第16話 蝶の羽ばたき

 激突し白煙を上げ完全に停止した軽トラックの運転席からドアを蹴破りフルフェイスのヘルメットで全身黒尽くめの人間の男性がよろよろとおぼつかない足取りで出て来た、ヘルメットの黒いシールドはヒビ割れギラついた片方の眼が見えている。その手にはクロスボウを持っていた。

 ふらつきながらも男は大型のクロスボウを構える。ウィーンというモーターの駆動音と共にバシバシバシと弓矢が連射され始めた。

 男は辺り構わずクロスボウを連射する。味方である筈のはぐれ猫に当たろうがお構い無しだ。

「 くそっ 何なんだよあの武器は あれじゃ近づけねぇじゃねぇかよ 」

 弓矢の雨を避け物陰に身を潜めたムチャクが悪態をつく、男の手にしたクロスボウは独自の改造がされているようで威力こそ無いが連射性に優れており1秒間隔くらいで自動的に連射され続ける、もちろん相手が猫なら当たれば致命傷になるには十分だ。と、その時、男が背にしたトラックの荷台に積まれていたポリタンクがボンと炎を上げた。爆風で男は前によろめく、瞬間、1匹の灰色猫が疾風の如く走りより男のフルフェイスヘルメットに飛びつき爪を振り上げる、ヒビ割れたシールドが弾け飛び男の顔面が剥き出しになった。

「 兄弟の分だ 受け取りな 」

 サブがヘルメットにしがみつきヘルメットの中に首を突っ込む、灰色猫の鋭い牙が男の顔面に深く喰らい付いた。

 ぎゃぁぁぁ!

「 手を使わせるな 」

 ムチャクが叫びながら突進して もがきながらサブを掴もうとする男のクロスボウを持って無い方の手に飛びつき爪を立て噛み付いた、ムチャクに続いて次々と猫達が男に飛び掛かかっていきあっという間に男の体が無数のうごめく猫達の中に沈んでいく、突き出された手の矢の切れたクロスボウだけがカチャカチャと音を立て虚しく空撃ちされ続けていた。


 中央公園内では地の利を活かし徐々に六ヶ村会の猫達がはぐれ猫達を圧倒し始めていた。

「 上を決して取らせないで 」

「 孤立させれば僕たちでやるから無理しないでね 」

 2匹の三毛猫ニケとシケが冷静に指示を出す。

 公園の木の上に待機した猫達が枝から狙いを定め降下してはぐれ猫達を分断させる、孤立させる事が出来たら囲い込みニケとシケが仕留めにかかる、この戦術が見事にはまったのだ。はぐれ猫らは戦術も持たずただ闇雲に突っ込んで来るばかりで数の有利がなくなれば劣勢に回らざるを得ない。

「 皆の者 一気呵成に公園内から叩き出すぞい 敵に再び攻め込む余力は残っておらん 勝利は目前じゃ 」

 長のシロじいの激に猫達も最後の力を振り絞る。


 柵を開けガシュード達の方へやって来た人間の女が金属バットを振り下ろす。

「 ネコちゃんたち いい子に殺されなさい 」

 しかし、ガシュードの黒猫3匹は難なくこれを身軽に躱す。

「 人間を殺ると後が面倒だが仕方ない サッサと片付けるぞ 」

 リーダー格であろう黒猫の声に弾むピンボールの球のように跳躍しながら目にも留まらぬスピードで3匹は女に襲いかかる。

「 勘違いしないでネコちゃん 私はとどめを刺す係なの あなた達の相手はこの子達よ 」

 女が天井から伸びるロープに手を掛けこれを引く。

 ガルゥゥゥゥゥゥゥッ!

 天板がはずれ4匹の凶暴なドーベルマンが舞い落ち解き放たれた。犬達は狂ったように牙を剥き吠えかかる。

 BOWWOW!BOWWOW!

「 KILL!」

 女の声にギロリと犬達の眼が一瞬裏返り室内を疾走するガシュード達に突進する。しかしスピードと小回りでは猫達が上だ、1匹がこれを躱すと同時に身体を捻り犬の鼻先に爪を喰い込ませ引き裂いた。

 キャン!

 これには堪らず跳び上がる、が同時に3匹のドーベルマンがスピードが停止したこの猫に襲いかかった、タンタンと跳ねるように犬の咬み付きを躱すが1匹に後ろから前足で押さえ付けられてしまった。ドーベルマンは押さえ付けたと同時にガリッっと猫の頭に咬み付いた、身体を押さえたまま何度も咥えた頭を力いっぱい引っ張り上げる、もう動かない事を確認して頭を咥えたままぶらぶらした猫を尻尾を振りながら女の所に持って行く。

「 あああ 首 千切れかかってるじゃない もう死んでるわよ さっさと残りも片付けて来なさい 」

 女は犬の頭を撫でて落とされた猫の死骸を足で払い除けた。

 その間、2匹のガシュードの黒猫は1頭のドーベルマンに狙いを定め連携しながら顔面を爪と牙で切り裂いていた。目を完全に潰されているらしく壁に当たりつまずきながらもクゥ~ンと声を出し女の元へと辿り着く。

「 イヌの癖に 何 ネコちゃんに負けてんのよ 私 本当はイヌ大嫌いなんだからね 」

 女はこのドーベルマンに向け容赦無く金属バットを振り下ろした。この光景に鼻先をやられ戦意を喪失している1頭はぶるぶると怯えあがり、先程褒められた1頭は猛り狂った。

「 どうします 」

「 犬はあと2匹 我らなら殺れるだろう だがあの人間 の女 狂っておる おそらくこのままではアナフィには辿り着けまい お前は弓月に戻り事態の報告を 」

「 どうかご無事で 」

 ガシュードの2匹は前後に別れる、1人は牙を剥くドーベルマンへ、1人は後方の扉へと。

 2頭なドーベルマンに向かった猫は俊敏な動きで翻弄して小刻みに爪を立てていく、ドーベルマンは毛を散らし傷つきながらぐるぐると猫を追い独楽のように回転するが追いつかない、1頭のドーベルマンの片側の眼球がだらりと垂れ下がった、ドーベルマンの死角をつきスルリと股を抜け金属バットを手にした女へと飛び掛かる。

「 この女だけでもこの場で 」

女を守ろうと先程黒猫を仕留めたドーベルマンの凶暴な顎が空中の黒猫に襲いかかった、黒猫は紙一重に身を捻りドーベルマンの顎を躱しストンと爪を立て空中のドーベルマンの顔面に着地する。

「 犬ッ 邪魔!」

女が空中で静止した黒猫めがけ金属バットを垂直に振り下ろす、黒猫はドーベルマンの顔面を踏み台にして更に跳躍する。振り下ろされた金属バットは黒猫の居なくなったドーベルマンの頭部を打ち砕いた。

バットを振り下ろした女が瞬時に顔を上げると目の前には空中でマントをひるがえした黒猫のギラリとした凶悪な爪が叩きつけられようとしていた。その刹那……

 タンっと黒猫の額に五寸釘が突き刺ささり女に激突してどさりと床に落ちる。女はぶつかった衝撃に後ろに尻餅をついた。

「 アナキー 」

 黒い鉄柵の向こうのアナクフィスィは片腕を前へ伸ばしていた、その腕には何やら器具が取り付けられている、どうやらこの器具から釘を撃ち出したようだ。

「 大丈夫か?」

「 あ ありがとうアナキー 」

 女はフルフェイスヘルメットを外しながら立ち上がる、ヘルメットの下から黒髪のくっきりとした美しい女性の顔が現れた。


「 もう 何やってるのアステール 」

 もう1匹の黒猫が出て行った開け放たれた扉の方から女性の声がした。

 入って来た女性は部屋の中の女性と同じ顔をしており右手で胸の前に1匹の猫を抱きかかえ左手には動かない黒猫の首を掴みだらりとぶら下げていた。黒猫の首はナイフでバックリ切り開かれ血が滴り落ちていた。

「 家中動物の死骸だらけじゃない どうすんのよこれ 」

「 だって…… 」

 女性は左手の黒猫の死骸を五寸釘を額に撃たれ横たわる黒猫の死骸の上に放り投げた。

 女性は傷付いた2頭のドーベルマンを扉の外に追いやって扉をバタンと閉めた。

「 外はどんな具合だいセレーネ 」

ソファーの上のアナクフィスィは鉄柵を挟んで後から入って来た女性に柔らかく話し掛ける。

「 ダメダメ 公園も神社もボロ負けよ アナキー アステール あんたの彼氏何よアレ 事故って警察に捕まったわよ しかも猫達にやられて顔ぐちゃぐちゃよ 役に立たないにも程があるわ 」

「 別にあんなの彼氏じゃないもん 」

「 やはり一筋縄ではいかんか バタフライエフェクトと言う言葉を知っているかいセレーネ アステール 」

「 蝶々が羽ばたいたら地球の裏側で嵐が起こっちゃうんでしょ アナキー 」

「 あっ ずるいセレーネ 私が言おうと思ったのに 」

「 極々僅かな誤差が想定外の大きな誤差をも生み出す可能性があるというカオス理論の喩え話なのだがね そして今回の始まりの誤差を生み出したのはスィスィアだ 」

「 スィスィアが私たちのバタフライエフェクトなのね 」

「 そうだセレーネ そしてスィスィアの生み出した極々小さな誤差を今だに膨らませ続けているのがここにいるクロチィーに他ならない 」

「 え〜っ クロチィーカワイイもん ヤダ 」

「 アナキーの話聞いてたアステール クロチィーは私達にとって危険すぎるのよ どちらにしてももうこの家は捨てるしかないわ クロチィーとはここでお別れよ 」

「 むぅ 」

 アステールはむくれながら黒い鉄柵を床の中に下ろしセレーネと共にアナクフィスィとクロチィーに近寄る。

「 ところでセレーネ その猫は何だい 」

「 下の猫達の唯一の生き残りよ 」

「 あれっ そんなハンサム君いたかしら 」

 セレーネの抱きかかえた猫は茶黒のサビ猫で両耳がギザギザに欠けていた。

「 ッぅ 」

 セレーネの手の甲に猫は僅かに爪を立て緩んだ腕からすり抜ける。

「 クロチィー 飛ぶぞ! 」

「 アキ! 」

 アキはクロチィーのリードが固定された床の金具を着地すると同時に前足の一振で破壊した。リードの先端を咥えカーテン越しの窓へと突っ走る、クロチィーも遅れず全力でアキに続く、2匹は跳躍してカーテンに突っ込んだ。

 パリンっ!

 カーテンの向こう側のガラスを突き破り2匹は空中に飛び出した。


「 ありゃりゃ 逃げられちゃったね 」

「 どうするアナキー 」

「 それが望みなら仕方ないだろう なあ スィスィア 」

アナクフィスィは額縁の中の猫に優しく目を遣った。

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