第4話 On the run
「 クロチィー 出てらっしゃい 今日はお出かけするわよ 」
女性がクロチィーのピンクの可愛いキャリーケースを手に家の中をうろうろしている。
目に付く場所に居ないとなればおそらくあの棚の下しか考えられない。女性にとってクロチィーの取る行動予想などあまりなも単純明解過ぎて物足りなさすら感じてしまう。
「 やっぱりね 」
女性が棚の下を膝を付いて覗き込むと暗闇の中に赤とグリーンの二つの目が光っていた。
「 クロチィー 出てらっしゃい ほら大好きなおやつよ 今日はたくさん食べていいのよ
いい子だから出て来なさい 」
女性がステックチューブタイプの猫用のおやつを持った手をゆっくり差し出す、匂いに釣られてクロチィーもおそるおそる身を低く近付く、クロチィーが前足を踏み出した瞬間、女性のもう一方の手がガシリとクロチィーの片前足を掴んだ。驚き振りほどこうとするクロチィーを前に引っ張る。
「 ツぅ 痛ったぁっ 」
ここ数日の間、床を引っ掻くことにより鋭利に研ぎ澄まされたクロチィーの前爪がクロチィーを掴んだ女性の手の甲を深く切り裂いた。
「 フゥゥゥゥゥゥヴッ 」
「 お母さん クロチィーが クロチィーが 」
女性が血のにじむ手の甲を押さえ泣きながら叫ぶ。
「 あら大変 早く消毒しなさい 狂犬病かもしれないわよ お医者さんに診てもらった方がいいかしら 」
「 そんなことよりクロチィーが 」
「 シャァァァァァァァァッ! 」
「 まあ怖い これはお父さんに任せましょ 私達じゃムリみたい 病院には電話しとくわ
今日は手術はダメみたいね 」
突然、棚の下から黒い弾丸のようにクロチィーが飛び出した。
「 クロチィー !」
女性の叫び声を無視して部屋のドアから廊下の壁に激突するや方向を変え転がり落ちる様に階段を駆け降りる。クロチィーには訳がわからなかった、女性に突然前足を掴まれ前に引かれた時はびっくりして咄嗟に爪を出してしまった、その爪がいつの間にか鋭利な凶器となっていて女性を深く傷つけてしまったのは理解している、だけどその後がわからない、一体何がどうなってしまったのか、ただ、手術というワードだけがトリガーとなりクロチィーを突き動かしている。
気が付けばクロチィーは1階のキッチンに居てがむしゃらにキッチンの下の扉を引っ掻いていた、扉の端に爪がかかり扉が開く、ぽっかりと空いた扉の中には何も無く 上から下へと一本の管が伸びていた、そして、管と底部の接地部にあるプレートが外れて隙間が黒い穴を覗かせていた、これがスィスィアの言っていた隙間なのだろうか、隙間は一見ごくわずかに見えるが管の周りには余裕がある、管は蛇腹になっており押して端に寄せればクロチィーが抜けれるギリギリのスペースは出来そうだ、スィスィアは本当にここから外にでたのだろうか。
「 クロチィー 何をしてるの 」
手の甲にハンカチを当て目を真っ赤にした女性が2階から駆け付けた。
クロチィーは振り返り彼女を
「 クロチィー…… 」
「 シシア いないの いるなら返事して 」
暗闇の中はひっそりと異界の空気に包まれている、今までに嗅いだことの無い匂いであった、天井の隙間からはかつてクロチィーの縄張りであった暖かい光が漏れている。
クロチィーは開かれた瞳孔で辺りを観察する、天井から冷たいコンクリートの足下までは50ⅽⅿほどであろうか、所々に柱や使われなかった資材らしきものが残されていたりして迷路のようになっているようだ、天井の懐かしい光が手招きする ( クロチィー 帰って来なさい ) 気にも止めずにクロチィーはその場を離れた。
匂いを頼りに足を進める、しかし何の匂いを頼りにすればよいのだろうか、スィスィアの匂いを探したが何処にも見つからない、ならば知らない匂いを辿るしかないように思えて知らない匂いの濃くなる方へと足を進める。周囲で時折何か小さなものが蠢いているようだ、おそらくゴキブリか何か虫の類いなのだろう、以前家の中で虫類は何度か捕まえて食べたことはある、バリバリと甘くこおばしい独特の食感が癖になるのだがあくまでも一匹の場合で集団でうじゃうじゃしてたら気持ち悪いし恐ろしい、クロチィーはなるべく気配から目を背けながら進んで行く。
匂いを辿りながら迷路をしばらく進むと前方に闇が小さく四角く切り取られ眩しく光が溢れるのが見えた、クロチィーは急ぎ駆け寄り眩しさに目を細める、瞳孔が閉じ眩しさが弱まってからおそるおそる四角い穴に近付いた、その穴はクロチィーが楽に抜けれるものであった、用心深く穴に顔を突っ込み様子をうかがうと穴の外側はミニトマトのプランターなどが置かれている家の外周の何処かのようだった。
クロチィーは少し高くなった四角い穴をすり抜けプランターの脇に着地してすっと身を隠す、辺りに危険は無いようだ、すると近くでガチャンとドアの開く音がして人の声が聞こえた、家の中から人間が出て来たんだ。
早くここから離れなければ。
クロチィーの身体は自然と駆け出していた。
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