第28話 二次感染

 西東京では例のはぐれ猫騒動から既に2か月近くが経過していた。

「 どうなんだいムチャク 」

 西東京中央公園の芝草の上でルチルがムチャクに問い掛ける。

「 わかんねぇ 例の人間の女に餌もらってた猫は30匹前後っつうとこだ 症状はオトトと同様気分が悪くなって吐いちまうらしいんだがな それも2週間くらいで大体治まるみたいだ 」

「 そりゃ餌もらわなくなったからじゃないのかい?」

「 そうなんだがな ただその後も熱っぽくて気だるい感じは続いてるそうなんだ 別に動けねぇってほどじゃないらしいんだがな 」

「 病気になっちまったってことかい?」

「 あゝ もともとが毒餌とは違うように思えんだよ そんでもって最近こいつらに直接接触した猫が結構な確率で吐きだした 」

「 じゃぁ人間の女は伝染病振り撒いてたってことなのかい?」

「 その可能性が高い 」

「 ところでムチャク なんでそんなに離れたとこから喋るんだい 」

 ムチャクはルチルの居る芝生から少し距離のある公園の何だかよくわからないセメントのオブジェの高く不安定な所に明らかに無理して乗っかっていた。

「 俺もちょとばかし気分が悪りぃ 近づくなルチル 」

「 …… 」

「 大丈夫だ もし伝染ってたとしても今までそれで死んだ猫は確認されてねぇからな とにかく他の猫との接触は極力避けろ 吐しゃ物や排泄物には絶対近づくな この2点を長老会に報告頼む 」

「 あいよ まかせといて ……本当に大丈夫かい?」

「 あゝ 大丈夫だよ なんか色々とすまねぇなルチル 公園はしばらく閉鎖するが 逆に具合の悪い猫は公園に来るように伝達しといてくれ 」

「 わかったよ アキのバカは何してんだかこんな時にもう 」

「 消えたはぐれ猫どもを追ってんだろ ヤツは目端が利くがいっつも単独行動なところがよくねぇ 」

「 ずっと1人でやって来たからねえ 誰かに頼ったり頼られたりするのが怖いのさ カッコばかしつけてバカみたい 」

 ルチルは寂しそうな顔をする。ムチャクはそんなルチルの顔に気づかないフリをする。

「 本っ当 バっカみたい 」


「 っう テメェ隣の六ヶ村に居付いてる流れ者だな こんなことして……うがぁ!」

「 手荒な真似は好きじゃないけど別に出来ないわけじゃないんだ 」

 西東京は閑静な住宅街といった趣きがある町だが その隣りのこの町は商店街や繁華街などを有した賑やかで雑多な商業地区といった感じの町である。メインの商店街の裏の筋にある旧い雑居ビルの現在は使用されていない最上階のコンクリートがむき出しの1室でアキが1匹の猫を張り倒す、部屋の奥には20匹ほどの猫達が鎮座する。

「 おい 若けぇの何のつもりだ 六ヶ村会とは境の協定は結んであるはずだが 」

 茶白のでっぷりとした貫禄のある猫がアキを睨みつけながら静かな口調で声を出した。

「 僕は勝手に縄張りにしただけで別に六ヶ村会の猫じゃないんでね 協定なんか関係ないんだけど 」

「 腑抜け揃いの六ヶ村じゃ通用してもウチじゃそんな理由は通じねぇんだよ 」

 茶白猫の隣のこちらは痩せ過ぎてあまり猫には見えない白地に黒斑の猫が声を荒げる。

「 はぐれ猫騒動を終わらせたのは その腑抜け揃いの六ヶ村じゃなかったっけ ここの猫どもがコソコソ隠れてたのは僕の勘違いなんだっけ 」

「 な な な なっ 何だと てめぇ!」

「 やめねぇかナナフシ おい若けぇの 俺らは別に隠れてたんじゃねぇんだ どっちにしろ面目ねぇ話なんだが動けねかったんだ じゃなきゃ六ヶ村に加勢したさ 」

「 それそれ 僕はその話を聞きに来ただけなのにおたくらの三下どもが突っかかって来るからさぁ 」

かしら こいつやっぱ絞めやしょうぜ 」

 先程の黒斑がイキリ立つ。

「 まぁ待て おめぇアキってんだろ 他所で派手にやらかして川流しになったそうじゃねぇか 聞いてるぜ だがな 度胸と無謀を履き違えるな ……ってもムダみてぇだな で 何が聞きたい 」

「 どうしてこの地区を統括するあんたらがはぐれ猫どもに好き勝手やられたか 」

「 切っ掛けは4か月くれぇ前だ ムツメっつういい女が流れて来た なんでも旅猫とか言うヤツらしい そんで人手……じゃねぇや猫の手が欲しいからはぐれ猫どもを集めてるっつう話で ウチとしても厄介モンのはぐれ猫なんざ居なくなったがいいからな 好きにしなって許可したんだ そしたら本当にはぐれ猫どもが消えちまって 」

「 消えたのははぐれ猫だけなのかい 」

「 いや ウチの地域のヤツらも姿が見えねぇのが若干いてなぁ そんで次に来た時 てめぇ一体何やってんだって問い詰めたのよ そしたら勝手に着いて来たヤツらがいるけど仕事が終わったら必ず帰すからって言ってよ まあ若いオス猫どもがあの女追っかけ回してたの知ってたし しょうがねぇかって感じでよぅ で お礼に人間からかっぱらって来た餌が沢山あるからって貰ったんだ 」

「 その餌を食べたら具合が悪くなった 」

「 あゝ 最初はみんな全然何とも無かったんだがな 1週間くらいして吐き出した 六ヶ村騒動の時はウチの猫どもの大半は寝込んでたんだよ 」

「 それで 今は?」

「 まだ本調子じゃねぇが日常生活には支障はねぇ感じだぜ 偶に叫びながら走り出したくなるくらい調子の良い時もあるぜ 」

「 おいおい それって逆にヤバいやつなんじゃないの それで どれ位の猫がヤラれたわけ?」

「 ウチは恵みはみんなで分け合うがもっとうだかんな 地域猫ほぼ全滅だ 」

「 さいでやんすか でも ほぼってことは餌食べても具合悪くなんなかった猫も何人かいるってことだよねえ 」

「 あゝ いるにはいるが少ねぇぜ 」

「 合わせちゃくれまいか?」

「 ……人にもの頼みに来た態度にゃ見えねぇが まぁいいだろう ナナフシ 案内してやんな 」

「 うげぇっ マジっすか チッ しゃあねぇなぁ ついて来い 」

 例のナナフシと呼ばれた痩せ過ぎの黒斑猫がアキを案内することになったようだ。

「 おい ムチャクの野郎は相変わらずか?」

 道行きナナフシがアキに話し掛けてくる。

「 聞いたことある名だと思ったらナナフシって言やぁ確か六ヶ村のムチャクの前の元若頭だよね こっちに来てたんだ 」

「 あゝ ムチャクに負けてな みっともねぇから長老会の口利きで移ったんだ 」

「 ところで骨格どうなってんの 本当は猫じゃないんじゃないの?」

「 はぁぁっ 猫じゃなきゃ俺は何なんだよ 」

「 猫もどきとか猫だましとか UMA系の生き物 自分でも気付いてないだけかもよ 」

「 ンなわけあるか れっきとした猫に決まってんだろ!そうだよな?」

「 なんか関節が2~3個多い気がするんだよね まぁいいや ムチャクが相変わらずかどうか僕は知らないよ 別に仲良しじゃないし僕は新参だからね ただ周りの話じゃ以前の暴れん坊のイメージとは変わって来てるらしいよ 逆に若いヤツらからはつまんなくなったなんて声もあるみたいだけどね はぐれ猫騒動の時は見事に六ヶ村をまとめてたみたいだし評価は上がったんじゃないのかな 」

「 そうか 」

「 気になるの?」

「 そりゃ俺だって元六ヶ村の猫だ あいつがちゃんと出来てるかは気になんよ 」

「 ムチャクはそもそも若頭なんてやりたくなかったって聞いたけど 」

「 そりゃ俺が出て行ったから必然的に俺を追い出したヤツがやらなくちゃならなくなったのさ それが群れのルールってもんだ ヤツはそのへんの自覚を持って無かった 」

「 それで先輩として自分が出て行くことで身を以て教えた 」

「 はぁぁっ そんなんじゃねぇし 言っだたろう みっともねぇからだって 」

「 素直じゃないなぁ 」

「 うっせぇ バカ ここの頭はああ見えて義理堅い猫だ 六ヶ村騒動の時は具合悪りぃのに出陣するってどっからか甲冑引っ張り出してきて具合悪い俺らで止めるの大変だったんだからな その辺のとこムチャクや長老会には伝えといてくれ 」

「 へいへい わかったよ 」

 そうこうしているうちに目的地に到着したようだ。駐車場脇の段差に出来た狭いスペースに入って行く。

「 邪魔するぜ 」

「 うわぁぁぁぁぁん!」

 仔猫達がナナフシを見るなり恐怖にひきつり泣き叫ぶ。

「 おいおい どうした おまえらも具合悪くなったのか 」

「 いやいや ナナフシの旦那の猫離れした風体にビビってんだよ 」

「 な な な なっ 何だと てめぇ!」

「 うわぁぁぁぁぁん!」

「 …… 」

「 これはこれは ナナフシさん こらッ 失礼だろう おまえたち ナナフシさんはこれでも一応猫なんだよ ……たぶん? 」

「 …… 」

 母猫が泣いている子供達を慌ててあやす。

「 ところでどうしたんです 」

「 いやね チッタ こっちの兄ちゃんが話聞きたいって言うからさ 」

 どうやら母猫の名はチッタというらしい。

「 あっ ども 」

「 あら どうしよう その欠けた耳に危険なオーラ もしかして隣町にいる流れ者のアキさんじゃないですか 」

「 何だ 知ってんのか 」

「 そりゃ若いメス猫たちの噂になってますもの 」

「 だとよ 色男 」

 アキが少し居心地の悪い顔をする。

「 えっと 餌食べたのに具合悪くなんなかったんだって?」

「 あっ はい 親分さんから子供いるから大変だろって 他の猫より多く頂いて 普通に全部食べちゃいましたよ 」

「 何か他の具合悪くなった猫と違うことしてたとか?例えば体鍛えてたとか 」

「 いえいえ どちらかと言えば子供産んだばかりで弱ってましたよ って言うか普通に注射してたからじゃないんですか?」

「 注射って?」

「 予防接種 」

「 予防接種?」

「 そうか チッタは以前人に飼われてたんだっけ 」

 ナナフシが大きな声を出す。

「 うわぁぁぁぁぁん!」

「 声 でかいよ 」

「 お おう すまん 」

「 それじゃぁ その予防接種が効いていたってことなのか ナナフシ 他の猫は?」

「 そういやぁ 具合悪くなんなかったのは捨て猫系のヤツらが多い気がするなあ 」

「 でもアキさん 私もほんの少しだけムカムカした記憶があるようなないような 」

「 病気にならなかったんじゃなくって症状が軽く抑えられたってことかなぁ 」

「 おい あれ 毒じゃなくって病気だったのか?」

「 みたいなんだ ここはみんな一斉に具合悪くなったからあれだけど六ヶ村は人間から餌もらった一部の猫だけだからね ところが最近餌食べてない猫の具合が悪くなりだしたんだ 」

「 それって伝染ったってことか 」

「 うん 二次感染が始まった 」

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