第25話 決死の鳴門越え
「 うわぁぁぁぁッ!」
「 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」
センスケの操舵するタライ舟は淡島神社を出航し淡路島の縁を抜け荒波渦巻く鳴門海峡へと突入していた。
大きく揺れながら回転するタライの中でクロチィーは振り落とされまいと必死に隣の蝋燭を手にした冷静な顔の市松人形にしがみつく。前方には轟音を立て渦巻く鳴門の大渦が迫りくる。
「 センスケ爺さん 行けそうか?」
サブが一人落ち着いて最後部で杓文字で舵を取るセンスケに声を掛ける。が、タライの縁を掴むサブの手の爪はがっちりとブリキに喰い込んでいた。
「 あたりきよ 鳴門の潮目は全部頭に入ってらぁ 今日は満月 このルートで間違いねえはずだよな?なぁ? 」
「 なんで疑問文なんだよ 違う違う違う 今夜は新月だっつうの 月なんて何処にも出てないでやんすよ このもうろくジジイ って前前前前前前前!」
「 うわぁぁぁぁッ!」
ふと気づくと先ほどまでクロチィーの隣に大人しく乗船していたはずの小芥子の姿が何処にも見当たらない。
「 小芥子ちゃんが カササギ 小芥子ちゃんがいなくなっちゃったよ どうしようカササギ 」
「 く クロチィー この荒波じゃぁもうどうにもなんねぇ 何事にも犠牲は付き物だ きっと小芥子は俺らの身代わりに……って言ってる場合かよ これ完全に大渦に巻き込まれてんじゃんかよ 」
「 ごちゃごちゃ言ってねぇで身構えろ野郎ども 次の大うねりが来んぞ 」
「 うわぁぁぁぁッ!市松ちゃんの首がぁぁぁぁっ!」
「 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」
「 死んだ 10回は死んだ 」
夜明け間近の浜辺でカササギとクロチィーとサブはぐったりと乾いた砂の上に横たわる。
「 じゃぁな 俺りゃ帰るかんな 」
そう言い残しセンスケは人形達の乗り込んだタライ舟で今来た渦巻く海流へと漕ぎ出して行った。
「 あのじじい なんであんな普通に帰っていけるんだよ 」
「 俺らも日が昇る前には動き出すぞ カササギ ここはどこだ?」
「 位置的に
「 内陸を突っ切るルートが最短だな クロチィー 足は大丈夫か?」
「 うん 全然平気 」
「 とりあえずコンビニ探して車をチャーターしねぇとな 」
それから3匹はけもの道を経て大きな国道沿いに進み一軒のコンビニを見つける。
「 兄ぃ こりゃ幸先いいや 愛媛ナンバーのトラックっすよ 」
サブとカササギは人間の字こそ読めないが車のナンバープレートだけは旅猫として必然的に判別出来るようだ。
「 よっしゃ 夜までに弓月に入れるかもしんねぇな 乗り込むぞ 」
コンビニの駐車場には1台の中型トラックが停車してあった、平ボディと呼ばれる荷台がフラットで屋根が無く一番隠れやすいタイプのトラックだ。クロチィーらは運転手が居ない間に急ぎ乗り込む。
夢を見た。
「 随分遠くまで来たんだね 」
そこはキラキラ輝く青い海を見下ろす花咲く丘の上だった。
「 やっぱりクロチィーは凄いや 僕には出来ないことが出来てしまう 」
「 シシア 見て あれが海っていうの 全部お水なんだよ でも舐めたら苦くて辛いの 」
「 だけど夜の海はとっても怖いんだよ 」
クロチィーの隣の海藻が絡まった小芥子が言う。
「 そうそう 黒くて荒くて 冷たいのよ 嫌になっちゃう 」
首だけになった髪から海水の滴る市松人形が言う。
「 あっ 小芥子ちゃんに市松ちゃん ここにいたんだ シシア 小芥子ちゃんと市松ちゃんだよ 一緒にお舟に乗ったの 」
「 知ってるよ 僕はいつだってクロチィーの見てるものを見てるから 僕が見たかった物僕が知りたかった事をクロチィーは僕に見せて僕に教えてくれる 」
「 ……シシア 」
「 どうしたの クロチィー 」
「 ……シシアと……一緒がよかった…… 」
「 ……クロチィー 僕はクロチィーの中のなんにも無いぽっかりと空いた穴になれた それは無くなってしまった僕にとってはとても幸せなことなんだよ 」
「 そうそう 」と市松人形と小芥子も声を揃える。
「 だから泣かないで クロチィー 」
「 おいクロチィー 起きろ 」
「 うぅぅぅん 市松ちゃんがね 」
「 寝ぼけてる暇ねぇぞ シャキッとしろ 」
ごとごとと揺れるトラックの荷台でクロチィーはサブに揺り起こされる。辺りはすっかり薄暗くなっていた。
「 もう着いたの?」
「 もうすぐ弓月の結界に入る トラックが止まる気配がねぇから飛び降りるぞ 」
「 えぇぇぇっ 飛び降りるの?」
「 大丈夫だ 道路脇の植木の中に飛び込めば怪我はしねぇから いくぞ 」
考える間もなくサブに急かされ後ろから押し出された。
「 うわぁっ 」
着地の体制も取れずに連なった低い植木の茂みの中へと落下する。
「 大丈夫か?クロチィー 」
「 うん たぶん 」
茂みの中から這い出し葉っぱにまみれた体を確認するがどうやら何とも無いようだ。
「 サブさん カササギは?」
「 先に降りて偵察に行ってる ここからはけもの道も使えねぇ 悪路になるから注意して歩けよ 」
「 わかった 」
それからサブと2人で道路脇の鬱蒼とした林へと踏み入って行く。サブの言うように道なき道はとても歩きにくい、妙に足が沈み込む場所もあれば植物の根や蔓に足を取られる場所もあり思うように足が前に進まないのである。
「 兄ぃ 」
ガサガサと音を立てカササギが木の上からするりと滑り降りる。
「 どんな具合だ?」
「 まぁいつも通りっつう感じっすね 当然結界の綻びなんかありゃしません 」
「 だよな 結界を抜けると即座に感知されちまうか しゃあない
「 うへぇ あっしあいつら気味悪くて苦手なんすよねぇ 」
しばらく進むと小さな水の流れに行き当たる、幅は50ⅽⅿほどの浅くきれいな湧き水の流れである。
「 クロチィー 水の流れから決してはみ出すなよ 」
言われた通りにクロチィーは冷たい湧き水の流れに沿ってサブとカササギの後に続く。
いつしか景色は深く暗い森の中へと変わっていった。なおも進むと流れの両脇の突き出した棘の様な枝先に何かが見える、それは無数に串刺しにされた黒い鳥たちの屍だった。
「 なんじゃなんじゃ 何用じゃ 」
不気味な声と共に白い猫がふわふわと闇の中に浮かび上がる。
「 クロチィー カササギ 決して目ぇ合わせるんじゃないぞ 術に掛けられるからな 」
「 ここは我らの縄張りじゃぞ 何しに来おった 」
「 どこぞで見た顔じゃな 」
続いてもう2匹の白い猫も現れる。
「 こやつ確かメシュードじゃ 」
「 そうじゃそうじゃ召人じゃ 」
「
「 よかろう よかろう 」
3匹の白い猫は闇の中に浮かび上がり ぬらぬらと動く、そしてまた掻き消える。
「 おい 式猫ども 悪りぃがここを通してくれ 」
「 ここは我らの縄張りぞ 通る事 あいまかりならぬ 」
「 ならぬならぬ 串刺しじゃ 」
「 そうじゃそうじゃ ずぶりと串刺しじゃ 」
「 おやおや 見知らぬ顔が混じっておるぞ 」
そう言って1匹の白い猫が尺取り虫のように伸びては縮み クロチィーに近寄る、そして二つ三つと三つの白い猫の顔がクロチィーを取り囲む、白い猫達の滲むような真っ赤な目が至近距離でクロチィーを舐め回す。クロチィーはサブに言われた通りに白い猫達と目を合わせないようにするのだが意識すればするほどにその目に引き込まれて行きそうになる。
「 うふふふふふっ 」
「 おもしろい 」
「 うふっ 」
「 本当じゃ 」
「 なんたる空虚な穴じゃ 」
「 無垢なる虚無の穴じゃ 」
「 純粋にして濁ることなき
「 その穴よこせ 」
「 よこせ よこせ 」
「 はようによこせ 」
「 その穴よこせ 」
「 嫌だ 」
シャァッ!とクロチィーは身構える。
「 ふっふっ よかろう小僧 通してしんぜよう 」
「 通りゃんせ 通りゃんせ 」
「 じゃがタダでとはいかん 」
「 その代償は払ろうてもらう 」
「 見せるのじゃ 我等にその結末を 」
ふっとその場から3匹の白い猫達の姿が掻き消える。
「 クロチィー 大丈夫か?」
「 えっ 」
サブの声に我に帰ると辺りは静まり返り白猫達の痕跡は夢のように消え失せる。
「 あいつら どこ行きやがった 」
「 兄ぃ どうなってんです あっし 三日三晩奴らに耳元で役立たずだの無能だのと責められ続けてたんすけど 」
「 ヤツらは人の心につけ入る まんまと術に掛けられてたんだよ 俺ら3人ともな でも何故消えた 無理難題押し付けて来ると思ったが 通っていいってことなのか 」
「 何でもいいんで ヤツらのいねぇ間に早くこの場を離れましょうぜ 」
「 そうだな 」
そうして3匹は薄気味悪い森を抜け弓月の城へと辿り着いたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます