メシュード
第22話 ケモノ
「 サブの兄ぃ これは一体全体どういうことっすか 」
サブとカササギは河川敷の公園からこの町の猫達の追跡を躱し ようやく人目の無い工業地域で一休みする。
「 ムツメは4年前 黒白猫の調査中に失踪した 同行の調査班5人の遺体の状況からムツメが犯人であると判じられお尋ね猫として手配される だがその後の足取りは一切不明 既に本人も死んでいるのではないのかと推測されてたんだがな まさかこんなとこで出食わすとは 」
「 さっきの口ぶりじゃ黒白のアナキーと繋がってやすぜ どうすんです 」
「 どうもこうもない 裏切り者のお尋ね猫は見つけ次第処理するのが掟だ 」
「 どういった猫なんすか 兄ぃとは……その関係とか 」
「 昔話だ 関係ねぇ アイツは暗殺者だ 当時まだ下っ端の俺じゃ手も足も出なかった 暗殺術のプロフェッショナルだ 迂闊に近づきゃ一瞬であの世行きになっちまう 」
「 どうしやす 一旦イタ公の縄張りに戻りやすか 」
「 いや このままムツメを始末する 時間を開けたら逃げられる可能性がある アナキーと繋がっている以上ここできっちり決着つけなきゃ後々厄介だ 」
「 ボスのミトラは?」
「 ありゃムツメにいいように使われてるだけの気がすんが話し合いでどうにか出来るタマじゃねぇな ヤツ自身アナキーの信者の可能性も高い 最悪始末することも念頭に入れとけ 」
「 ちっ 思わぬ大仕事になりやしたねぇ でも考えようによっちゃあ あっしらだけじゃぁこんな町に寄らなかった クロチィーがいたおかげでラッキーな獲物に出会えたっつうことっすね 」
「 ラッキーかアンラッキーかは結果しだいだがな 」
「 でもさすがに土地勘がなさすぎて右も左も分かりやせんぜ兄ぃ 」
「 そもそもここは何処なんだよ 」
「
「 ひぃぃっ 勘弁して下せえな 旦那方 俺らミトラ達に無理矢理こき使われてるだけなんすよぅ あいつら元は港の方を根城にしてた質の悪い奴らで3年くらい前から急に勢力を拡大してきて今は此処いら全域を仕切るまで成長して手が付けられないんすよ 」
3匹の野良猫が旅装束姿の2匹の猫に路地裏で追い詰められにじり寄られていた。
「 俺らは弓月のメシュードだ 命が惜しくば嘘はつくなよ 」
顔に大きな傷のある灰色猫が鋭利な爪を光らせる。
「 ひぃっ 弓月って昔話のあの亡霊の弓月っすか クワバラクワバラ 」
野良猫達が念仏を唱えるような仕草をする。
「 おまえらムツメを知っているか 」
「 へ へい ミトラがお熱のあのサバトラのいい女っしょ 」
「 ムツメはいつからここにいる 」
「 いつからって言われてもなぁ 」
「 あの姐さんは時々来られるだけだからなぁ 」
「 ずっといるわけじゃねぇのか 」
「 へい 偶に来てしばらく逗留してからまた居なくなるよな 」
「 あゝ 年に数回 一月ほど逗留して居なくなります 」
「 初めて現れたのはいつ頃のことだ 」
「 最初は神父様と一緒だったよな 」
「 あゝ 確か3年くらい前のはずです 」
「 神父ってのは黒白の猫か 」
「 へい あの神々しい御姿は忘れられませんぜ 」
「 俺らを開放に導くメシアス様だかんな 」
「 メシアスって何だ 」
「 メシアス ギリシャ語で救世主って意味だそうです すべての命を絶望という希望へと解放する 」
「 この世界が絶望で満たされた器となった時 希望という救済が訪れる 」
2匹の弓月の猫 サブとカササギは険しい顔を見合わせる。
「 それでムツメは何しに来てんだ 」
「 知りませんよ ミトラの野郎が全部牛耳っちまいやがって 俺らはこき使われるだけだかんな 」
「 どうこき使われてんだ 」
「 そりゃ イタチと戦ったり追い出したり 穴掘ったり 色々っすよ 本当はイタチどもも配下につけるつもりだったんだろうけど あいつら
「 イイズナか で 穴って何の穴だ 」
「 さぁ わかりません 俺ら掘るだけっすからねえ 」
「 そうそう 蚊帳の外なもんで 」
「 ちっ 肝心なことは何も知らねぇなぁ それで今 ミトラとムツメはどこにいる 」
「 さぁ 多分 富士の湯じゃないのかなぁ 」
「 ミトラの今の根城です 今は使われてない人間の銭湯ってとこですよ ミトラの野郎 あの化け物イタチ恐れて根城転々としてやすからね 」
「 あのぅ 俺らが喋ったってのは絶対内緒っすよ こんなことバレたら絞められちまう 」
「 わかってる その代わりにそこまで案内しろ もちろん他の猫にバレねぇようにだ 下手な動きしたらその場でその首へし折るから覚悟しときな 」
クロチィーはここ迄の経緯をイイズナに聞かれるがままに話していた。
「 ねぇ イイズナさん?」
「 猫にさん付けで呼ばれる覚えは無い イイズナでいい 本当の名でも無いしな 」
「 じゃぁ イイズナの本当の名前って?」
「 さあな 教える謂れが無いし知る必要もないだろう 私は名前を沢山持っている どれも勝手に付けられた名ばかりだがな ここでの名はイイズナだ それでいいだろう 」
「 うん わかった 」
「 それで何だクロチィー 」
「 イイズナは僕がどうしたらいいと思う?」
「 自分でその猫に合って友であった者を解放してもらうと決めたのであろう ならそうすればよい 」
「 そのあとは?」
「 そのあととは?自身がどう生きるか?ということか?」
「 うん 」
「 クロチィーはどう生きたい?」
「 わからない ムチャクや長老様たちは飼い主の所に帰るのが一番幸せだって 僕もそんな気がする だってシシアに会うまではそれが当たり前でそれ以外の世界なんて必要じゃなかったもん でも ルチルやアキはなんだか寂しそうな顔をする ムチャクだって本当は…… アキは空っぽの穴を増やしながら生きていくのが生きるって言うことだって言った 意味はよくわからないけど お家にいても何も増えないし何も減らない 」
「 増えないし減らないか 増えれば嬉しいし減れば悲しい またその逆も然り 増えれば鬱陶しいし減ればスッキリする 端っから増えもしなければ減りもしないのならば心が揺らぐ事も無い ある意味幸せなのだろう だがなクロチィー それで満足出来るのか それで渇きは満たされるのか 我等は欲望と言う名のケモノだ 底無き飢えと渇きに苛まれ猛り狂う欲望のケモノだ ケモノならケモノらしく吼えればいい ケモノらしく渇望の咆哮を上げればいいのだ 」
キィィィィィィィィッ!
シャァァァァァァァァァァァッ!
2匹のケモノは鼻先を突き合わせ牙を剥きただひたすら吼え続けた。
サブとカササギは地元の猫らに案内させてミトラの根城だという富士の湯のダクトに身を潜めていた。
「 兄ぃ アイツら帰してよかったんすか 」
「 ミトラにはかなり不満があるみたいだからでぇじょぶだろ 」
「 でも あの口ぶりじゃアナキーにどっぷりでっせ 」
「 おまえもヤツの足跡辿ったなら知ってるだろう ヤツのカリスマ性を おそらくこの地域の猫の大半はアナキー信者だろう ミトラはおそらくそこにつけ込んで好き勝手やってる ンでムツメはそれを承知でミトラを手玉に取っている 」
「 化かし合いって狐や狸じゃあるめぇし 猫のプライドってもんはないんでやすか で 」
「 カササギ おめぇ今まで何人殺った 」
「 3人っす 」
「 殺れるか?」
「 あっしも弓月の草っすよ バカにしなさんな と言いてぇとこだがあの感触はどうもいけやせん 今でも見開かれて俺っちを見る3人のあの目は忘れられやせん 」
「 それでいいんだよ 俺みたいになるな だが そうも言っちゃいられねぇ 4人目の覚悟はしとけよ 特にメス猫殺しは末代まで祟られるぞ 」
「 ひぇぇぇっ 」
サブとカササギは首に巻いた黒いマフラーのような物で顔の下半分を覆った。
Aποκάλυψις εʹ……μεσσίας ❴ メシアス ❵( ギリシャ語で救世主を意味する )
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