猫の集会

第7話 西東京六ヶ村新月定例集会 其の壱 流水

「 ほらよクロチ 」

 昼間、公園の倉庫の下の隠れ家で眠ってるとムチャクに頭をコツンとされて起こされた。

「 これなぁに?」

 ムチャクが1枚の紙切れを投げてよこした。その紙にはクロチィーの写真がでかでかと載っている。

「 クロチの飼い主が探してんだ そんでもう1枚 」

 次の紙はかなり薄汚れてぼろぼろになっていた。

「 ……シシア 」

「 やっぱそいつがシシアなのか 字の読めるヤツに聞いたらスィスィアって書いてるらしいがな 」

「 これは何?」

「 だからおまえらの飼い主が探してんだよ

クロチのは何日か前に撒かれてたらしい んでシシアのは1ヶ月以上前に撒かれたやつだそうだ こういうの集めてるモノ好きなヤツがいてな そいつに無理言ってもらってきたんだ 撒いてる人間は手に包帯巻いた若い女らしい 俺は気づかなかったがこの公園にも何度か来たらしいぞ 」

「 そうなんだ 」

「 おまえ 別にイジメられたりしては無かったんだろ 」

「 うん 」

「 いい飼い主じゃねぇかよ 一生懸命おまえのこと探してんだ 飼い主に捨てられたりイジメられたりする猫なんて別に珍しくもねぇんだぞ クロチはどうしたいんだ 」

「 ……わかんない 」

「 だろうな だが今夜の集会で決まったことには従ってもらうぞ それがここいら一帯の猫のルールだかんな 」

「 うん わかった 」

「 なんか張り合いねぇヤツだなぁ それよりおまえアキのとこで何してんだ ちゃんと知ってんだぞ 」

「 ネズミの捕り方とか木の登り下りの仕方とか逃げ方とか色々教わってるの 昨日は初めて自分でネズミ捕まえたんだよ 」

「 ンとに余計なことを 」

「 ムチャクはルチルのことが好きなんでしょ 」

「 はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ 」

「 アキが言ってたよ 」

「 ッあのバカ 」

「 それでアキもルチルを愛してるって 愛してるってなぁに?僕にはわかんなかったんだけど アキがムチャクに聞けって 」

「 し 知るかよンなこと 」

「 なんの話してんだい 」

 ルチルが隠れ家へ潜り込んで来た。

「 な な 何でもねぇよ それよりルチル 何でクロチをアキのバカんとこなんか連れてくんだよ 」

「 仕方ないだろう アンタ忙しいんだから アキはアキなりに力になってくれてんだから

少しは仲良くおやんなよ それよりクロチィーなんか少したくましくなったんじゃないかい 」

「 本当に?ルチル 」

「 ンな1週間くらいでたくましくなれるかよ アキなんかと一緒にいたら精々女癖が悪くなるくらいだろ 」

「 で 集会の方はどんななんだい 」

「 まあ後回しにしても仕方ねぇからな クロチの件から片付けるしかねぇだろう ジジイには話通しといた 」

「 年寄り連中はいいけど若いのがどう出るかだねえ 人間に怨み持ってるの多いからね

下手したら鈴付きとの火種になりかねないよ 」

「 わぁってるよ いざとなりゃ力で抑えつける 」

「 大丈夫なのかい 」

「 口ばっかのヤツらだ 一喝すりゃ黙ンだろう 」

「 クロチィーの家は?」

「 あゝ わかったぜ 2kmほど西だ 」

「 かなり離れてんだねぇ クロチィーよくここまで来たもんだ 」

「 僕のお家知ってるの?僕も知らないのに 」

「 そんくらい楽勝よ ナメんなよクロチ 」

 ムチャクがまたもや頭をコツンと猫パンチする。クロチィーは戸惑っていた、今まで知らなかった日常に、家に居た時とは別の世界に、これがシシアの言っていた自由なのだろうか、おそらくそうじゃないのだろう、だってムチャクやルチルやアキが居なければクロチィー今でも自身では何も出来ないのだから、だがこの先にきっと自由と言うものがあるんだと予感せざるにはいられない、おそらくそれは生易しいものでは無いはずだ、アキから色んな事を教わっていく中で実感する。

 ネズミを捕まえる、人の目を躱す、縄張りを他の猫から守る、縄張りを他の猫から奪う、メス猫をゲットする?様々な身の周りの危険を回避する、これらを全部一人でやっていくのは並大抵のことでは無い。アキは一見しなやかにスマートな優男やさおとこにしか見えないが実は身体のいたる所に大小様々な傷が残されておりこれ迄幾度となく生死をさまよった事があるらしい、元は流れ者で他所で女性トラブルに巻き込まれ瀕死のところをルチルに助けられた経緯があるそうだ。そんな話をアキは楽しそうに話す。クロチィーにはおそらく無理だろう、そう正直にアキに言うとアキは笑いながら「 クロチィーは面白いね僕は今まで無理か無理じゃないかなんて考えたこと無いよ ただ考えれる選択肢があるのなら考えてみるのも楽しいかもね ただ僕みたいなヤクザな人生だとそんな事考えた瞬間にTHE ENDだろうけどね 最後くらいそれもいいかもね 」なんて喜んでいた。きっとムチャクもルチルもそうなんだろう、生きていく為には歩みを止められない、立ち止まって考えるなんて無駄な時間は無いのだ、それでいいような気がする。考えるなんて事に縛られない、それが自由なのだろうか。こんな事を考えている時点でクロチィーは不自由だ、やはり家に帰るべきなんだろうか。


 その日の夜、深夜を回った頃、公園は異様な雰囲気に包まれていた。

 ンミャ〜オ

 ゥヤ〜オ

 フィ〜ィ

 ニャ〜オ

 うぁぁぁぁぁぁぁぁぉ

 公園のいたる所から猫達の高揚した異様に気味の悪い鳴き声が聞こえる。

「 只今より西東京六ヶ村新月定例集会を始める 」

 ムチャクが以前クロチィーが隠れていたコンクリートの変な形のベンチの上に二本足で立ち上がり大きく声を出す。

 うみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぉ

 今宵は新月で月明かりは無く公園に設置されている街灯は青白く申し訳ない程度に辺りを照らす。

 現在、公園にはざっと100匹くらいの猫達が居た、皆、好きな場所に陣取り中央のムチャクに注目している様子だ。こんなに沢山の様々な猫が小さな公園に集結していいる様ははっきり言って気色悪い光景である。

「 先に定例連絡事項だ 西地区第6ブロックは現在道路工事により交通ルート及び交通量の変化が見られる 近隣を縄張りとする者は道路の横断等には細心の注意を何時も以上に怠らぬ事 各地区で新参の餌配りの目撃情報あり キャップを被ったウォーキング姿の若い女性で猫を連れてる事もあるらしい 安全性の確認が取れるまでは迂闊に近づくな その他分からない時は地区担当員の指導を仰いでくれ 今回も皆の協力により保健所及び愛猫団体等人間による捕獲件数0件 交通事故0件が無事達成出来た 今後とも気を緩める事なく日々の生活に精進する事を心掛けるように 細かな伝達事項は地区担当員に伝えてある 各地区で確認しておいてくれ 」

 猫達が真剣な表情でムチャクの言葉に耳を傾ける。

「 それでは まず今日の1つ目の議題だが 先週一匹の家猫が逃げ出して来た クロチィー 前へ 」

 ムチャクの言葉にルチルに伴われてベンチに飛び乗る。( クロチィー ちゃんと挨拶するんだよ ) ルチルに小声で促され

「 ぼ 僕はクロチィー 」

 緊張気味にクロチィーは答えた。猫達からクスクスと失笑が起こる。

 シャァァァッ!とムチャクが一喝すると一瞬で場が凍りついた。

「 でだ このクロチィーは1ヶ月以上前に同じく家から逃げ出した友達であるスィスィアと言う家猫を探している 誰か情報を持ってるヤツは居ないか?」

「 どんな猫なんだい?」

 猫達の中から質問の声が上がる。

 ルチルが立ち上がり例のスィスィアが写ってある紙のビラを高く掲げる。

「 背恰好はクロチィーと同じくらいの若猫だ 見ての通り珍しい品種で見かけてたらまず忘れんと思う 」

 一同がざわざわとざわつくが言葉が発せられる事は無かった。

「 ちょっといいか そんなヤツは知らないがそもそもどうしてそいつら家猫が逃げ出したんだ なんで家出した家猫なんかにいちいち俺等が構ってやらにゃならんのだ 」

 一匹の猫の発言に周りからもウンウンと言う反応が起こる。

「 勘違いするなよ これはノラ公共の集会じゃねぇんだぞ 西東京六ヶ村に住まう猫の集会だろ 家猫だって猫は猫だ 困ってりゃ世話焼くのがあたりめぇだろうが 」

 違う場所から一匹の猫が声を荒げる。

「 あんだと鈴付き 」

「 やめねぇかおまえたち 」

 ムチャクがまたもや一喝する。

「 ちゃんと説明する どうやらスィスィアの家出には手術を受けたことが深く係わってるらしいんだ 自由と言う言葉にこだわってたらしい 」

 辺りがざわめき動揺に色めき立つ。

「 可哀想 」

 何処からか声がした。

「 シシアは可哀想な猫なんかじゃない!」

 突然クロチィーがシッポを立て叫んだ。

 シャァァァァァァッ!

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