第33話 珍客
「 で 話ってなんだい?……あんたサブだっけ 」
牢屋の鉄格子の外から額に美しい黒紋のある白猫のカゲフミが話しかける。少し離れた場所でモンジが他の猫を警戒して見張りにつく。
「 いいのか あのジャカゲにコクモンを好きにさせといて おめぇさんの親父の先代コクモンの病気っつうのだって裏があんだろ 」
暗い牢の中からサブが低く声を出す。
「 あゝそうさ おそらく毒を盛られたんだろうね 」
「 ならなんで あんたのが正式な跡目だろうに 暴いて追い出しゃいいじゃねぇか 」
「 それでどうするのさ この新宿の穴蔵でエチュード全員で滅びの時を待つのかい 私らには既にこの場所で外で生きる道は無い 身軽な者や警戒心の強い者はまだなんとかなるだろうけどそれ以外の者らは一瞬で人間に狩られちまう もう人間との共存は都会じゃ限界を過ぎてしまってるんだよ 」
「 だからと言ってアナキーと呉越同舟は危険過ぎる ヤツは目的の為なら猫なんて何とも思っちゃいねぇ そして肝心要の目的がよくわからねぇ あんたらなら西東京のはぐれ猫騒動知ってんだろ 」
「 ジャカゲ叔父さんはね 人間に一矢報いたいのさ かつて弓月に弓を引いた獄門一家の猫としてね 私らの額の紋は弓月の呪いだと言われてる その呪いは末代まで受け継がれる決して解けない呪い 本当なのかい 弓月の猫さん?」
「 知らねぇよ 例え昔はそうだったとしても今じゃ逆にオシャレでいいじゃねぇかよ 時代が変わりゃぁそんな紋 何の効力もねぇじゃねぇか 」
「 弓月の猫から諭されたんじゃ世話ないねぇ だけどね 叔父さんはそうは思っちゃいない 人間側に寝返った獄門の裏切りで弓月は滅んだ 猫の世界は人間の世界に取り込まれた その結果行き着いた先がこの有様だ 叔父さんは獄門の呪われた猫としてそのケジメをつけようとしてんだよ 」
「 自虐的過ぎるだろ 弓月が滅んでなくても結果は同じだ 人間の歩みにゃ誰もついて行けねぇよ 自分で勝手に呪われてる病発症してるだけじゃねぇかよ 」
「 それが呪いってもんじゃないのかい 呪いってのは外側からもたらされるものじゃなくって内側から溢れ出すものなのさ これは呪われてる私等にしかわからない問題さ どの道新宿猫の先は長くないんだ 叔父さんの好きにすればいいさ みんな賛同してるんだしね 私と父さんは殺されなかっただけありがたく思ってるよ 話はそれだけかい?」
「 いや 逃がして欲しい 」
「 はぁぁっ 何言うかと思えば 何で私があんた等助けなきゃなんないんだい 」
「 一緒に逃げればいい 弓月に来い 」
「 弓月に…… 」
「 そうだ もちろんあんたの仲間らも一緒にだ ウチの姫様なら受け入れてくれる 」
「 ……姫様?」
「 頭 見廻りが来ます 」
モンジの声に。
「 ったく話にならないね 行くよモンジ 」
「 はい 」
カゲフミとモンジはその場を後にする。
「 どうでやす 」
牢の奥からカササギがサブに声をかける。
「 どうだかな 父親を
「 女心はなんちゃらかんちゃらって言いますもんね 兄ぃの超苦手領域だ 」
「 カササギにだけは言われたかねぇや 」
「 僕はきっと助けてくれると思うよ 」
「 おっとクロチィー さすが女殺しのアキさんの一番弟子 クロチィーに交渉してもらったがよくないですか 」
「 そ そうなのか?」
「 で どうしやすか モンジの野郎は当てになんねぇし 」
「 仕方ねぇ 次にここから出された時がラストチャンスだ 地上へのルートは?」
「 複雑すぎて無理っすよ 地図をモンジから仕入れても初見じゃ逆に混乱しちまうでしょうね 外の匂いもこう下水臭くちゃ辿れません 」
「 なら逆を突いて下水に逃げ込むしかねぇな 」
「 うへぇ まじっすか 」
「 クロチィー おめぇはもう十分戦力だ 当てにしてんからな 」
「 うんわかった 」
「 俺の合図で強行突破だ 下水の匂いを辿って走りだせ 邪魔するヤツはブッ飛ばせ 」
「 おうぅぅっ!」
クロチィーは前足を元気よく突き上げる。
「 ……大丈夫かなぁ 」
サブとの会話を終えて カゲフミは地下の隔離された一室の病床の父のもとを訪ねた。エチュード先代頭首コクモンカゲシロは一年程前に突然体調を崩し、その座を弟のジャカゲに譲りこの部屋で寝たきりの生活を余儀なくされている。
「 父さん 具合はどう 」
「 フミか ここへは来るなと言っておいたはずだぞ 」
「 何言ってるの 娘が父親の見舞いに来るのは当たり前でしょ 」
そう言いながらカゲフミは外で摘んできた一輪の白い花を瓶に挿す。
「 話は聞いた 遂に弓月のメシュードが訪れたそうだな 」
「 呆気なく叔父さんに捕まっちまいましたよ 何も心配することはないです 」
「 何をしに来た 」
「 さぁ 何をしに来たのやら 」
「 モンジ 何をしに来た 」
カゲフミと共に部屋の片付けをしていたモンジにカゲシロが声を掛けた。
「 親っさん 僕が知る訳ないでしょ 」
「 とぼけるな おめぇが訳ありな事くれぇ端から百も承知だ まさか弓月の草だったとはな 俺も呆けたもんだ 」
「 …… 」
カゲフミが見開いた目でモンジを見遣る。先程のサブとの会話はモンジが段取ったものだった、弓月の猫が内密に話があると、何故モンジが と不審には思っていた。
「 かないませんね 僕が何者かは僕の口からは流石に言えません ただ メシュードは例のアナクフィスィを追ってます 」
「 コクモンなんか眼中に無しか こちとら何百年もいつ来るかと首を長くして待ち構えてりゃぁそりゃねぇぜ 」
「 弓月なんてただの昔話の亡霊ですよ 時々彷徨い出るだけです 」
「 で どうする気だ 」
「 メシュードのサブって言えば実力じゃあガシュードともタイマン張れるほどです どうにかするでしょう いざとなったらジャカゲの親分と一騎打ちって手もあるし 」
「 そんなヤツが来てんのか そりゃうかうかしてらんねぇな それでフミ そいつに何て言われた 」
「 …… 別に 」
「 新宿で生きていけないなら仲間と弓月に来いと言ってました 」
「 モンジっ! 」
カゲフミがモンジを睨む。
「 ハッ こりゃ傑作だな かつての怨敵から憐れみを受けるなんざ 新宿猫エチュードも落ちぶれたもんだな ゴホッ 」
「 父さん 無理しないでよ この件は私達でどうにかするから だから心配しないでゆっくり休んでて 」
「 そうも言っちゃいられねぇやね ヤクザ猫にゃヤクザ猫の意地ってもんがあんだろ おめぇもコクモンの娘だ そんくらいわかってんだろ それよりモンジ てめぇ どうして俺が失脚した後もこっちにいる 本来なら俺ら見切ってジャカゲに取り入るべきじゃねぇのかよ 」
「 はて 何のことやら 」
「 どいつもこいつもナメくさりやがって 」
「 そんなに怒ったら血圧上がりますよ それより親っさん なんか客が来てるって聞いたんすけど 」
「 おう 忘れてた なんか多摩のゲジガジんとこのヤツが来てるらしいんだが西東京の件もある ジャカゲにゃ通したくねぇから外で待たせてあるんだった フミ 相手してやってくれ 」
ゲジガジ?確か多摩リバーサイドニューシティとかをシマにするヤクザ猫であることにカゲフミは思い当たる、元新宿出身の猫で父のカゲシロとは以前から少しばかり親交があるはずだ。
「 なんか待たせちまって申し訳ないね 」
新宿の西口のオフィス街の中にぽっかりとある小さな公園にカゲフミがモンジを連れて到着すると。
フギャァァァァッ!
喧嘩の真っ最中だった。
「 何やってんだい お前達 」
「 あっ 頭 」
「 どういうこったいこれは 多摩のゲジガジ親分のとこから客が来てるって聞いたよ 」
カゲフミが興奮する猫の1匹を捕まえて問いただす。
「 アキっすよアキ 」
「 なんだい アキって?」
「 知らねぇんすか頭 流れ者で少し前に他所のシマで問題起こして手配されてたじゃないですか 」
「 あれならとっ捕まって川流しにされたんじゃなかったっけ だったよねぇ モンジ 」
「 いや 確か川逆上って西東京に流れついて揉めてませんでしたっけ 」
「 そういやそんな話だったねぇ でも西東京の六ヶ村長老会が出張ってケリは付いてるはずだよ 実際川流しの刑は執行されたんだ その後生き残ろうがそれは本人の裁量さね じゃなきゃ刑の意味がなくなるだろ ヤクザにもルールってもんがあるだろ 」
「 じゃなくってですね 頭 バッテンの兄貴をバッテンにした張本人なんすよ アキは 」
「 あっ 思い出した あの時バツさんウチのシマから応援に行ってたんだっけ 」
「 そうなのかいモンジ 」
「 いやいや 頭が面倒臭がってバツさん行かせたんでしょ その時はバツさんじゃなくってアメキチとか呼ばれてましたけど 」
「 えっ バッテンって前はあのアメキチだったのかい 私 新入りのやけに馴れ馴れしい別の猫ってずっと思ってたよ 」
「 うわっ バツさん聞いたらショックで死んじゃいますよそれ 」
「 それで あの身軽なサビ猫がアキかい 」
「 へい 」
「 一緒に暴れてるあの白黒の妙ちくりんな生き物は何なんだい 」
「 わかりやせん だけどめっぽう強くて 」
「 それからベンチの上であくびしてるあのワン公は 」
「 わかりやせん 」
「 あっちゃぁ 頭 あれ確か黒柴のクオンっすよ 」
「 クオン?あのトラブルバスターのクオンかい 私らの天敵じゃないか どうなってるんだいこれは 」
「 西東京地区は魔境なんて呼ばれてますからね ここの常識通用しませんよ 」
モンジの言葉にカゲフミも困り顔になる。一般常識の通じないヤクザの常識すら通じない猫とはいったい何なんだろう。
「 お前達 やめないか 客人に何やってんだい 」
「 あっ 頭 」
カゲフミの声に気を取られたバッテンの顔面にサビ猫のアキの飛び蹴りが炸裂する。
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