第ニ部 欲望という名のケモノたち
けもの道
第18話 月と星
「 どうもはじめまして 」
「 はじめまして 」
一組の男女が喫茶店のテーブルで向かい合わせに席に着く。
「 いやぁ まさかこんなに若くて綺麗なお嬢さんだなんて驚きですよ 」
「 やめて下さい そういうのセクハラって言うんですよ 」
「 これは失礼 本当に少し驚いたもんで だって原子力工学期待の超新星なんて言われてもどうせいつもの見た目から変人な人なんだと思ってましたから 」
「 …… 」
「 ごめんなさい なんか怒らせたかな じゃあ質問に移ってもいいですか 」
そう言うと男性はテーブルの上にあるボイスレコーダーの録音ボタンを押す。
「 どうぞ 」
「 お父様とお母様も権威な学者さんだったそうですね 」
「 畑違いですから権威かどうかは知りません 父は神学や神話学を専門としてたそうです もう数年前に他界しています 母は動物学者でした 現在は病気療養中ですが ご想像どおりの変人夫婦でしたよ 」
「 ……お父様はギリシャ国籍の方なんですよね 」
「 はい 」
「 月子さんはギリシャの方には 」
「 ロードス島の祖父母の家には何度か 」
「 あちらで勉強されようとは思わなかったんですか 」
「 いえ ギリシャなんて学力も低いし原発すら無いんですよ バカンス以外で行く理由なんて皆無ですね 」
「 そうなんですか これは無知ですみませんでした どうしても専門的分野は日本より海外の方が進んでるみたいな変な偏見があるのかなあ 」
「 核開発に関しては非核三原則という制約があるこの国が遅れているのは事実ですがもっと遅れている先進国も沢山ありますよ 」
「 ふむ では この国の核開発というものは今後どのように進むべきとお考えですか 」
「 やはり確固たるエネルギー源を持たない小国にとっては原子力エネルギーというものは必要なものです 」
「 しかしこの国は唯一の被爆国であり大きな原発事故も起こしました 」
「 ギリシャ神話のプロメテウスの火をご存知ですか 」
「 いえ 」
「 全知全能の神ゼウスは人間に火を使わせるべきでないと考えました しかしティーターン神族の子 プロメテウスはゼウスからこの火を盗み人間に授けた 全知全能の神が人が使うべきでないとしたこの火をプロメテウスの火と呼び核の炎と重ね比喩することがあります 人の手には御し難い炎 それが核なのです 」
「 言ってる意味がわかりません 月子さんは先程原子力エネルギーは必要だと なのにそれは人の手に余るプロメテウスの火なのですか 」
「 御し難いものを必要とし渇望する それが私達人類なんです 」
「 それがもたらす結果と結末は何なんですか 」
「 火を盗まれたゼウスは人間に罰を与えるためにパンドラにあらゆる災いの詰まった箱を持たせました パンドラは箱を開けあらゆる災いが人間にもたらされます しかしパンドラは最後の災いが放たれる前に箱の蓋を閉じてしまいました 箱に残った最後の災いとは何だと思います 」
「 わかりません それは何なのですか 」
「 それは希望でした 」
「 希望が災いなのですか 」
「 そうです 我々人類に最後に放たれる災い それは希望 (エルピーダ - ἐλπίς ) でした 災いである希望 それを我々は絶望 ( アペルピスィア - απελπισία ) とも呼びます 人類が再びパンドラの箱を開く時 絶望と言う名の希望がもたらされるでしょう 」
「 希望が絶望で絶望こそが希望 なんかわかったようなわからないような 月子さんは科学者というよりは哲学者のようなものの考え方をするんですね 非常に面白い そのような考え方は神学者であったお父様の影響なのですか 」
「 どうなんでしょう 私は私なので 」
「 双子の妹さんの星子さんも現在大学の研究ラボにいるんですよね 」
「 はい 妹はウィルス研究をやってます 私にはちんぷんかんぷんでさっぱりわかりませんが 」
「 ご姉妹でこれからの日本の最先端を背負って立つ 素晴らしい事です しかもこんな美しい人が この国の未来は明るいです どうか我々に素敵な希望をもたらして下さい 」
「 頑張らせていただきます 」
「 今日はありがとうございました 今度食事にでも……
「 お断りします 」
「 …… 」
「 はぁぁ いったい何の取材なのよ 」
うんざりした顔をして黒髪の白のワンピース姿の女性がアイスラテを片手にオープンテラスの席に着いた。向かい合わせの席にはカーキのフィールドジャケットにホットパンツにワークブーツというラフでカジュアルな出で立ちの女性がラテのストローをくるくるともてあそびながら
「 けっこうイケメンだったじゃん 食事くらい付き合ってあげれば?セレーネ 」
「 そんなことしてる暇ないでしょアステール それより何盗み聴きしてるのよ 」
「 へっへぇん セレーネのスマホは乗っ取り済みよ 私に秘密は許さないわよ 」
「 あなたの専門はそっちのウィルスじゃないでしょ いい加減にしなさい 」
会話する2人の若い女性はひと目で一卵性双生児とわかるほどに同じ顔をしていた、鏡合わせに映った二つの顔はくっきりと美しく整い異国の血が混ざる混血種であることが伺える。
「 何言ってんの ウィルスと名の付くウィルスはスマホだろうが人体だろうがすべて私の支配下にあるのよ 」
「 それより何でオープンカフェなのよ 」
セレーネと呼ばれたワンピースの女性がオープンテラスの前を行き交う人々の視線を気にする。やはりこの2人が向かい合う光景はどうしても人目を引くようで 特に男性は視界に入ると必ずと言っていいほどに露骨に視線を向けて来る。
「 どこでも一緒でしょ それよりどう?」
セレーネでない方のアステールがセレーネに問う。
「 あの家から簡単に足がつくことは無いわ 問題はあんたのバカ彼氏よ 」
「 だぁかぁらぁ 彼氏じゃないって 何でもするって言うから利用してやっただけよ 」
「 利用出来てないじゃない 足引っ張っただけのポンコツでしょ 中途半端な事するからよ 利用したいならちゃんと徹底的にやりなさいよ 遊びじゃないのよ 」
「 わかってるわよ でも大丈夫よ 本当の名前も教えてないしセレーネのことも知らないしヤツのスマホは痕跡をすべて消して処分したわ 私がハーフの女の子ってこと以外はわからないはずよ 薬 かなり飲ませたし記憶自体曖昧だろうから警察もわけわからないと思うわ 」
「 まあ猫と戦わせただけだしね 計画さえバレなきゃどうでもいっか クロチィーの飼い主一家の方は?」
「 あっちも大丈夫 単なる集団食中毒なんだし ただセレーネの顔知ってるのがねぇ 」
「 あんたも同じ顔でしょアステール 警察がどう関連付けて捜査しているか気になるところね 私たちの顔がバレてるのは覚悟しといた方がいいわ 準備も整ったしそろそろラボを離れて潜伏した方がいいのかもしれないわね 」
「 さようなら 私たちの麗しき青春の日々 」
アステールがミュージカルのワンシーンのようにオーバーなジェスチャーで演じる。
「 想い残すことはない アステール 」
「 あるわけないでしょ セレーネ 」
姉妹は強く視線を交差させた。
Aποκάλυψις δʹ……σεληνη και αστηρ ❴ セレーネ カイ アステール ❵( ギリシャ語で月と星を意味する )
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