第31話 鈴音の猫

「 じゃぁね お婆ちゃん 」

「 あら もう旅出っちゃうのかい 淋しいねぇ また遊びに来ておくれ 」

「 うん わかった 」

 老婆の家で朝ご飯を食べさせてもらって早々に3匹は出立の準備をする。

「 兄ぃ ほんとにあの2人会話してねぇんでやんすか 」

「 お おう た ただそれっぽく噛み合ってるだけのはず……だよな?」

「 クロチィー 謎猫っすからねぇ 人形とも話ししてたし それより昨晩 どこ出かけてたんすか? 」

「 ちっ 気づいてたのかよ 」

「 あたりめぇでやすよ 」

「 新月だったからな ここいらの集会に顔出しといたんだ 」

「 で どうでやした 」

「 いや アナキーの痕跡はなかった 」

「 中山道ルートは不発でやんしたね 日本海側の北陸街道よりのがよかったかなぁ 」

「 だろうな ただ海沿いの原発がある地区は十中八九掌握されてる 迂闊に近づくのは危険すぎる 1つずつ潰してく余裕も時間も戦力もねぇ 御前崎はイタチ達とイイズナがいてくれて ラッキーなだけだったからな じゃなきゃ あそこで俺らの旅は詰んでた 」

「 ですよね ムツメみてぇのが他にいたって不思議じゃねぇっすもんね 」

 話し込むサブとカササギを他所にクロチィーは老婆に身支度を整えてもらっていた。

「 貴方達 あっちのお寺にいっちゃダメよ 」

「 どうして?お婆ちゃん 」

「 恐いのがいるからね 」

 老婆は曇った顔をする。

「 兄ぃ あの2人 なんか怖いこと話してやすぜ 」

「 …… 」

 旅支度を終えた3匹は。

「 一宿一飯の恩義 有難うごぜぇやす 名残りも惜しゅうごぜぇやすが それではこれにて 御免なすって 」

 笑顔で手を振る老婆を後に、3匹は道中合羽を翻す。


 そこは山際の竹林の中にうち捨てられた見事なまでの荒れ寺であった。風に竹林がさわさわと音を立てなびく、晴れているでも曇っているでもないよくわからない空模様の下 ここは此岸にあらず彼岸であった。

「 兄ぃ やめやしょうよ 婆さんも来ちゃだめだって言ってたっしょ 」

「 だから気になんだろ あの婆さんは俺ら寄りの人の世からは一歩外に踏み出した場所にいる 人間が視えねぇもん 人間が気づかねぇもんにも敏感に気づいちまう このまま放おっとくのは危険だ 」

「 でも これ結界の中っすよねぇ 何の結界なんすかこれ 絶対ヤバいやつっすよ 」

 チリン。

 ぅにゃぁぁぁぁぁお!

 何処からともなく鈴の音と猫の鳴き声が聞こえた。

「 く く クロチィー?いま鳴いた?」

「 うんう 僕じゃないよカササギ 」

 ぅぎゃゃゃゃゃゃゃお!

「 ひぃっ 兄ぃ 」

「 荒れ寺の中からだな 出て来るぞ 」

突然、薄い膜がかかったように辺り一面が胡乱な空気に包まれる。

 ぅおぅぅぅんぅおぅぅぅんぅおんぅおんぅおんぅおんぅおん怨怨怨怨怨怨怨怨怨怨!

「 出ッたぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ 」

「 ちっ 祟ってやがる 祟り猫か 」

 荒れ寺の闇の中からぬるりと歩み出る。それは1匹の黒い血に汚れた白猫だった。身体の至るところに無数の何かが突き刺さっている。

 チリン。

「 鈴付き 飼い主になぶられたか 」

「 化け猫なんすか 」

「 そんなもんいやしねぇよ 単なる死にきれねぇ猫だ この世に未練を遺して死にきれねぇだけだ 人間への怨みか? 」

「 ……どうすんです 」

「 楽にしてやるしかねぇだろう このままじゃ災いになっちまう この地に染みついた災いという染みになっちまう おそらくここがそういう場所なんだろう よくないもんを引き寄せちまう場所 たくさんの染みが染みついた場所 その染みは猫だけのじゃねぇはずだぜ 怨み辛みは人間様の専売特許だ 」

 イタイイタイイタイ痛いヤメテイタイ痛いヤメテ止めて!ぅにゃぁご!

「 すまねぇ 」

 ぅみゃお!

 サブがバネのように 焦点の定まらない見開かれた目でこちらを見る白猫目掛けて飛び跳ねた。が、サブが鋭い爪を振り下ろす瞬時にその場から ふっと掻き消える。

「 クロチィー!」

「 うわぁぁぁ!」

 チリン。

 ぅおん!

 突然クロチィーの目の前に現れた白猫はクロチィーを片腕一本で弾き飛ばした。クロチィーは土煙を上げ地面を転がり飛ばされる。

「 カササギ 」

「 怖えぇけどわぁってやす 」

 サブとカササギは尻尾を立て白猫を中心に睨みつけ対角にゆっくり円を描く。白猫は2人にはまったく反応せずにじっと佇む。

 フゥギャァァァァァッ!

 凍り付いた空気の中、突然 竹林に飛ばされたクロチィーが白猫の背後から爪を立て飛び掛かった。白猫ともつれ合い爪を立てるがスカッと空振りする。空振りしたクロチィーの前足に喰い付こうとする白猫の顎へ突っ込んだサブの左アッパーが振り上がる、が、これも空振る。同時にカササギは跳躍して上空から躍りかかるが逆に白猫の跳ね上げた後ろ足の餌食となる、白猫はそのままくるりと旋回するとサブとカササギは弾け飛んだ。

 ぅみゃぅ!

「 兄ぃ こいつ 眼 見えてやせんぜ 」

体制を立て直しカササギが身構える。

「 あゝ 白濁してるしな 逆に死角がねぇってことだ まさに武術の極みだな どうなってんだ ったく クロチィー 大丈夫か?」

 土埃にまみれたクロチィーがトントンと跳ねて見せる。

「 う うん なんか余計なことしてごめんなさい 」

「 いや なかなか機転の効いたまさかの強襲だったぞ 相手が悪過ぎただけだ もう1回3人で同時アタックを仕掛けるぞ いけるかクロチィー?」

「 うん 」

「 カササギ 先陣だ 」

「 はいはい 行きゃいいんでしょ 」

 シャァァァッ!

 咆哮を上げカササギがちょこんと座った白猫に真正面から特攻を仕掛ける、サブとクロチィーも左右からこれに続く。正面に居たはずの猫がカササギの顔を横から覗き込み黒ずんだ牙を剥く。

「 うわっ!」

 咄嗟にバサリと道中合羽を翻し白猫の顔を包み込む、同時にサブとクロチィーが交差する。

「 ちっ 手応えがねぇか 」

 むにゃゃぁぉん!

 突然白猫が悲鳴とともに地面をのたうつ。

「 どした?」

プギャぁぁぁぁっ!

 クロチィーの口には黒く血に汚れた竹串が咥えられていた。

「 そうか 刺された串が弱点か クロチィーでかしたぞ カササギ 引っこ抜くぞ 」

「 あいな 攻め手さえわかりゃ 」


 竹林の中の荒れ寺の前で1匹の猫の断末魔が何度となく繰り返される。


 そこには動かない身体を懸命に動かそうともがく1匹の痩せさらばえ黒い血にまみれた白猫の姿があった。

 みゃぅみゃぅみゃぅみゃぅみゃぅ

「 ごめんよ 痛い思いさせちまって 今 終わらせてやるからな 無念だろうが成仏しておくれよ 」

 首筋を貫通した最後の竹串をサブが咥えて引き抜いた。

 チリン。


白猫の身体から引き抜かれた大小の竹串は43本にも及んだ。

「 後味悪りぃな ちくしょう 兄ぃ 犯人探し出して同じ目に合わしてやりやしょうぜ 首輪があるんだ 探すのはわけねぇっしょ 」

「 いや 昨日の集会じゃこの辺にそんな物騒な話がある雰囲気じゃねぇかった こいつは結構な距離ここまで逃げて来たんじゃねぇのかなぁ この手のことやる人間は必ず繰り返してるはずだ それに犯人が飼い主とも限らねぇしな 後生大事に鈴付けてたのも気にかかる このまま埋葬してやろう 一応首輪の特徴は覚えとけ 今は関われる時間がねぇがこの落とし前は必ずつける 」

「 わかりやんした 」

 それから竹林を出てかなりの距離を経た田んぼ脇のお地蔵様の近くまで白猫の亡骸を運び3人で埋葬した。

「 ねぇサブさん あの猫さんの名前 聞けなかった 」

「 どうしたクロチィー 」

「 だって 名前がわからなかったらなんて呼べばいいのか…… だって あの猫さんの名前は可哀想な猫なんて名前じゃないでしょ 」

「 あゝ 当たりめぇだ あの娘は可哀想な猫なんて名じゃねぇよ 」

「 首輪に書いてあった人間の文字は写してやすから 字の読める猫に見せりゃきっと名前もわかるでやんすよ クロチィー 」

「 うん ありがとうカササギ 」

「 んじゃ こっから東京まで突っ切るぞ クロチィー 六ヶ村には寄ってくか?」

「 うんう アナキーを探す 」

「 よし んじゃ行くぜ 」

「 へい 」

「 おうぅ!」



( 第ニ部 完 )

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