第6話 夢幻の丘にて
クロチィーはムチャクとルチルに連れられ公園の隅にある防災具用の倉庫の下に潜り込んだ、倉庫の下は地面が掘られていて意外に広いスペースになっていた。
「 次の新月の夜にこの公園で集会があるわ
それまでココに隠れてなさい 」
スィスィア以外に初めてまともに口を利いた猫 ルチルとムチャクにまだビクつきながらもクロチィーの警戒心は少し解け始めていた。この2人はどうやらクロチィーに何かするつもりは無いようだ。
「 集会ってなぁに?」
「 この辺の地域猫たちが集まるんだよ ノラだけじゃなくって自由に外に出れる鈴付きも来るからみんなにシシアのこと聞いてあげる 」
ルチルがノラと言うのは人間に飼われて無い猫の事のようだ。
「 猫がいっぱい来るの?」
「 なんだい 怖いのかい?」
「 うん 少し 」
「 ちッ これだから家猫はよう 」
「 仕方ないだろうムチャク 今まで人間としか接してなかったんだから 」
「 おい クロチ 」
「 僕はクロチィーだよ 」
「 いいんだよ 俺がクロチって呼ぶだけだから 」
「 わかった 僕はムチャクとルチルって呼んでいいの 」
「 好きにしろよ でだな クロチは今まで人間に飼われてたから人間は敵じゃなかったんだろうがそれはおまえの家の中だけの話だ 外じゃ基本人間は敵と思え てか自分以外全部敵だ 決して簡単に心を許すな 逃げて来たヤツらは大抵ここで失敗する 相手に近づく時は必ず瞬時に逃げられる距離は保て 相手が猫でもそれは同じだ 」
「 ムチャクとルチルも敵なの?」
「 あゝ そう思っとけ 」
「 また 素直じゃないねぇ この男は いいんだよクロチィーあたいとムチャクは敵じゃないからね もっとリラックスしなよ 」
「 うん わかった 」
「 だけどムチャクの言う通り 初めて見るものには警戒するんだよ 人間だろうが猫だろうが自分より小さかろうが優しそうに思えてもだ 必ず何時でも逃げれる心構えをしておきな 」
「 それからそのシシアってのがよくわからねぇ 金色って言ってるがどんな色だ 模様とかなんかなかったのか 」
「 うんう キラキラした一色のきれいな色だったよ 」
「 外国種だろうね 家で大切に飼ってるんなら珍しいヤツかもしれないよ 」
「 やっぱノラになってる可能性は低いな 」
「 どうして?」
「 もしそのシシアが珍しい猫なら見かけた人間がほっとかねぇってことだよ そんで家猫は人への警戒心が薄い 」
「 迂闊に近づいて連れてかれたのかもね この辺でノラやってたらこの公園に顔出さないなんてありえないからね まあよっぽど用心深くて他の猫に一切近づかずに隠れながら生きてる可能性もあるけどね 」
「 そりゃ無理だなルチル この辺は密で必ず誰かの縄張りが重なってる 他の猫に見つからずに1ヶ月も生きてくなんて不可能だ で見つかりゃ誰かがココに連れて来る まあ河川敷の方まで行ってりゃ別だがな 」
「 どうしてココに連れてくるの 」
「 そりゃココがこの辺の地域猫たちの集会所だからだ 困った時や厄介事の時は必ずココに来る 」
「 この公園はムチャクの縄張りなんだよ 」
「 縄張りじゃねぇよ ジジイに面倒押し付けられてるだけじゃねぇかよ 」
「 ジジイって?」
「 おジイはこの辺で1番古い年寄り猫さ 昔はこの辺り一帯のノラたちを仕切ってたらしいよ 」
「 あれ本当の話か?本人が言ってるだけで誰も知らねぇじゃねぇか 」
「 しょうがないじゃないか おジイの現役の頃を知ってる猫なんて一匹もいないんだから
死人に口なしさぁね 」
「 とにかくだクロチ 俺は今この辺のノラたちの世話係的な事を押し付けられてる 面倒事は御免だ 問題は起こすな その代わり集会までここに大人しくしてりゃ猫の手くらいは貸してやる 」
「 まぁあたいも手伝うよ 乗りかかった船だからね 」
「 ……ぁ ありがとう ムチャク ルチル 」
クロチィーは初めて接する自分より大人の猫に戸惑いはしたが安心もした、この2人は自分に危害を加えるつもりは無いとわかっただけで十分である。張り詰めていた気が抜けたのか突然の睡魔に気絶する様に眠りに堕ちてしまった。無理もない、こんなに長時間うたた寝すらしなかったのは生まれて始めての事なのだから。
クロチィーは夢を見た。
どこだか分からない場所であった、見たことのない色とりどりの花が咲き乱れる丘の上のようだ、一陣の風が吹き渡り色とりどりの花弁が巻き上がる。
「 ここはどこ?」
「 何処でも無い場所だよ 」
スィスィアが答える。
「 今どこにいるの 僕は探してるんだよ 」
「 とても嬉しいよクロチィー 」
音楽が聴こえる。暗く陰鬱であるが美しい曲であった。
「 RadioheadのParanoid Androidって曲だよ 飼い主が居ない時に器械の使い方を覚えてよく聴いてたんだ 」
「 シシアに逢いたい 」
「 今 逢ってるよ 」
「 違う これは今じゃない 」
「 クロチィー…… 」
「 クロチィー 」
ビクリとして目を覚ます。
「 よかった あんまり起きないから心配したじゃないか 」
目の前にキジトラ猫の顔があった。最初こそわけがわからずに驚いたがクロチィーはこの猫を知ってる事を思い出す、この猫はルチルだ。
「 大丈夫かい 怖い夢でも見てたのかい?」
「 うんう 覚えてないけど怖くなかった 」
「そうかい ならよかった ほら これを食べな 」
見たことの無い美味しそうな匂いのする灰色の物体がクロチィーの目の前に置いてある。
「 これ なぁに?」
「 ネズミだよ あたいら猫の大好物なのさ 」
「 食べていいの 」
「 あゝ お食べ 今日はほとんど何も食べてないんだろう 」
クロチィーは動かないネズミに齧り付いた、こんな大きな物体を食べたことなど今まで無いのでどうやって食べればいいのか分からないはずなのに不思議と当たり前のように手際よく食べていく、初めて味わう血の味にDNAが歓喜する。
「 やっぱりクロチィーも猫なんだねぇ 安心したよ 」
そう言うルチルの声も上の空にあっという間にペロリと完食して口の周りを舐めながら血の味の余韻に浸る。
「 美味しかったかい 」
「 うん 」
「 少しは元気になったみたいだねぇ じゃあ散歩にでも行こうか 」
「 ムチャクは?」
「 さぁね 今頃はシシアの情報を漁ってるんじゃないかえ ああ見えて頼りになる男さ 」
それからルチルに連れられて夜の公園に踏み出した。
「 いいかい 何があってもあたいの後ろを離れるんじゃないよ 」
「 わかった ルチルの後ろを離れない 」
「 公園はムチャクの縄張りだけど他の猫も立ち寄れる場所になってるからね なるべく見つかんないように抜けるよ 」
ルチルは用心しながら低いつつじの植木の中を潜って行く、クロチィーもルチルの後に続く。
「 やあルチル 今夜は随分若い彼氏を連れてるんだね 」
つつじを抜け公園の外の道に出た瞬間に茶と黒がまだらになったサビ猫がクロチィー達の前にしなやかに躍り出た。スマートなその猫はギザギザに縁が欠けている印象的な耳をしておりクロチィーとルチルの周りを物珍しそうにぐるりと一周した。
「 お 脅かさないでおくれよアキ 寿命が縮んじまったよ 」
「 ごめんごめん で その子は誰なんだい まさかルチルの隠し子なんてわけないよね 」
「 バカ 次の集会までこの事は絶対内緒だよ ここじゃ目立つからアンタの縄張りに行こうか 」
「 ルチルならいつでも大歓迎だよ 」
それからルチルがアキと呼んだ猫に伴われ夜の住宅地の隙間を抜ける、道行きルチルがここまでの経緯をアキに説明しながら進んで行くと少し小高くなった所に行き着いた。フェンスに囲まれた携帯電話のアンテナ基地局のようだ。隙間が少し広くなった場所からフェンス内に侵入する。
「 そんなことなら僕を頼ってくれよ ムチャクなんかに何が出来るんだい 」
「 あんたら仲悪いじゃないか ムチャクもあれでも頑張ってんだよ 少しは協力してやんなよ 」
「 そうやってルチルはいつもムチャクを甘やかす 僕の気持ちを知ってるくせに 」
「 知らないよンなこと で 何か知らないかい 」
「 金色の若猫ねぇ 聞いたことないなぁ ただ最近ここいらを見たことない猫が彷徨いてるッつう噂話は耳にしたけどね 」
「 例の黒白猫かい?」
「 それそれ ただ噂ばかりで具体的な話は何一つ出て来ないんだ 」
「 気味の悪い話だねぇ ムチャクも気にしてるみたいだよ 」
「 謎の猫に逃げ出した家猫二匹 次の集会はこりゃ荒れるだろうね ムフフ 」
「 何で喜ぶんだい 」
「 そりゃムチャクの無能っぷりが皆に知れるんだ 楽しくないわけないだろう 」
「 いい加減にしなよ 怒るよアキ 」
「 冗談だよルチル でクロチィー君 僕はアキ よろしくね 」
「 あっ はい 」
「 そんなに緊張しなくていいよ 僕はムチャクみたいにガラは悪く無いからね そんでムチャクよりハンサムで優しくって強い 」
「 自分で言ってりゃ世話ないよ 」
「 強いの?」
「 あゝ 強いよ ノラのオスで生きてく為には必要なことさ 強くなきゃ自分の縄張りも守れないし可愛い女の子もゲット出来ないからね この縄張りだってムチャクから奪ったんだぜ 」
「 よく言うよ ムチャクが公園の管理にてこずってる間に居座っただけだろ 」
「 僕はここから逃げないよ 公園にかこつけてムチャクが逃げてるだけだろ 何時だって僕は受けて立つのに もしムチャクと決着が着いたらその時は僕の縄張りに来てくれるかいルチル 」
「 バカばっか言ってんじゃないよ 」
「 ……で クロチィー君をどうするつもりだいルチル ムチャクの言うように家に返すのかい 」
「 わかんないよ だけどムチャクの言ってることはたぶん正しい それくらいあたいにだってわかってるよ 」
「 残念ながら僕もそう思うよ クロチィー君にとってはそれが最良の選択だ 現状町でノラとして生きてくのは難しい 人間達は僕らとの共存は望んで無いからね 僕ら猫族の未来はペットと言う名の管理された商品だ 彼等はそれを望んでる そして僕らにはそれに逆らうだけの力は無い ただ……
「 ただ? 何だいアキ 」
「 ただ あらがうことは出来るはずだ ルチル 集会まで夜はクロチィー君を僕のとこに連れて来な ムチャクは公園で忙しいだろうからね 僕がクロチィー君にノラのオスとしてのいろはを教えてやるよ 家に返すにしてもそれまでの間の暇つぶしくらいにはなるだろう 」
「 何がオスのいろはだい どうせメス猫の口説き方ばっかだろう アキに任せてたらクロチィーがとんでもない女ったらしになっちまいそうだよ フンだ 」
ルチルはなんだかそわそわとアキから目をそらす。
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