第29話 犬

 アキとナナフシは餌を食べても具合の悪くならなかった何匹かの猫のところを回る、チッタ同様全員 人によりワクチン接種の経験がある猫達だった。

「 確定だな 」

「 みたいだね 」

 2人で顔を見合わせる。

「 んでアキ どう思う 病気ならまた俺らも悪くなったりするのか 」

「 わかんない 専門家に聞いてみないとね 」

「 専門家?医者猫か 」

「 うん でも医者猫より学者猫のが詳しいかもね 」

 医者猫とは怪我をした時や病気になった時の処置方法の知識を代々受け継ぐ猫である、薬草などに精通している。学者猫とは人間の文字を読み人間の書物から知識を得た猫である。

「 学者猫か ここいらじゃ聞かねぇなぁ 当てはあるのか 」

 アキの脳裏に真っ先に浮かんだのはアナクフィスィだった。アナキーは博士とも呼ばれている、人間とも会話していた、なにより この事件の張本人である、彼ならすべてを知っている。そのアナキーと同等の知識を持つ猫となると流石に思い浮かばない。

「 そうか でもその線からならアナキーを辿れる可能性があるのか 」

「 どうした 」

「 いや 独り言 流石に学者猫なんて知らないよ でも ここの頭のゲジガジは裏の世界にも顔広いんだろ なんかないかなぁ 」

「 おいおい ウチの頭頼ろうってのか まぁウチもまったく無関係じゃねぇからなぁ 聞いてやってもいいが タダじゃねぇぞ 」

「 えぇぇっ ケチくさいなぁ そんで何?」

「 野犬駆除を手伝え 」

「 ……絶対ヤダ 」


「 うわっ あの時のドーベルマンだ ここで野犬化してたんだ 」

 多摩リバーサイドニューシティの商業地区から少し離れた西東京六ヶ村との境に位置する河川敷にアキは来ていた。そこには、かつてクロチィーを助けにスィスィアの飼い主の家に潜入した時に見た2匹のドーベルマンが居た、1匹は顔中傷だらけで片目を失い もう1匹は鼻先が腐って骨が見えかけている。

「 なんだアキ こいつら知ってんのか 」

 2匹のドーベルマンは低い姿勢でこちらを睨みつけ よだれを垂らしながら唸っている。

 Garwwwwwwww!

「 うん ちょっとね それよりナナフシ そちらのお犬様は?」

「 クオン先生だ 野良でトラブルバスターやってる この多摩地域界隈じゃ超有名だぞ 知らねぇのかよ 」

「 野良犬のトラブルバスターなんか知らないよ 僕 猫なもんで 」

 それは1匹の精悍な顔付きの黒柴犬であった、身体にはいくつかの目立つ大きな傷がある。

「 猫が犬の手借りてちゃ世話ねぇなぁ ナナフシ 」

「 いやいやクオン先生 こりゃあっしら猫の範疇じゃないですって 先生の身内でしょうに どうにかしてくだせぇよ 」

 2人のやり取りに堪らずアキが口を挟む。

「 いやいやナナフシ んなもの人間に任せればいいじゃん 野良犬でも野良猫でも猫もどきでも範疇じゃないよ やめようよ ねぇ クオン先生とやら 」

「 んだんだ こいつら気味悪りぃし やめるべさ 」

 乗り気じゃないアキに黒柴のクオンも同調する。

「 そうしてぇのはやまやまだがこいつら人間の目避けて猫襲いやがるんでさぁ 人間が気付くの待ってたら俺らの被害が拡大しちまう 」

「 そうか もともと猫襲うように訓練されてるのか 」

 あの時の光景がアキの脳裏をよぎる。

「 そうなのかアキ 」

「 たぶんね それで飼い主に捨てられて猫襲ってんだと思うよ 言葉は通じないの?」

「 無理だろうな この手の人間に特殊な調教をされた犬は言葉を忘れる 人間の命令だけに従う為にな 命令する人間が居なくなって混乱して暴走してるんだろう 」

 ナナフシの代わりにクオンが答えた。

「 仕方ない ああなっちゃぁもうまともには生きていけまい 同じ犬族として俺が始末するとしよう ナナフシ報酬はドックフード20缶だぞ 」

「 わかってやすよ で どうすんです 」

「 2匹相手じゃ流石に分が悪い おまえらで引き離してくれれば後は俺がやる 」

「 わかった いくぞアキ 」

「 ええぇぇっ マジで 」

 ナナフシとアキが草むらの中を跳躍して二手に別れる、2人の動きにドーベルマン達は瞬時に反応してこちらも二手に別れ猛追する。

 瞬間、ナナフシを追った片目のドーベルマンに土煙を上げクオンが突進して喉笛に食らいついた、首をブンと力強く振るとクオンよりも一回り大きなドーベルマンの体が宙に浮き上がり "ゴキッ" と嫌な音を立て糸の切れた人形のように投げ出された。

 一方アキは追ってきた鼻先が壊死したドーベルマンと向き合いガチガチと音を立てる顎による攻撃を紙一重に躱しながら一瞬の隙を突きドーベルマンの股ぐらに潜り込む、そのまま背後に抜けターンしてドーベルマンの背中に飛び付き爪を喰い込ませた。

 Garwwwwww!

 背中に張り付かれたドーベルマンは狂ったようにクルクルと円を描く、振り落とされまいとアキは必死にしがみつき背骨の辺りに牙を深く突き立てた。

 Can!

 ドーベルマンは更に壊れたおもちゃの様に激しく回転する、これには堪らずアキも爪が外れ宙に大きく振り飛ばされた。

 草むらに落下したアキにドーベルマンは容赦無く突進する、アキが噛みついていたドーベルマンの背中の皮は剥がれ垂れ下がっていた。

 ドン!

 突然のクオンの横からのタックルにドーベルマンは弾け飛ぶ。

「 すまねぇな 今 楽にしてやるよ 」

 横倒しになったドーベルマンを瞬時に馬乗りに押さえつけ クオンの顎がドーベルマンの脊椎を噛み砕いた。


 2匹のドーベルマンの死骸を後から応援に来た他の猫らが埋葬する。

「 あのさぁ 2人で僕が死にそうになってるの見てたよねぇ 」

「 アキ おめぇなかなかやるじゃねぇか ちっとは見直したぞ 」

「 いやいやナナフシ 会ってからまだ日も浅いよね 僕のなにを見直されたのか意味わかんないよ 」

「 うんうん 俺の加勢がなくても殺れただろうな だが同族としては犬が猫に負けるのを見ているのはやはり気分がいいものではないな 犬のケジメは犬でつける それだけだ 」

「 先生のは答えにすらなってないし こいつらもうヤダ 」

「 そう拗ねるなアキ ドックフード3缶分けてやるから 」

クオンの言葉にアキはプイと横を向く。

「 犬の餌なんか食べないよ 」


「 ムチャク アキからの連絡がミケちゃんらにあったらしいよ 」

 西東京のムチャクの縄張り兼地域猫の集会所でもある公園でルチルが距離を取り話しかける。ルチルの言う "ミケちゃん" とは長老会に所属する長老猫達の世話係的な狛猫のような者らである。

「 ルチル 来るなって言ったろう 」

「 うるさいねぇ あたいの勝手だろう 」

「 ……それでアキの野郎は?」

「 隣町らしいよ 噂じゃドーベルマン殺しとか呼ばれて女のコたちから騒がれてるらしいけどね あの女ったらし野郎 」

「 ドーベルマン殺し?何だそりゃ 」

「 それで隣町も全滅らしいよ 何でも旅猫を名乗るメス猫から餌が配られたって ウチの騒動の時は全員具合悪くて寝込んでたんだそうな ゲジガジ親分が加勢が出来なかった非礼を侘びるってさ 」

「 どうりで ヤクザもんの隣町が大人しすぎると思ったがそういうことか 旅猫のメス猫ってアナキーの仲間なのか 」

「 だろうね ただ 人間から注射されたことのある猫はそんなに具合が悪くならなかったらしいんだって 」

「 注射って?」

「 飼い猫がされる予防接種とかワクチンとか呼ばれるものらしいよ これをしとくと伝染病にならないんだってさ 」

「 そうなのか ならウチも元飼い猫や捨て猫はしてる可能性があるな 」

「 今 ミケちゃんらが手分けして当たってくれてる ただ アキの話じゃ伝染らないのか症状が軽いだけなのかはまだよくわからないんだってさ 」

「 そうか それでも情報としちゃありがてぇな で アキは? 」

「 ナナフシさんと学者猫探してるんだってさ もう意味わかんないよ 」

「 ナナフシさんと?そうか 今はあっちでゲジガジ親分の子分やってんだったよな あの人よくわかんねぇんだがアキの野郎でぇじょぶなのかよ 」

「 ナナフシさんってウチにいた時 本当は侵略に来た宇宙猫じゃないのかって噂あったよねえ 見た目絶対猫じゃないし 」

「 わけのわかんねぇ理由で俺に若頭押し付けて出て行っちまうしよ 」

「 ナナフシさんの得意だったメンコ勝負で仔猫たちと一緒に負かしたら出て行ったんだっけ 」

「 そうそう もう意味わかんねぇよ あの人だけは 」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る