第24話 海

「 ねぇ カササギ あれ なぁに?」

 クロチィーはキラキラ反射する光を見開いたまなこで見つめながらカササギに興奮気味に聞く。

「 なんだクロチィー 初めてか 海だよ海 どこまでも続く果てなき大海原さぁ 」

「 おいクロチィー そんなに釘付けになってんと堤防から落っこちちまうぞ 泳げんのか?おめぇ 」

 サブに注意されながらもクロチィーは朝日に煌めく広大な海原から一時も目を離す事が出来ない。

「 全部お水なの?」

「 あゝ 全部水だ 塩っぺえがな 」

 サブが笑いながら答えてくれた。

「 どうしてあんなにいっぱい青いの?」

「 カササギ 教えてやれ 」

「 うわっ ずりぃ えっとぉ どっかの誰かが青いションベンいっぱいしたんだよ ……多分 って まじでアキさんに弟子入りしたいっすよ 俺このままじゃ一生恋人できねぇかもしんねぇじゃん 」

「 何 一人でネガってんだ カササギ このまましばらく海沿いを進むから そのうち砂浜に出んだろ そしたらもっと近くで見れるぞクロチィー 」

「 本当?」

「 あゝ 」


「 うわぁぁぁぁ!」

 クロチィーは白い砂浜を波打ち際まで駆けていく。

「 はぁっ なんだかんだでまだまだ子どもっすね って俺も うみゃゃゃお!」

「 ったく やれやれだな 」

 サブら一行はイイズナやイタチらに別れを告げ早々に御前崎を後にした。もう3日前の出来事である。それからけもの道や国道沿いのコンビニに停車中の軽トラックなどのナンバープレートを確認し荷台に忍び込んだりしながらペースを上げて進んで来た。

 サブは考える、サブの属する弓月の会はここ数年 黒白猫のアナクフィスィの動向を危険視して追っていた、弓月は強行部隊のガシュード 実働部隊のメシュード カササギのような草と呼ばれる伝達兼諜報隠密員などの人員を各地で動かしている、御前崎のこの大規模な変異に気付いていないというのは何か引っ掛かる。もし、知っていたのなら何故放置していたのか、アナクフィスィには興味があるが奴のやろうとしてる事には興味は無いのだろうか。西東京の一件も腑に落ちない事はある、ガシュードやメシュードは三人一組で行動するのが基本だ。だがあの段階で弓月はサブの弟達が殺されてたのは知らないはずである、殺られたガシュード達はアキの話からサブも見知った顔であるはずだ、本来なら最低でも交代の際に情報の確認くらいは行いそうなものである、なのに彼らはサブにはノーコンタクトで単独突入しているのだ。メシュードで対処しきれないと判断したくせに あまりにもプロらしからぬ行動である。弓月は何を知っていて何を目的としているのか早急に確認しなくてはならない気がするのだ。

「 ところで兄ぃ 海はどうやって渡ります?」

 クロチィーとひとしきり波打ち際でじゃれ合って息を切らせ戻って来たカササギがサブに話しかける。

「 トラックか貨物列車か船だよな クロチィーがいる以上一番安全なルートだな 」

「 んじゃ 貨物に紛れ込んで列車で大橋渡るんがいいのかなぁ 」

「 いや 大橋を使うそのルートだと弓月の張った結界に引っ掛かるからなぁ 」

「 なんか不都合でも?」

「 弓月は何か隠してる 俺らが戻ることは直前まで出来るだけ知られたくない 」

 そう言ってサブがカササギに鋭い視線を向ける。

「 いやいや そりゃあっしはもともと弓月のスパイっすけど 本来なら西東京の状況を把握してメシュードを連れ帰るのが任務だったんすから サブの兄ぃと西東京に残った時点で職務違反なんすよ 信じて下せぃよ 」

「 わかってる 弟たちを死なせた俺を気遣ったんだろぅ そこがおまえの甘ぇとこだ スパイなんざにゃ向いてねぇ 他の生き方を考えろ 」

「 やめて下せぇよ 人間界じゃそう言うの死亡フラグっつうんですよ あっしはまだ死にやせんからね 」

「 死ぬんなら御前崎で死んでんよ あの時 俺もおまえも充分死亡フラグ立ってたぞ 」

「 やめてぇぇっ あのことは思い出したくもねぇんでやんすから で どうすんです 」

「 船頭で海を渡る 」

「 なんすかそりゃ 」

「 弓月には知られてないルートだ あんまし使いたかねぇんだけどな とりあえず目的地は紀州和歌山の淡島神社だ 」


 クロチィーらは海沿いのルートを歩きと車移動を用い翌日の深夜には一宇の朱色の神社に辿り着いていた。

「 ちょっ ちょっとたんま な 何なんすかこの神社 怖いんすけど 心霊スポットか何かでやんすか 」

「 黒猫の癖に何びびってんだカササギ 」

「 黒猫関係ないっしょ なぁクロチィー 」

「 なんかお人形がいっぱいあるね 」

 クロチィーの言うように深夜の明かりも殆ど無いひっそりとした境内には所狭しといたる所に様々な人形達がひしめき合っている。

「 人形供養で有名な神社なんだよ 雛流しなんてのもやってて ひな祭り発祥の地らしいぞ 」

「 いやいや 深夜にこんなたくさんの人形の視線に囲まれたらホラーじゃん 」

「 なに夜中にごちゃごちゃやってる 神社の境内だぞ 静かにしろ 」

「 ひぇぇぇっ で 出たぁ!」

 背後からの突然の声にカササギが毛を逆立てて飛び上がり驚く。それは白地に所々黒の1匹の年老いた猫だった。その猫は後ろ足の一つが膝の下から欠けておりひょこひょこと奇妙な歩き方で近付いて来る。

「 よぉ 久しぶりだなぁ センスケ爺さん まだ生きてたか 助かった 」

「 サブか 帰れ 」

「 おいおい いきなりつれねぇなぁ 」

「 貴様が来たなら話は一つだろ もう渡しはやっちょらん 」

「 そこを何とか 」

「 そもそも貴様弓月だろうに 正規のルートを通ればいいだけだ それとも何かやましいことでもあるのか 」

「 まあそんなとこだ ……ムツメに会った 」

「 ……ムツメ様に?生きておられるのか?」

このセンスケという猫は以前 ムツメの父でありサブら兄弟を拾いメシュードに育て上げた今は亡き先代メシュード頭首アサギリと懇意にしていたのだ。

「 あゝ 生きてた ンで俺の弟らは死んだ 」

「 …… 」

「 何がなんだかもうわからねぇ 頼む センスケ爺さん 渡してくれ 」

「 言っとくがもう何年も舟は出してない 生きて渡れる保証は無いぞ 」

「 構わねぇ 」

「 ちっ じゃあついて来い 」

そう言って歩き出すセンスケにサブが続く、カササギとクロチィーは薄気味悪い神社の境内を身を寄せ合って おそるおそるついて行く。


「 兄ぃ ちょいたんま もしかして舟ってこのタライでやんすか?」

「 あゝ」

「 あゝ じゃなくってぇ もしかしてこのタライで鳴門の大渦渡るっつうんすか?」

「 タライ舟のセンスケって言やぁ昔は色んな意味で超有名だったんだぞ 」

「 そりゃ色んな意味で有名になるでしょうよ 」

 カササギはセンスケの準備した波打ち際にある80ⅽⅿほどのブリキ製のタライを見つめて呆れ顔だ。

「 おじいちゃん 足 どうしたの?」

クロチィーはずっと気になっていたセンスケの欠けた後ろ足について思い切って聞いてみる。

「 なんだ坊主 これか これは若い頃タライごとふかにガブリと囓られたんだ 」

「 鱶って?」

「 サメだ ジョーズだ 知らんのか? でっかい牙のある魚だ 猫なんて一呑みだぞ 」

 分かったのか分からないのかクロチィーはきょとんとしている。

「 そんなことより なんで神社にあった人形がたくさんタライに乗っかってんです 」

 カササギの言うように既にタライには神社の境内にあった不気味な人形達がみっしり前方の黒い海を見つめながら乗船していた、何体かの手には灯された蝋燭ろうそくが持たされている。

「 重しだ 軽すぎると直にひっくり返るからな 」

「 いやいや 重しなら石でいいじゃん 意味わかんねぇんですけど あっしら一体全体何処に船出しようとしてるんすか 」

「 つべこべ言わずにさっさと乗れ 出航するぞ 」

 サブが嫌がるカササギを無理矢理人形達の間に詰め込み自身も乗船する、クロチィーもサブに倣って人形の間に滑り込む、クロチィーの両隣は市松人形と大きな小芥子だった。

「 ンじゃ行くぞい 」

 掛け声と共にセンスケはタライの最後尾のへりに立ち 手にした大きな杓文字しゃもじで砂浜を力いっぱい押す。タライは引き波に乗りすぅっと夜の黒い海へと吸い込まれて行った。

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