか。
何か理由があるのか、と言えば、この作品が生み出されたことにも何か理由があるのだろうか。先史時代の人間は何故作品を生み出したのか。それは作者によって理由は様々だろう。作者はこの世に何を想い、何を感じている。そして、何故失われた書庫の最奥にしまわれていたのだろうか……
五日目 フューチャリングクイズ
観測機器が届く。カクヨム委員会もまた、この作品に注目し始めているようだ。今日はクイズウォッチを与えた。観測結果に驚く。ウォッチを微粒子レベルで分解し、肉体を強化しているようだった。体はすでに虫かごいっぱいになった。もっと大きなものを用意しなければ。
五日目
一メートルはある虫かごに作品を移す。シノビウォッチを吸収した時とは逆に、クイズウォッチを吸収した時からずっと作品は動かない。簡単に移動できたのはいいが、どうしたことだろうか。これではあまり注目されないではないか。困る。私の生涯がかかっているのだ。
活動を活発化させるためにもっとアルコールを増やそうか。なんなら、きちんとしたアルコールを与えてもいい。
六日目
作品の体はますます大きくなっている。しかし、少しも動きを見せない。ふと、この作品は何かをずっと考えているのではないかと考えることがある。まさか。作品が知能を持つなど。もしくは、動かなければアルコールが貰えるという知恵を得たのかもしれない。芸でも仕込むか。そのくらいなら犬でもできよう。それでも動かないのであれば、更なる手段にでるしかない。それよりさきに、今度は檻に入れなければ。そろそろ私の身長を越す大きさに肥大している。どこまで成長するのだ、この作品は。
七日目 フューチャリングキカイ
胎児よ、胎児。お前は何の夢を見ているのか。
力を奪って手に入れたキカイウォッチを与えようとした瞬間、檻の隙間からウォッチを奪われた。コイツは、これを狙っていたのだ。そうとしか考えられない。
体はさらに大きくなる。瞳は常に私を冷酷に見つめている。この作品は知能を持っている。キカイウォッチを手に入れた今、どのような存在に生まれ変わっているのだろうか。
もう、私の手には負えない。
八日目
世界の終わりが始まる。
作品は檻を破って世に出た。
ますます大きくなる。その姿はまさに怪獣としか言いようがない。
私は、世界を滅ぼす神を作ったのだ!
私が、作ってしまったのだ――
九日目
「魔王の世界征服日記」は全てを破壊し始めた。
ヤツの本質は、征服すること。
何の冗談かボディはセーラー服を模したものに変化している。そして、その巨体で人々を駆逐し始めた。背からは蝙蝠のような翼が生え、世界中を滅ぼし始めている。
ライフラインはすでに壊滅的だ。人類は日々、作品に対する恐怖で怯えている。
滅んだ世界にこのような記録は必要なのだろうか。
十日目
人類はどれほど生き残っているだろうか。
恐らく、私が最後の独りだろう。
なにせ、今、目の前に「魔王の世界征服日記」がそびえたっている。
己をここまで育て上げた私だけは残してくれたのだろうか。
いいや、違う。
コイツは私の絶望しきった顔を見たかっただけなのだ。
絶望しきった私を殺すことを虫かごの中からずっと夢見ていたに違いない。
さっきからずっと、最後に残すべき言葉を探している。
しかし、どこにも浮かんでこない。
もしも、未来に知的生命体がこの星で生まれることになるのであれば、これだけは残したいと思う。
世に解き放ってはいけない作品があるということを。
『このさきはよごれていて よむことができない』
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