第38話 式猫使い
「 しかし下水道っつうからもっと汚いと思ったがそうでもねぇな 」
エチュードの地下拠点から旧い下水道へと脱出したサブら一行は下水道脇の整備用の通路を伝い足早に進軍していく。
「 ここは雨水なんかの排水用の水路ですからね ただ汚水も流れ込んでますからキレイな水って訳じゃないですよ 今はさっき突然降り出した外の雨が酷いみたいですから水かさも増して流れも早く比較的にキレイに感じますね 普段はもっと臭いますよ 」
サブの言葉にモンジが答える。
「 モンジ 雨の具合が心配だよ 水かさは普段と比べてどうなんだい 」
「 外はそんなに降ってんのか 」
カゲフミのモンジへの質問にサブの質問が重なる。
「 かなりの豪雨みたいですねぇ 今のとこ水かさは2倍程度かな それより流れが速いのが心配ですね 排水処理能力を越えたら一気に水が天井まで増えますよこりゃ 」
モンジの言うように水路の流れはもの凄い勢いで轟々と音を立て通路ギリギリの高さまで水かさを増している。
「 ヤバいな 上に抜けるルートは?」
「 少し先にありますけどおそらく雨水が流れ込んでて今は使えないでしょう 雨が止むならそれまで待っててもいいんですが 外の様子がわからないからなぁ その先に建物の地下に抜けれる縦穴があったはずです そこなら多分大丈夫だと思うんですが 急ぎましょう 」
「 なんか音が聴こええるよ 」
突然先頭集団にいたクロチィーが声を発した。
水の流れる轟音とは別の音が近づいているようだ。
チュゥ!チュゥ!チュゥ!チュゥ!
「 ネズミだ しかも相当な数いるぞ こっちに向かって来てる 」
同じく先頭集団のバッテンが大声を上げる。
暗い闇の下水道の前方からさらなる黒い闇が押し寄せて来た、その中で小さな赤い光がチカチカと無数に点滅して水しぶきを上げながら猛スピードで近づいてくる。
「 うわぁぁぁっ!」
一瞬にして突進してくる仔猫ほどもあろうかという巨大ネズミの群に呑み込まれる、しかしネズミ達は猫達には目もくれずにまるで障害物を躱すように無数に連なってすり抜けて行く、まるで何かから死にもの狂いに逃げているようだ。
そして……ネズミ達の後方より巨大な牙のずらりと並んだ全開の顎がバシャバシャと水流に逆らい現れた。
「 わ わ わ わ わっ ワニだぁぁぁっ!」
ネズミを避けてバッテンの後ろに隠れていたアカスケが絶叫する。
「 こ こんなの怪獣じゃん ど どうすんでやすかササササブの兄ぃ 」
「 相手は水の中だ通路の一番外側を一列で突っ走るぞ 」
テンパったカササギにサブが答えながら向かって来る丸々太った一匹のネズミをワニの大きく開かれた口の中へと蹴り飛ばした。
ガチンと上下の牙が噛み合わされ長いネズミのしっぽだけが外にはみ出す。
「 今だ 」
サブの合図で全員が一列に駆け出す、が、とめどなく前方から押し寄せるネズミ達に邪魔されて上手く進めない。
「 クソっ 」
ギロリと水面に出たゴツゴツした硬質の鱗に覆われた爬虫類の目が猫達を捉えた。
バシャン。
水しぶきと共に水中から太い鞭の様なものが高速でしなりながら先頭のクロチィーに襲いかかる。
「 うわぁ 」
咄嗟に道中合羽を翻しながら跳び上がりクロチィーはこれをひょいと躱した、ネズミ達が水の流れにはたき落とされるとワニがガブリと水ごと飲み込む。
「 何だありゃ 」
「 尻尾です 長い尻尾で攻撃して来たんですよ みんな気をつけて 水路に落として水流ごと飲み込むつもりだ 」
サブの声にモンジが返し大声でみんなに注意する。
「 クロチィー 前に抜けられそうか 」
「 ネズミが邪魔でこれ以上進めないよ それにコイツもどうやら僕たちを狙ってるみたいなんだ 」
「 ネズミは食い飽きたってか モンジ どうする 」
「 どうするって…… カササギ お前囮になって水に落ちてワニの口に飛び込め その隙に俺らは脱出する 出来るだけ時間を稼げ 牙を避けて口の中をズタズタにするんだ 」
「 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ 馬っ鹿じゃねぇの あっしが食われちまうじゃんかよ 」
「 アカスケ お前も行け 」
バッテンがモンジの作戦に乗る。
「 何それ 超ウケる ンなこと出来るかぁぁぁッ!」
「 なら 式猫さん!」
クロチィーが布の巻かれた前足を懐に突っ込み何かを取り出した。それは猫型の三枚の白い紙切れであった。
「 助けて 」
紙切れを宙に放る。
「 呼んだか 」
「 ほう これは何とも面妖な生き物じゃ 」
「 面妖じゃ面妖じゃ 」
宙空にぼっと3匹の虚ろな白猫が浮かび上がる。
「 ぱっ バッテンの兄貴 何か変なの出て来た 」
「 こいつ 妖術が使えるのか 」
クロチィーの後ろでアカスケとバッテンが思わず腰を抜かす。
3匹の式猫はヌラヌラとした動きでワニを囲み水道の両側の通路と水に落ちて流れるネズミを足場に緩やかに伸び縮みしながら旋回する。
ギロリ。とワニの目が一瞬裏返り水の中から獰猛な大顎を全開に正面の式猫目掛け魚の様に跳ね上がった。
シャァァァァァッ!
式猫が咆哮と共に全身の毛が白く燃え上がる炎のように逆立ち紅い瞳が滲んだ血の様に吊り上がり口元が耳まで裂け上がる。
「 ばっ ば ば ば ば ば 化け猫っ 」
式猫の恐ろしく変容した姿を目にしアカスケがバッテンにしがみついた。
式猫は口を広げジャンプしたワニの鼻先をストンと軽やかに踏みつけ背中に飛び乗る。
うあぁぁぁぁぁぁお!
両側な通路の2匹の式猫が薄気味の悪い鳴き声を上げる。すると今まで逃げ惑っていたネズミ達がピタリと動きを止めワニに向き直った、ネズミ達の赤い目は式猫と同じく凶悪な紅く吊り上がった目に変わっている。
瞬間、ネズミ達が一斉に水上のワニに襲いかかった、背中の式猫はふわりとネズミ達から身を躱す。水面に落ちたワニは無数に体中に喰らいついたネズミ達を振り解こうとバシャバシャと水しぶきを上げ身を
「 流石に硬いのぅ 」
「 硬い硬い ネズミの歯では歯が立たん 」
「 じゃがタマは無限にあるぞ 」
更に無数のネズミで水面が埋め尽くされワニの姿が没していく。
「 おい 弓月 何でじっと見てる 今が逃げるチャンスじゃないのかい 」
カゲフミがサブに向き直る。
「 これは幻術だ ワニもネズミも俺らも幻術に掛けられてんだ 術者であるクロチィーが居なくなれば幻術は解ける クロチィーのタイミングで動くのがベストなんだ 」
突然、無数のネズミの群れの塊と化して悶ているワニであろう物に水中から現れたさらなる大顎が喰らいついく。
「 なッ もう1匹いやがったのか でっ デカいぞコイツ 」
「 今だ 走るよみんな 」
3匹の式猫が紙切れに戻りクロチィーの掲げた前足にスッと舞い戻る。
クロチィーの声に全員が我に返り一斉にその場を後に前へと走り出す。後方では依然として激しい水しぶきが上がっている。
「 クロチィー いつから式猫使いになったでやんすか 」
カササギが並走しながらクロチィーに問い掛ける。
「 一回だけ助けてくれるって約束してくれてたの 」
「 相変わらずケチなヤツらだぜ 一回と言わずに三回くらい助けやがれってんだ それで 変な契約させらたりしてない 」
「 なんか難しそうなこと言ってたけど僕にはよくわからなかった 」
「 怪しいなぁ クロチィーは素直すぎるからなぁ アイツらあんま簡単に信用しちゃダメっすよ 」
「 うん わかった 」
「 わかってんのかねぇ 」
「 カササギ そろそろ登り口が見えてくるはずだ 」
後方からモンジが声を掛ける。モンジの言葉通りに少し先に天井の縦穴に続くハシゴが見えて来た。
「 さすがジャカゲの親分さん 実の兄弟でも躊躇無しでありんすねぇ まさかあんな酷い殺し方するなんてさぁ みんな途中からたいそうビビって声を無くしてましたよ 」
滝のように流れ落ちる水の下で自らの傷から流れる血と返り血を洗い流しているジャカゲに1匹の猫が背後から声を掛ける。
「 ハザードの鎧を着けての封呪解除だ 身体の組織ごと鎧を引き剥がすしか無い 俺の身体も既に鎧と一体化した 」
ジャキンっとジャカゲの身体から無数の黒い刃先が突出する。
「 それより何の用だ ムツメ 」
「 何の用って 弓月を捕えたって言うから来たんですよ 」
「 ヤツらなら逃げたぞ 」
「 みたいですねぇ あのカゲフミって言う娘も一緒なんでしょ いいんですかえ 」
「 カゲシロは死んだんだ もう必要ない 」
「 へぇぇ 必要ないねぇ まあ そうでありんすか 」
「 おまえこそ見てたんなら弓月のヤツらを追うべきじゃねかったのか 」
「 そんな恐ろしい事しませんよ ジャカゲの親分さんを怒らせるほど命知らずじゃありまへんえ 」
ムツメが意味ありげな眼差しで水に打たれるジャカゲを見遣る。ジャカゲの身体の黒い刃先はゆっくりと仕舞われていた。
「 ……言ってろ 」
「 せっかく来たのに無駄足じゃぁ とんだ間抜けでありんすえ 」
赤い襦袢のような物を羽織ったムツメが水の下のジャカゲに身体をピタリと付ける。
「 何してる おまえ メシアス様一途じゃなかったのか 」
「 いいじゃありやせんか 想いが遂げられぬ者同士 秘密に仲良くやりましょう 所詮この世は
「 ふッ 業の炎か そりゃいいや 」
更に勢いを増した滝のような水の中、ジャカゲが力まかせにムツメを横倒しにして覆い被さる。
ぅあぁぁぁぁぁぁぁお!
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