第35話 嵐

 サブとカササギとクロチィーの3匹は牢から連れ出された。本来のサブの計画ではこの段階で隙を突き脱出に踏み切る予定であったのだが、エチュード側の警戒が余りにも強く機を見計らっているうちに地下の広くなった新宿エチュードの猫達が取り囲むスペースに連れて行かれてしまう。


 そこにはコクモンジャカゲが待ち構えていた。


「 本来ならメシアス様の指示を仰ぐところだが やはりコクモンとしては弓月を指を咥えて眺めてるだけってのもな 獄門の呪われた血が許しちゃくれねぇみたいだ 」


 ジャカゲの身体の一部は蛇の鱗のような物で覆われ前足から肩口にかけて幾重にも剃刀の刃のようなギラついた鋼が妖しく光を放つ。


「 勝負しようってのかい 」

 サブが毛を逆立たせシッポをピンと立てる。


「 勝負?舐めんなよメシュード 惨めになぶり殺しにするだけだ 」

「 知ってるぜ その禍々しい装束 弓月のハザード( 刃残人 ) の鎧だよな 結局貴様らも 救いのねぇ弓月の猫なんだな 」

「 あゝ だから俺が呪いを終わらせる 裏切り者の末裔 弓月のハザード 獄門蛇影としてな 」

 ジャカゲの身体の刃物がジャキンッと音を立て逆立った。



「 待って下さい叔父さん 」

 閉じられた扉からカゲフミがモンジを連れて駆け込んで来た。


「 やはりあの猫にエチュードの猫達の運命を委ねるのは早計ではありませんか 六ヶ村と多摩では騒動後に伝染病が確認されているそうです ここの猫達と同じ症状です 今一度お考え直しを 弓月ともまだ話し合う価値はあるのではないですか もう少し状況を見極めてからでも遅くは無いと思います 」


 取り囲んだエチュードの猫達がざわつく。


「 フミ 邪魔をするな もはや何をやっても遅いのだ わかっているだろう 我らに必要なのは時間では無く導き手なのだ 残念ながらそれはコクモンでは無い ましてや弓月の亡霊でもな わかっているからこそ兄貴と共に身を引いたんだろう 」

「 ……しかし 」



「 おいおい 人を隠居老人扱いしてんじゃねぇぞ ジャカゲ 」

 どやどやと取り囲んだ猫の群れが割れてジャカゲ同様の刃物の連なる黒装束の猫が推し進んで来た。


「 父さん…… 」


 カゲシロ様だ!カゲシロ様が来たぞ!

 猫らが動揺した声を上げる。


「 兄貴 何しに来た 」

「 いやね 憎きメシュードのツラを拝みに来たのよ 」

「 ただ拝みに来た出で立ちじゃねぇぞ 」

 ジャカゲが鬼の形相でカゲシロを睨みつける。


「 あゝ ついでに可愛い弟の首を取りに来たのよ 知ってるか 頭首の座は殺して奪い取るもんだ それが獄門の掟だろうがよ 半端な事してんじゃねぇぞ 」

「 情を掛けてやりゃぁ 調子に乗んなよ 俺に敵わねぇって知ってたからこそ毒を受け入れたんじゃねぇのかよ 」

「 違うな 俺もおめぇも思いは同じだ フミを悲しませたくねかった だからおめぇは毒を使い 俺は毒を受け入れたのよ だがな そりゃ間違いだった 獄門の血がさえずるのさ 死ぬまで殺し合えってな 」


 うあぁぁぁぁぉ!


 周りの猫達が興奮して不気味な声を上げ始める。


「 今更その身体で何か出来るとでも思ってんのかよ 」

「 弟の癖に兄貴舐めんじゃねぇぞごぉら 」

「 父さん!」


 父の許に駆け寄ろうとするカゲフミをモンジが止める。


「 おい てめぇが弓月のメシュードか 」

 カゲシロがサブを見遣る。


「 娘を頼む 」


 サブが小さく頷いた。同時にクロチィーの頭突きとカササギの後ろ蹴りが周囲の猫に炸裂する。


「 モンジ!」

 サブが叫びながら背後の猫の群れに特攻してまとめて吹き飛ばす。


「 頭!」

 モンジがカゲシロへと踏み出したカゲフミを前に立ち制止する。

「 ダメ 父さんが…… 」

「 親っさんが作った時間 ムダにする気ですか 」


 シャァァァァァァッ!


 カゲシロの咆哮が地下の湿った空間を共鳴させる。同時にカゲシロの額の黒紋が顔全体に隈取の様に広がった。

封呪解除ほうじゅかいじょか 本気みたいだな なら望み通りに死ね 」

 ジャカゲの黒紋も更に禍々しく押し広がる。


 カゲフミはモンジに無理やり押しやられサブら弓月の猫達に合流した。


「 モンジ 下水を使って脱出出来るか?それとも上に行った方がいいのか?」

「 いや 上は警備が厳しいし挟まれてしまいます 下が正解です 」

「 私はやはり残ります 」

 モンジとサブの遣り取りにカゲフミが割って入る、その顔は悲痛だ。


「 そりゃダメだ 」


 サブが前足でカゲフミの胸元を蹴り上げた。


「 あっ ちょっと 」

 崩れ落ちるカゲフミをモンジが支える。


「 カササギ モンジと女を運べ あの2人の対決に皆んな興奮してる今しかチャンスはねぇ クロチィー 俺らで切り拓くぞ 」

「 わかった 」


 クロチィーはサブほどパワーは無いが身軽さならピカイチだ、スピードに乗った動きで向かって来る猫らの頭上を飛び跳ね後ろ足で蹴り飛ばしていく。サブの言うようにに取り囲んだエチュードの猫達の大半はジャカゲとカゲシロの新旧頂上対決から目が離せずに追って来る者は少ない。


「 その扉です 」

 モンジの指示にサブが体当りで前方の扉を突き破る。


 扉から暗い通路に出ると前方に猫は居ないようだ、クロチィーとサブはカゲフミを運ぶモンジとカササギを前にやり後方から追って来る猫達を押し戻す。


 と、そこへ前方から。


「 モンジ てめぇ何してやがるんだ 」


 顔にバツ印の傷のあるバッテンがアカスケらパトロール隊のメンバーと共に血相を変え現れた。モンジとカササギに担がれたカゲフミを見て。


「 てめぇ フミ様に何をした 」


「 バツさん 話は後だ 親っさんがジャカゲに勝負を挑んだ フミ様を連れここを出る 手を貸して下さい 」

「 親っさんが…… なら なんで逃げるんだよ 親っさんに加勢するのが俺らの筋だろうがよ 」

「 それで全員殺されるんですか フミ様も含めて 親っさんの気持ちを察して下さい 」


「 …… 」


「 一緒に来ないのならこの場は見逃して下さい 」

「 嫌だと言ったら 」

「 仕方ありません 」


 モンジの瞳がギラリと光る。


「 わかったよ 後でちゃんと説明しろよ 野郎ども 付いて来たいヤツだけ付いて来い その代わり エチュードにはもう戻れねぇと思っとけ 」


 バッテンらがサブとクロチィーに加わり一気に追っ手を蹴散らした。

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