第36話 黒き檻

 獄門一族は かつては弓月の最精鋭部隊『刃残人ハザード』を束ねる長であった。今を遡る事 数百年前に獄門は刃残人を引き連れ弓月を離叛する。その後、黒紋と改名し関八州の武蔵国に流れ着く、江戸時代には内藤新宿に居を構え関東一円を仕切る一大勢力へと成長し栄華を誇った。


 黒紋の名の由来は額にある黒き紋にある、この紋はかつて獄門の裏切りにより非業の死を遂げた弓月の姫様の呪いだとも自らの穢れた血脈の為せる技だとも言われている。


 額に美しい黒紋が浮かび上がるのは一子のみである、黒紋頭首はこの黒紋の子を授かるまで子を成し続けねばならぬ。そしてその子へと世襲されて行くのだ。だが、ごく稀に額の黒紋が乱れ 躰全体にのたうつ蛇のように押し広がった子が現れる。この猫は獄門の時代より穢の象徴として忌み嫌われ忌巳猫として産み落ちて直ぐに殺された。


 戦後になり人間の新時代が訪れ黒紋一族も廃れていく、辛うじて新宿で新宿猫 愛衷人エチュードを名乗るも 更なる人間世界の変化に押し潰される。もはや猫族は人間の愛玩動物としてのみの生存意義しか許されてはいない。


「 約50年ぶりかのう 何代かに1人 必ず現れる この子は猫の姿をした我等獄門の呪いそのものなのじゃ 手元に残す訳にはいかん 」

「 そのような事は決して御座いませぬ 紋が乱れていようが我が子は我が子です コクモンの血を引く新宿エチュードの猫に御座います 罰ならこの子を産み落とした私が受けましょうぞ 」

 ……母様。


「 おう お前がジャカゲか 」

「 お お初にお目にかかります わたくしこの度正式にコクモンの……

「 おいおい そんな畏まるなよ 歳は離れてるが同じ血の流れた兄弟じゃねぇか なんか色々あって大変だったな これからは遠慮なく何でも言ってくれ 将来は新宿エチュードを俺らで率いてくんだぜ おっと まだ名乗ってなかったな いけねぇいけねぇ 俺はカゲシロ お前の兄貴だ 」

 ……兄?


「 来たぞ 忌巳猫いみねこの蛇影だ 」

「 マジかよ うわっ なんだよその体の模様は 」

「 おい お前 ただでさえコクモンの猫は呪われてんだぞ お前の母ちゃん 酷でぇ死に様だったらしいな お前のせいなんだろ 誰も望まねぇお前なんか産まされてよぉ 」

 ……僕のせい?


「 情けねぇなぁ お前 本当にコクモンの血族か?わざわざ池袋から来たんだぞ 少しは根性見せろや 」

「 どうする?」

「 そだな 記念にこの気味の悪りぃ生皮引き剥がして持って帰るか 」

「 そんなことしたら死んじまうぞ 流石にカゲシロが怒るんじゃないのか 」

「 はぁぁっ なにビビってんだ カゲシロがなんだよ 新宿エチュード?ただの地下の引きこもりじゃねぇかよ」

「 呼んだか?俺が新宿エチュード コクモンカゲシロだ 」

 兄さん……


「 ジャカゲ 新宿猫なら強くなれ 」

 ……強く?


「 なんだよこいつ 見た目も中身も出来損ないかよ 」

 ……強く。


「 ち ちょと……待ってくれ 」

 ……強く。


「 ひぃぃっ ジャカゲだ コクモンジャカゲだ 」

 ……強く!


「 う うわぁぁっ 」

 強く!!


「 ジャカゲ こりゃ やり過ぎだぞ 」

 強く!!!


「 ジャカゲ様 カゲシロ様のやり方じゃ俺らエチュードは人間に滅ぼされるのを待つだけだ 今 エチュードに必要なのはジャカゲ様のような強いリーダーだ 俺らはジャカゲ様に付いて行きやすぜ 」

 俺は……


「 俺が新宿エチュードのコクモンジャカゲだ 文句のあるヤツは全員ぶっ殺す 」

 ……。


「 ジャカゲ 見てくれ 俺の娘だ フミっていうんだ 小っこいだろ 」

 ……フミ?


「 ジャカゲ叔父さん また怪我してる 待ってて 今薬持ってくるから 」

 ……フミ。


「 お願いです 父を……殺さないで下さい 」

 ……。


 うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉ!


 未明から降り始めた雨は何時しか雷雨へと変わっていた。低く垂れ込めた鉛のような雲は夜が明けるのを拒み続けこの世界を不吉な黒き檻へと繋ぎ止める。



 カゲフミを連れたサブら一行は地下の脇に作業用の通路のある旧い下水道内部に侵入していた。サブにより気を失わされていたカゲフミも意識を取り戻している。


「 どうして連れてきた 人質のつもりなら残念だけど私にその価値は無いよ 」

 カゲフミが恨めしげにサブを見遣る。

「 いい加減にしねぇか おめぇだってわかってんだろ あそこに残れねぇ事くらい おめぇのオヤジはヤクザもんとしての死に様を選んだんだよ それは決して娘になんか見せれるもんじゃねぇ 」

「 バカにするな 私はそのヤクザもんの娘として育ったんだ 父親の死に目くらい…… 」

「 そして自分も死ぬってか カゲシロは父親としてじゃなく男としての最後を選んだ 男の決意を邪魔するんじゃねぇ そもそも何でこうなった おめぇジャカゲに惚れてんな 」

「 オイ 余所者 それ以上ふざけたことかすとその首へし折るぞ 」

 サブとカゲフミの間にバッテンらエチュード組が怒りもあらわに割って入ろうとする。が、カゲフミがそれを制止した。


「 ……違う そんなんじゃない ジャカゲ叔父さんは本当は誰よりも優しい猫 だから皆んなの声を無視出来ない 自分がその声に応えなきゃって思って無理をする その隠した姿を私も父さんも知っていた あの黒白猫が現れた段階でエチュードの猫達はリーダーとしての父さんを見限った そして誰かがその後をやらなければならなかった その重荷を叔父さんは自ら背負ったの 呪われたコクモンの猫として 本来 コクモンの掟で頭首交代は死を持ってしか行われてはならない 見限られた父さんの死は確定してたの だから私が叔父さんにお願いした 父さんを殺さないでって 」

「 これだから女ってやつはよぉ 結局 誰一人救われてねぇじゃねぇかよ ジャカゲがおめぇの言う通りならカゲシロ殺しておめぇに恨まれた方がよっぽど気楽だよ そしてカゲシロはおめぇにだけは幸せになって欲しいって願ったんじゃねぇのか とにかく俺は死を覚悟した男に頼まれたんだ 男としてそれに応えさせてもらう 縛り上げてでもおめぇを弓月に連れてくから覚悟しとけ 」

「 うわっ もう犯罪じゃねぇすか 」

 カササギがお手上げなポーズをとる。そこへ途中から別行動をしていたエチュードのアカスケら3匹の猫が合流した。


「 頼まれたもん取ってきたよ てか 何?雰囲気悪いんだけど 」

 そう言ってサブとカササギとクロチィーに三度笠と道中合羽を手渡す。

「 すまねぇな それで中の様子はどうだった?」

「 まだ みんな広間だ 中の様子はわからねぇ 本格的な追っ手は掛かってないみたいでさぁ 」

「 じゃあ今のうちにとっととずらかるか お前らどうする カゲフミは連れてくぞ 」

 サブがエチュードの10匹ほどの猫達に聞く。

「 お前らなんかに頭任せてられるか どの道ジャカゲの下なんかにゃ今更付けねぇ 俺は頭に付いて行く 」

 バッテンの言葉にアカスケら他の猫達も頷く。

 カゲフミはそっぽを向いて黙り込んだままである。


「 モンジ このルートから脱出出来るか?」

「 はい でも危険ですよ 特にネズミには気を付けて下さいね 」

 モンジの言葉にサブは首を傾げた。

「 猫がなんでネズミにビビんなきゃなんねぇんだよ 」

「 これだから田舎者はよぉ 都会のドブネズミはバケモン級にデカいんだよ 群で襲われたらひとたまりもないぞ 」

 モンジの代わりにバッテンが答えた。

「 猫としてネズミにだけは食い殺されたかねぇでやんすね くわばらくわばら 」

 カササギが身震いした仕草をする。

「 あと メガネカイマンの目撃情報もあります 」

「 メガネカイ……?何だそりゃ 」

ワニですよ もともとこの国には棲息してない肉食爬虫類で人間がペットとして連れてきて手が負えなくなって下水に捨てたヤツが更に成長してとんでもない事になってます 5m級もいるっていう話ですよ 犬をぺっしゃんこに潰したみたいな恐ろしい見た目の生き物です 」

「 またモンジはそんな都市伝説を そもそもこの狭い下水道で5mもあったらUターン出来なくて一方通行になっちまうだろう 」

 だんまりを決め込んでいたカゲフミが呆れ顔で堪らず横から口を出した。


「 とにかく 今は外に出よう その後の事は落ち着いてから話しゃいい カゲフミ おめぇも頭ならみんなの命背負ってんだろ 協力してくれ 」

「 ……わかった ただ外に出るまでだよ その後は好きにさせてもらう みんなもそれでいいかい 」

「 へい 」

 エチュードの猫達も頷き一同は地下下水道へと歩みを進める。

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