第12話 業火

「 どういうことだよこれは 」

 まだ夜も明けやらぬ時間に公園のベンチの前でシャム猫のムチャクは吐き捨てる。

 ベンチの上には2匹の灰色猫の切断された頭部が置かれていた。


 神社の社の縁の下にある西東京六ヶ村長老会本部には六長老と護衛兼世話係の2匹の三毛猫、向かい合わせてムチャクと目の上に大きな傷がある灰色の旅猫サブがかしこまる。

「 あの首はヌシの仲間らのものか 」

「 はい 我が兄弟に御座います 」

 長老の1人の問い掛けにサブが答える。

「 ヌシらは弓月ゆみつきの殺し屋とはまことか 」

「 これは恐れ入ります まさかそこまでご存知とは しかし我らは殺し屋ではございませぬ だがいざとなれば殺すことも厭わない 弓月の会に使役する爪 メシュードにございます」

「 弓月がまだ生きながらえとるとはな 」

「 して その2人の首が何故ワシらの集会所に晒されたのじゃ 誰の仕業じゃ 」

長老会の面々が代わる代わる口を開く。

「 サブさん 人間に殺られた可能性はないのか 」

「 この辺に猫を殺すような危険な人間はいんのかい 」

 ムチャクの問い掛けにサブは逆に問い返す。

「 以前は居たこともある そん時は人間の警察に逮捕させて終わらせた ここ最近そのような事件は起きちゃいねぇがまったく居ないとも言い切れねぇな 」

「 俺らもプロだ人間如きに殺られるほど柔じゃねぇつもりだがな ただ可能性はゼロじゃない それでもこのタイミングで彼奴等が狙われるなんてどう考えても都合良すぎだろう 」

「 だよな サブさんはやっぱり黒白猫に殺られたと思ってんのか 」

「 それ以外考えられん ただ警戒して2匹で行動してたメシュードを1匹で迎え討ったっつうのも俺に言わせりゃ不可能だ 」

「 仲間が居るってぇのかい 」

「 わからん だがヤツと一緒に消えた猫は大勢いる 仲間がいても不思議じゃない 」

「 俺らにゃ不思議だ 集団行動していて俺らの連絡網に引っ掛からねぇはずがねぇ 」

「 行動してないかもだぞ そもそもここがヤツの拠点ならばな 」

「 ちょっと待てよ 俺らもそいつのグルだってぇのか 」

「 そこまで言ってないだろう 拠点がある可能性の話をしただけだ 」

「 やめんか 2人とも 」

 長老の1人が一喝する。

「 で その黒白猫は何者なんじゃ 先の説明では要領を得んぞい 」

「 弓月の会は3年間の間ヤツを追ってきました 調査してたのは別のヤツらです 俺らメシュードは実働部隊 荒事担当です すべてを知らされている訳じゃありません ただこれ以上ヤツを好きにさせとくのは危険と上は判断した そしてメシュードが投入された 」

「 その弓月自体がワシらにすれば怪しすぎるのじゃ 昔話の亡霊にすぎん 信じろと言われても無理な話じゃ 」

「 別に信じてもらえずとも結構 我ら自身亡霊のような者 ただアナフィはここに居て何かをやろうとしてる そして2匹の猫を殺した それのみが事実 」

「 それでヌシはどうするつもりじゃ 血を分けた兄弟が殺されたのじゃぞ 」

「 俺らは所詮渡世猫 どのような死に方をしても文句などござんせん 俺は自分の為すことをまっとうするだけにござんす 」

「 よかろう ムチャク サブに協力してやるがよい ただし くれぐれも目は光らせておくのじゃぞ 」

「 かしこまりました 」

「 有難う御座います 」

 サブとムチャクは長老達に頭を下げその場から退く。

 神社の境内に出て。

「 サブさん 聞いての通りだ 単独行動は無しだぜ 」

「 あゝ よろしく頼むムチャク あと ああは言ったが同じに生まれ育った兄弟だ 手厚い埋葬感謝する 」

「 よしてくれ 死者を弔うのは当たり前だろう それより野暮用がある 付き合ってもらうがいいか 」

「 おう 構わねぇぜ 」

 ムチャクはサブを伴いクロチィーの家へと向かう、家の人間が居ないのにクロチィーを置いて来た事に少しばかり後悔していた、やはり一旦連れて帰るべきだったのでは無かったのだろうか、クロチィーが手術されると分かっていながら自分の手前勝手でクロチィーを帰すこととした後ろめたさから早くあの場を離れたかったのだ、あれ以来ルチルとは顔を合わせていない、もう口さえ利いてもらえないのかも知れない。

「 なんだか騒々しいな 」

 サブの言葉に我に帰る、ガヤガヤと人間達が慌ただしい、ウーっとサイレントが聞こえる。

「 火事か?」

 前方から黒煙が上がっていた、クロチィーの家の方角だ。

 ムチャクの背筋をゾワリと何かが駆け上がる。

「 急ごう 」


「 どういうことだいムチャク 」

 公園でルチルがムチャクに詰め寄る。

「 クロチィーの帰った家が火事で全焼したんだ 俺らが着いた時には既に焼け落ちていた 」

「 それは聞いたよ 前の日にクロチィー1人置いて来たってぇのはどういうことか聞いてるんだよ 」

「 すまねぇ 家の人間が留守でクロチィーが逃げ出した隙間から1人で帰れるっつうからつい 今日ちゃんと帰れたか確認することになってたんだ 」

 ルチルの猫パンチがムチャクの横っ面を強烈にヒットした。

「 じゃあなんで朝一で行かないんだい 行ったのは昼過ぎじゃないか だいたい朝から公園は封鎖されてるし こそこそ何してたんだい 」

「 まあまあ 姐さん それは俺が悪いんだ いろいろとムチャクに手間かけさせちまったんだ 」

「 他所者は引っ込んでな 」

「 ルチル 少し落ち着いて まだクロチィーが火事に巻き込まれたって決まっちゃいないんだから 」

 アキが割って入る。

「 クロチィーには色々教えたつもりだ ガラスの割り方や屋根への登り方 2階からの飛び降り方 僕の生徒は火事くらいでどうにかなるほど柔じゃない 」

「 じゃあなんで帰って来ないのさ あの子は他に行くとこなんてないんだよ 」

 ルチルが地面に泣き崩れた。

「 ムチャク 家の人間は 」

 アキがルチルの肩に手を回し気遣いながらムチャクに問う。

「 それがしばらくずっと留守だったらしいんだ 俺がちゃんと確認してたら 」

「 どうして留守だったんだい 」

「 少し前に救急車が来て騒ぎになったらしい 」

「 立て続けに救急車に消防車か なんか気味悪いね 」

「 なんかあんのか アキ 」

「 いやね 僕なりに少し調べてたんだけどクロチィーの家の近くで少し前からはぐれ猫どもがしばしば目撃されてるんだ 」

「 はぐれ猫? 」

 ルチルが反応して起き上がる。

「 はぐれ猫どもが隙見て人の縄張り入って来るのなんてお得意じゃねぇかよ 」

「 僕のカンなんだけど はぐれ猫たちはシシアの失踪に関与してる そして黒白猫とも繋がっている そいつらがクロチィーの家の近くを彷徨いていた そして救急車に消防車 なんか気味が悪い 」

「 兄ちゃん その話 本当なのか 」

 サブの目の色が変わった。

「 サブさんだっけ 黒白猫を追っても見つかんないよ 追うならまずはぐれ猫だ ヤツらがすべてのキーパーソンだ 」

「 あの辺は誰の縄張りなんだいムチャク 」

 ルチルが気を取り直し話に加わる。

「 オトトの縄張りだ だが最近具合悪いみたいで寝込んじまってんだ 」

「 まだ寝込むほどの歳じゃないだろうさ 」

「 なんか臭うね 」

 ルチルの言葉にアキが被せる。

「 サブさん 当たってみるか 」

 落ち込んでいたムチャクも少し元気が出たようだ。

「 おう もちろんクロチィーって子を探すのにも協力するぜ 」


 日が暮れかかる中ムチャクはサブと再びクロチィーの家の方角へと移動する。道すがらクロチィーとの経緯をサブに説明していた。別にサブの事を信用している訳ではない、だがしかし、サブは自分より年上で経験も豊富なオス猫だ、ムチャク自身長老会から公園の管理を任されて地域の猫達の纏め役のようなことをここ数年やってきた、強がってはいるが正直弱音を吐きたい時もある、『 なんで俺がンなことやんねぇといけねぇんだよ 』何度叫びたくなった事か、一昨年 アキが流れて来た時なんて本当に大変だった、しかしどんな時でもルチルの存在だけがムチャクを奮い立たせて来た、だが、そのルチルからも遂に嫌われ愛想をつかされた、頼れる猫など誰も居ない、部外者であるサブだからこそ話しやすい事もある。

「 カタギの世界も何かと大変だな 背負い込むモノが多けりゃ切り捨てなきゃなんねぇモノもある 当たりめぇの話だ ムチャクの判断は何も間違っちゃいねぇさ クロチィーを残せば必ず後々問題が起きる 帰れる場所があるなら帰すのが優しさだ ルチルって娘だって分かってるよ 分かってるからこそ苛立っている 世の中ってのは何かと上手くいかねぇもんだな 」

「 サブさんは何で渡世猫を 」

「 生まれてすぐに兄弟ともども川に捨てられてなぁ 気がついたら生きる為なら何でもやる旅猫になってた 3人で暴れ回って調子に乗っていたんだ そんでヤバイもんに手ぇ出して弓月の連中に追われることになっちまって たった1人の猫にコテンパンだ 殺されて文句は言えなかった なのにその猫は俺らの命乞いをしてくれた そんで俺らを引き取ってメシュードとして育ててくれたんだ 」

 そんな苦楽を共にした兄弟が殺されてどうしてサブは普通に振る舞えるんだろうか、自分なら身も焦がさんばかりの悲しみと怒りに我を失い狂ってしまうだろう、ムチャクにはサブの心の黒い穴を覗き込む勇気は無かった。

「 それよりあのアキって何者なんだ フワフワしてて掴み所がなくって そのクセめっぽう強えぇ 俺の見たとこムチャクとどっこいどっこいってとこだろ 」

「 ヤツは流れ者っすよ 他所でやらかして川流しにあった ほっときゃいいのにルチルが助けて匿って おかげでヤクザ者と一悶着っすよ それ以来居付いちまって 」

「 ほう やっぱそっち系か ムチャクもなにかと大変だな 」

 サブが意味ありげな目をする、当然ルチルの名を出したんだ、ムチャクとルチルとアキの微妙なトライアングルを暴露したも同じである、つい口が軽くなりすぎているようだ。

「 だが 実際ヤツは頭がキレて腕も立つ んでもって顔まで良いのはムカつくがな 遊ばしとくには勿体ねぇぜ 」

 アキが来てからトラブル続きで公園の管理に忙しくなった隙にアキはちゃっかりムチャクの縄張りであった一等地の電波塔に入り込み居座った、直ぐに勝負して奪い返すのが筋だったが正直公園と電波塔2つの縄張りは若いムチャクには荷が重過ぎた、日頃からムチャクに反抗的な態度の猫達が何かにつけて電波塔と公園にちょっかいを出して来ていたのだ、アキの暴挙はそういう猫達を逆に黙らせた、ムチャクは公園の管理に集中することが出来るようになり以前より波風が立たなくなったのも事実であり 何よりルチルがムチャクの味方をして手伝ってくれる事か多くなったのだ、電波塔は何時でも奪い返せると自分に言い訳して実際はアキの存在を利用していたのだ、いや違う、アキが利用させてくれていたんだろう。

「 もちろんムカつくヤツだが沢山助けられてるのも事実です いざという時には頼りにしてるんだと思う したかねぇけど…… 」

「 ふっ 若いっていいよねえ 」

「 やめてくれよ 」

 やはり今日は余計な事を話し過ぎているようだ。

 火災現場の焦げた臭いが鼻を突いた。

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