第20話 襲撃者
「 クロチィー 足の方はどうだ 」
サブが草むらに寝そべったクロチィーに声を掛ける。
「 うん だいぶ痛くなくなったよ 」
「 初めての長旅だ 先は長いんだからムリすんなよ 」
「 わかった 」
クロチィーの4本の足には何やら文字のようなものが書かれた白く細長い布がぐるぐると巻かれていた。
クロチィーにとっては初めての長距離移動の旅である、これまで家を出て外を歩くのには最初こそ痛かったがかなり馴れていたつもりだ、アキからも土の上や砂利の上 コンクリートにアスファルトと違う感触の場所を歩いたり走ったりする時の注意点は教わっていたのだが やはり歩き徹しともなるとわけが違う、すぐに肉球の皮が水膨れになり擦り切れ破れて血が出てしまった。カササギとサブにはそんな事はなから百も承知で予定通りといった顔で薬を塗り布を巻いてくれた。それからは休み休みに道を進む。「 出来るだけ草の上を踏むようにして歩きな クッションになって少しは肉球への負担が軽減されるからな だが肉体的負担は平坦な硬い場所のほうが少ないから皮が硬くなってきたらその辺は自分で工夫するんだ 身体で覚えるのが一番早えぇ 」サブの言葉をしっかりと頭に叩き込んでいく。既に旅立ちから5回目の月を見上げていた。
「 弓月ってどこにあるの?」
「
「 まだ遠いの 」
「 あゝ まだまだだぞ なんだ しんどいか?」
「 うんう 大丈夫 足もだいぶよくなってきたし 」
「 あと何日っていう目安が立ちゃいいんだがな クロチィーに合わせながらじゃそうもいかねぇ 」
「 ごめんなさい 」
「 いいってことよ のんびり行こうや クロチィーは筋がいいほうだぞ カササギなんか最初の旅で一月も寝込んじまって捨てて行きたかったぜ ったく 」
「 何か言いやしたか サブの兄ぃ 」
カササギが暗闇からヒラリと現れた、カササギはずっと一緒という訳ではなくいつの間にか居なくなりいつの間にか現れるを繰り返している。
「 どっかのトンチキのヘタレ道中のこと思い出してたんだよ で どんなだ 」
「 明日は町に入りやす まあ特に問題はないっしょ 」
西東京を旅立ってここまではけもの道というルートを使用して進んで来た。けもの道とは人間の進む道とは別の動物専用道みたいなもので大半は野原や林や山などにあり人の目に付くことはまず無い、その代わりに他の動物との遭遇には注意が必要で一歩間違えば命を落とす事も十分にあり得るそうだ。クロチィー達がここまで他の動物との遭遇がまだ無いのはカササギが先行したり辺りを偵察したりしながら注意を怠らないおかげだからだろう。
「 んじゃぁ夜のうちに
「 うん 大丈夫 」
それから一行は月明かりの山の中のけもの道を進み明け方近くには山の麓の人里付近にまで来ていた。
「 ここいらで一眠りしとくか 」
近くの水路で水をたらふく飲みカササギからもらった干し肉にかぶりついた。やはり道中に必要不可欠なものと言えば水と食料である、けもの道は水場をつなぐ道でもあるのでその点はそんなに不自由しない、食料はカササギがどこからともなく大型の鳥を捕まえて来たりするのだが毎回という訳にはいかずにそんな時はカササギの携帯している干し肉で飢えを凌ぐ「 疲れた時はこれを飲みな 」と言われサブからは変な匂いのする黒い玉をいくつかもらってある、弓月秘伝の滋養丸とのことだ、一度試したのだが苦くてあまりにも不味いのでそれ以来使ってはいない。
腹ごしらえを済ませた後手頃な木に登って心地いい枝を見つけ横になる、けもの道では木の上が一番安全らしく睡眠は必ず木の上でとるのだ。
夕刻までごろごろと休息を取り。
「 んじゃ そろそろ町に入るか 」
サブの言葉にカササギとクロチィーは木の上から滑り降り道中合羽と三度笠をばさりと身に纏う、3匹は列を成し国道沿いの深い茂みを推し進んだ。
日が沈んだ頃に人間の町へと到着する。西東京を離れてから初めての本格的な人間の縄張りである、クロチィーにとっては初体験の連続の慣れぬけもの道の行軍からの解放には少しばかりほっとするのだが、とは言えここは西東京では無い、ルチルやムチャクやアキは居ないのだ、見慣れた景色ではあるが異界である事に変わり無い。
「 サブさん 町の中でもこの格好のままでいいの?」
クロチィーは人工物に囲まれた人間の町の中での自身の姿に違和感を感じサブに問う。
「 あゝ 通過するだけだからな こっちのほうが目立たない 人間とは決して目を合わせるなよ こっちが見ると向こうも気付く 他の猫は相手にするな 」
「 わかった 」
3匹は足早に町の影から影へと音も無く移動する。『 黒猫の極意 』カササギがよく口にする言葉である、黒猫は闇や影に紛れやすく他の猫よりもの静かに行動することが出来るらしい、「 静かに抜き足差し足を素早く行う 」これがカササギの言う『 黒猫の極意 』らしいのだがこれがなかなか難しい、カササギに教えてもらっているのだが上達しているかは不明だ。
「 つけられてやすね 」
カササギが真ん中のクロチィーを追い越してサブの横につけ速度を落とさずに前を向いたまま低く囁いた。
「 あゝ 風下からだな 何者だ 」
「 わかりやせん が 追い込むつもりでしょうね どうしやす 」
「 どうもこうも 地の利は向こうにある 嫌でも追い込まれちまうな クロチィー 決して離れんなよ 」
「 うん 」
どうやら何者からかの追跡をうけているようだ、徐々に街並みから物静かな場所へと景色が変わる。
「 ちっ 行き止まりか まんまと追い込まれちまったな 」
いつしか大きな河川を背にした切り取られた行き止まりに辿り着く。
「 来やすぜ 」
3匹は河川を背に振り返り低く身構える。
キッ!キッ!キッ!
奇妙な声と共に何か茶色の細長い生き物が闇の中で目にも留まらぬほどのスピードで横切った。
「 見えたか カササギ 」
「 へい イタ公ですね どうりで風下とるわけだ ケモノ臭くてしょうがありやせんぜ 」
「 10匹はいるぞ 」
サブとカササギが三度笠を外し横にひょいと投げる、クロチィーもこれにならって投げてみたはいいがあらぬ方向に飛びコツンとカササギの後頭部に勢いよくヒットした。
「 あっ!」
「 あのぅ クロチィーは余計な事しねぇでいいんで あっしの後ろにぴったりついてておくんなし 」
「 は はい 」
暗闇から月明かりの下にぬらりと数匹の茶色いケモノ達が姿を現した。そのケモノは全長50ⅽⅿほどで猫と大差ないのだが手足が短く異常に細長い、尻尾が太く長く身体自体は猫よりかなり小柄に見えるが剥き出された牙は異常にケモノじみて鋭い。
睨み合った両者の間で一瞬時が停止した、次の瞬間。クネクネした恐ろしく速い動きでイタチたちが一斉に襲いかかった。
接近したイタチをサブが強烈なフックで横に払い弾き飛ばす、が次々とイタチが牙を剥き飛びかかって来る。イタチ達の動きは直線的ではなくグニャグニャとスピーディーに交差して目で追っていると訳が分からなく混乱してしまう、何匹いるのかすら確認する暇もない、サブは近づくイタチを片っ端から弾き飛ばすだけで精一杯のようだ、カササギはクロチィーを背にして前衛のサブをかいくぐって襲って来るイタチに爪を立てていくが後ろに追いやるに留まりダメージを与える事が出来無い、クロチィーはカササギの後ろにつき邪魔にならないようにイタチを躱し続けるのみだ。
「 ちっ これじゃ消耗するだけだ コイツら考えてやがる 」
「 どうしやす兄ぃ 川に飛び込みますか 」
「 コイツら水は得意だろ それこそ沈められちまうぞ 正面突破するしかねぇようだな カササギ クロチィー 走るぞ 」
サブの声にクロチィーとカササギがいつでもスタート出来るように構えた瞬間。
「 おいおい 犬じゃあるまいに 尻尾巻いて逃げるのかい 猫 」
イタチ達がすっと後ろに引き下がり1匹の一回り いや二回りほど小さなイタチが闇から前に進み出た。
「 あんだと テメェがボスか 」
「 着いて来な 猫 話がある 」
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