第15話 襲来の夜

 深夜。


「 西地区にはぐれ猫を確認 」

「 東でも目撃情報あり 」

 ムチャクの縄張り兼集会所である西東京中央公園は現在西東京六ヶ村会の伝達本部となっていた。安全な隠れ家がない猫などの避難場所としても開放されている。公園の外周にはオス猫たちがぐるりと配置され警戒態勢を整えはぐれ猫達の襲撃に備え緊張が高まる。

 慌ただしく行き来する猫達の中にルチルとシロじいの姿もあった。

「 やっぱ動いて来たねぇ ヤツら何を仕掛けて来るつもりだい 」

「 おそらくここと長老会本部を狙って来るのじゃろうて 今動いてるはぐれ猫どもは揺動じゃ 捨て置け ケポッ 」

「 ムチャクとサブさんは長老会の方に回したけどこっちは大丈夫かい 」

「 あくまで本丸は長老会本部じゃろう 公園はいざとなれば放棄しても構わんしな 」

「 長老会を潰せば六ヶ村の統制と結界が崩れちまうもんね それじゃあ神社の守りを集中させた方がよかったんじゃないのかい おジイ 」

「 敵兵力を分断させる為にはここが重要になるのじゃよ これが兵法じゃ 久々のいくさに腕が鳴るのう ゲホッ グホォ コホッ ヴッ ガッ ウグゥゥッ 」

「 大丈夫かい 久々の戦とやらの前に死んじまわないでおくれよ おジイ 」


 寝虚跨忌稲荷ねこまたぎいなりの鳥居前には篝火かがりびが焚かれていた、社の縁の下にある長老会本部では5人の長老達が円になり結界を張る為の祈祷を行なっている。

「 町の中をいくつかのはぐれ猫の群れが徘徊してます 」

 伝達係の若いサバトラ猫がムチャクに報告する。

「 揺動だな 適当にノッてやるといい 決して深追いはすんじゃねぇぞ 」

「 了解 」

 篝火の下でムチャクが指示を出す。

 現在、50匹ほどのムチャクを中心とする自治組合の若いオス猫達で稲荷神社の守りは堅められている、稲荷神社はビルとビルの間に挟まれており出入りが出来るのは正面と裏門の二面のみである、裏門はバリケードで完全に塞いであり、あくまでも正面からのみ迎え討つ構えのようである。

 人間達は稲荷神社を中心に5人の長老会の年寄り猫達により張られた結界により無意識下にこの場所を避け意識の範疇の外側に追い出された形である、例えこの異様な光景を目にしても気にも止めずに通り過ぎて行くばかりだ。

 しばらく経って。

「 散り散りになっていたはぐれ猫たちが徐々に集まって来たようです 」

 またもや先程とは別の茶白猫がムチャクに報告する。

「 こっちが釣られねぇんで痺れ切らしたみてぇだな 来るぞ 各班に連絡を 」

「 了解 」

 それからジリジリとした幾ばくかの時間が過ぎ……

 うみゃゃぉ!

「 来やがった 」

暗闇の中にいくつもの目が妖しい光を放つ。


 1匹の白いはぐれ猫が防衛ラインを抜けて公園内に侵入した。と同時に

 フギャァァッ!

 2匹の三毛猫が木の枝の上から爪を立てて襲いかかる。

 シャァァァァァァッ!

 虚を突かれたはぐれ猫に2匹の爪が容赦無く振り下ろせれていく。これには堪らず遁走するはぐれ猫をなおも2匹は公園内を土煙を上げ猛追する。

「 なんだい 三毛ちゃんたちやるじゃないかい 」

 ルチルが日頃長老会の世話係として見知った三毛猫のニケとシケの活躍に目を見張る。

「 当たり前じゃ ワシらの警護を任せておるんじゃ 2人相手ならムチャクでもやすやすと勝てんはせんわ 」

 シロじいは落ち着いた様子で答える。

「 そろそろ防衛ラインが崩れます 」

 伝達係の言葉と同時に公園内にはぐれ猫の群れがなだれ込んで来た。

「 戦えぬ者を守り陣を組め 敵は所詮半端者のはぐれ猫風情じゃ 我等西東京六ヶ村の地域猫の結束の力をとくと思い知らせてやるのじゃ 」

 うみゃぁぁぁぁぁぁぁぉ!

 長のシロじいの号令に猫達の咆哮が伝播して公園を包み込んでいく。


「 くそッ きりがねぇな 」

 神社前でははぐれ猫の群れと西東京六ヶ村の猫達とのタワーディフェンスのシーソーゲームが始まっていた。

 ムチャクはもう何匹のアタックを仕掛けるはぐれ猫に爪を立て、牙を立て、叩き飛ばしただろうか、しかし相手は何かに取り憑かれたように虚ろな目で傷ついても引こうとしない、これでは埒が明かない。

 稲荷神社前の路上はまさに猫達の狂宴の様相を呈してきた。

「 厳しいな そろそろ頃合いか 合図を 」

 ムチャクの声に1匹の猫が篝火の中に人間からくすねて来た爆竹を投じる。

 パパパパパパパン!

 派手な破裂音にはぐれ猫達はビクリとたじろぐ、その瞬間、ビルの隙間の暗闇から黒い一団が100匹は居るであろうはぐれ猫の群れの横っ腹に突入する。

 ヴニャャャャッ!

 黒系の猫を中心として編成されたサブ率いる遊撃隊である。

 はぐれ猫達は突然の奇襲に混乱して大きく陣形を崩していく、その中心には背中に黒いマントのような布をなびかせた灰色の猫がいた。

 シャァァァァァァァァァァッ!!!

 サブの咆哮が空気を震わせ響き渡る。


「 おジイ そろそろ怪猫に変身して蹴散らしとくれよ 口から火くらい吐けんだろ 」

「 吐けるか ンなもん 人を化け猫扱いするでないわ コホッ 」

「 役に立たない死に損ないだねえ 」

「 シロ様 ルチルの姐御 無理しねぇでくだせぇ サブの兄ィから任されてるんで 怪我でもされたらあっしの顔が立ちやせんぜ 」

「 知らないよ あたいら自分の身くらいどうにかするさ 引っ込んでな 」

「 くぅぅ 惚れちまってもいいですか姐御 」

 そう言いながら縦縞のマント姿の渡世猫のカササギはヒラヒラした奇妙な動きで近付いて来るはぐれ猫らを翻弄し薙ぎ倒していく。


 室内には猫達の死骸がゴミのように散乱していた。

「 傀儡相手では準備運動にもならんな 」

 3匹の奇妙な紋様のマントを羽織った黒猫達は死骸を跨ぎながら2階への階段へと向かう。音も無く階段を駆け上がりそっと扉を押し開いた。

召人メシュードの次は牙衆人ガシュードとは弓月の姫も趣味が悪いな 」

「 アナク博士 或いはフィスィ神父だな 投降してもらおう もちろん 生きていなくても結構だ 」

 部屋に入って来た黒猫の1人がソファーに座った司祭服姿で半分黒猫半分白猫のアナクフィスィに落ち着いた声で話しかける。アナクフィスィの背後には何やら気味の悪い 猫をモチーフにした大きな額縁の作品が掛けられ異彩を放っていた。

「 召人の首は受け取って貰えたかな ここに来たということは弓月は西東京の猫達は見捨てるつもりかね 」

「 メシュード?西東京?そんな奴らどうでもいい 知らんな 私らはただ職務に勤勉なだけなもんでな 」

「 そうか なら職務に殉じて頂くとしよう 」

 フギャッ!

 3匹の黒猫が一斉に爪を立てアナクフィスィに飛び掛かる、と同時に天井から捕獲用ネットがバサリと落ちた。

「 ナメるなよ 」

 3匹の上にネットが掛かった瞬間にネットを鋭利な爪で切り開き黒猫達がネットを突破してそのままの勢いで黒白猫アナクフィスィに躍りかかる。その時。

 ガシャン。と突然床から槍状の穂先を持つ黒い鉄柵が飛び出し3匹の行く手を阻んだ。3匹は柵の前でアナクフィスィを睨みつけながらうろうろと徘徊して様子を伺う。

 ガチャリとアナクフィスィの背後の扉が開き全身タイトな黒のレザーに身を包みフルフェイスのメットを被った人間の女性が現れた、腕にはクロチィーを抱きかかえている。女性はクロチィーをそっとアナクフィスィの座るソファーの前に降ろし首輪から伸びるリードを腕から床の金具に付け替える、 そしてソファーの裏に置いてあった無数の釘を打ち付け有刺鉄線の巻かれた金属バットを手に取った。


 サブ達の側面からの奇襲ではぐれ猫の群れは内側から大きく崩れたのを期にムチャクら正面の猫達も一気に攻め込んで行く、完全に均衡が崩れはぐれ猫達は統制が取れてない状態に陥った。と、その時、けたたましく車の猛烈なエンジン音が接近して来る。

「 ちッ 人間が来るぞ 各班 準備しろ 」

 ムチャクが声を荒げる。

 シロじいを長とした長老会の年寄り猫達の知恵により人間による攻撃も当然想定内である、わずかな時間の中で出来得た準備には怠りは無い。

 一台の軽トラックが猛スピードで突進して来た、後部の荷台には幾つものポリタンクが積まれている。

 いくつかの路上からロープを咥えた猫らが現れ路を横断して行く、はぐれ猫と戦闘中の猫達も行ける者はロープを引くのに加勢をする。ズルズルとロープに繋がれた無数の五寸釘の尖端が突き出したプレートが道路上に顔を出した。他のロープの先には工事現場などで使う金属製のワイヤーロープが繋がれており道路にピンと張り巡らされていく。

「 来たぞ 路上より退避しろ 」

 ムチャクの叫び声に道路上の猫達は緊急に道路脇の高い所に駆け登る。はぐれ猫らを背後から巻き込みながら、跳ね飛ばしながら、一台の軽トラックが高音でヒステリックにうわずったエンジン音を響かせ突入して来た。路上に設置された一列目の釘が突き出たプレートが接触すると同時に敢え無く弾き飛ぶ、軽トラック前面に掛かったワイヤーは引き千切られるがフロントガラスにビキッとヒビが入る、二列目のプレートを踏んだ時 片側の前輪が巻き込んだ。バンと音を立て前輪がひしゃげる、しかしバランスを大きく崩しながらも張られた何本ものワイヤーをぶちぶちと引き千切りスピードは緩まない、その時一本の太いワイヤーが繋がれていた道路標識がガコンとひん曲がり捩じ切れる、カランカランと音を立て道路を弾みながら 道路標識は突進する軽トラックに後方から猛スピードで引き寄せられていく、そして凄まじい勢いでドシャンと運転席後部に突き刺さった。軽トラックはそのままスリップして前後反転し路を外れてガードレールを突き破り道路脇の建物におもちゃの車のように猛烈に激突する。

うにゃゃゃゃお!

猫達から歓声が沸き上がった。

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