第2話 全なる世界
「 綺麗なオッドアイだね クロチィーは 」
「 オッドアイ?」
スィスィアがこの家に来て既に2日が経過していた、最初こそスィスィアを避けてビクビクした挙動だったがさすがに自分の縄張りで何時までもコソコソしてるのも面倒臭くなり気にしない事にした ( 本当は気にはなるんだけど ) 。スィスィアもそんなぎこちないクロチィーに対し遠慮気味にしている様子だ。何時もの2階の出窓にいるとスィスィアが登って来た。
「 目の色が左右で違うことをオッドアイって言うんだよ 」
クロチィーの瞳は赤とグリーンに発色した綺麗なオッドアイであった。スィスィアはクロチィーの隣に腰を下ろす。
「 そうなんだ 自分の目の色なんてわからないよ 」
「 鏡くらい見たことあるでしょ 」
「 あるけどそんなこと気にしないもん 」
「 まあそうだよね 自分の見た目なんて気にするのは人間くらいのものだもんね 」
「 シシアの縄張りってどこ?」
「 ほら 真正面の赤い屋根のお家 1階の右端の窓が僕の定位置だよ あそこからいつもこの窓を眺めてた 」
「 なんでこの窓を見てたの 」
「 クロチィーがいたから ここは眺めがよくって色々な景色が見えるけど僕の窓からじゃこの家と前の道しか見えないからね そんなある日 2階の窓にクロチィーを発見したんだ 」
「 シシアは2階の窓には行かないの そしたら僕もたぶんわかったのに 」
「 僕は2階に行くと怒られるからね 一度クロチィーをもっと側で見たくなって上がろうとしたんだけどドアに鍵が掛かってて無理だったんだ 」
「 どうして僕を見るの 」
「 クロチィーは他の猫は知らないの 」
「 ペットショップや病院でなら見たことあるよ 少しなら話したこともある 」
「 怖かった?」
「 うん みんな僕より大きくって怖かった シシアは? 」
「 僕もおんなじさ でもね 前に何日か病院に預けられたことがあってね 手術をされたんだけど その時に隣のケージにいた年老いた猫と沢山話したことがあるんだ 」
「 何を話したの?」
「 外の世界の話 」
「 外の世界?」
「 そう 外の世界 その猫はずっと外の世界で生きてきたらしいんだ 」
外の世界で生きる。クロチィーには意味が分からない、外の世界とは何なんだろうか、縄張りの外の事なのだろうか、何故縄張りの外で生きなければならないのかが分からない、縄張りから出て行く必要など無いじゃないか、自分の縄張りこそが唯一の自分の世界なのだから。
「 外の世界って何?」
「 お家の中じゃないところ 例えばこの窓の外側 クロチィーの縄張りじゃないとこ 」
「 それじゃあシシアは今 外の世界にいるの 」
「 ここはクロチィーの縄張りで僕の縄張りじゃないけど外の世界じゃないよ 僕たちは人間にお家の中に閉じ込められてるだけなんだ それを縄張りと思い込んでるだけなんだよ クロチィーはこの前僕がクロチィーの縄張りを奪うのか心配だったでしょ もし僕がクロチィーの縄張りを奪ったらクロチィーはどうする?」
「 そしたら僕の縄張りじゃなくなるだけだよ シシアの縄張りになるだけだ シシアはやっぱり僕の縄張りを奪うの?」
「 奪わないって でもそれって何が違うの クロチィーの縄張りか僕の縄張りかってだけでその他のことは何も変わらないよ 」
スィスィアの言っている意味が分からない、自分の縄張りかどうか以外に一体何があると言うんだろう。
「 それでね その年老いた猫から聞いた話では外の世界にはたくさんの猫がいるらしいんだ そしてみんな自分の縄張りを持っていてその縄張りを守っているんだ 」
「 僕たちと何が違うの おんなじじゃないか 」
「 違うんだ 彼らは人間に飼われてないんだよ 自分で縄張りを守って自分で餌を見つけるんだ 自分で生きているんだよ 彼らを野良猫って呼ぶらしいよ 」
「 よくわかんない 」
「 例えば僕は飼い主が旅行に行ってしばらく家にいなくなるからここに預けられただろう それは飼い主がいないと自分で生きていけないからなんだよ クロチィーだってここの人間がいなくなったら生きていけないだろう 」
「 でもいなくなんないよ 」
「 だから例えばだって もしクロチィーに餌を持ってきてくれるあの女の子がいなくなったらクロチィーはどうするの 」
「 帰って来るのを待ってる だって毎朝出かけて夕方には帰って来るよ 」
「 もし ずっと帰って来なかったら?」
「 だれか他の人間が用意してくれるよ 時々そんな時もあるもん 」
「 じゃあ 他の人間もいなくなったら?」
「 そしたら ずっと待ってるだけだよ 」
「 お腹空いちゃうよ 」
「 我慢出来るもん 」
「 そうか 僕は出来ないや 僕はねクロチィー 外の世界に行ってみたいんだ 」
「 どうして? シシアのお家の人間がいなくなったから?」
「 いなくなってないよ 帰ってくるから 僕はね 知りたいんだ あの年老いた猫は外の世界に帰りたがっていた それを自由と呼んでいた 手術が終わった僕を可哀想だと言った
生きる意味を奪われた可哀想な猫と呼んだんだ クロチィー 僕はスィスィアだ 可哀想な猫なんて名前じゃない 」
「 知ってるよ シシアはシシアでしょ その猫が名前も覚えないバカなだけなんだよ だからあんまり怖い顔しないでよ 」
「 ごめんごめん 別にクロチィーに怒ったりしないから安心して とにかく僕は知りたいんだ あの猫の言った自由と言うものをね 」
クロチィーにはスィスィアが何を話しているのかがよく分からない、外の世界になんて行かなくていいのに、知らない事は知らないままでいいじゃないか、知らない事を知ってどうなるんだろう、知っている事だけ知っていれば全てが事足りるではないか、それでクロチィーの世界は完結する、それでスィスィアの世界は完結する、完結した世界こそが全なる世界に他ならない、この世界こそクロチィーの世界の全てなのだから。
「 クロチィー 追っかけっこしようよ 」
「 こらッ あんたたち もう仲良くなったの
そんなに走り回ったら駄目でしょ 」
遮ろうとする女性の脇を華麗にすり抜けてスィスィアの追跡を振り切る、躱されたスィスィアはツルツルの廊下の上で後ろ足をバタバタとスリップさせるが上手く方向転換出来ずにクロチィーに差を開かれる。
「 ちょっと 遊ぶのはいいけど床に爪立てないでよね 」
呆れ顔で女性は餌と水の準備をする。
「 ほら 二人ともさっさと食べないと片付けちゃうわよ 」
女性の声に追っかけっこを中止して2匹の若猫は用心深くフードボールへと駆け寄った。
「 こらッ クロチィーのはこっちでしょ そっちはスィスィアちゃんの餌なんだから うちはそんな高い餌あげられないのよ 味覚えないでよね 」
おそるおそる匂いを嗅いでいたクロチィーは女性に身体を掴まれ無理矢理スィスィアのフードボールから引き離され前足をバタバタさせる。
「 ダメっ ちゃんと自分の餌食べなさい 」
スィスィアは少し申し訳なさそうに自分のフードボールに入った餌に口をつける、スィスィアの飼い主が預ける時にスィスィアの普段使用している食器や餌やトイレやベッド代わりのバスケットも預けていっているのでこの家でもスィスィアは以前と同じ生活を送れているのだ。
「 また散らかしながら食べる クロチィーは少しはスィスィアちゃんを見習いなさい 飼い主として恥ずかしくなっちゃうわよ 」
女性はそう言いながらお行儀よく食べている金色の猫スィスィアの頭を優しく撫でている。
クロチィーはスィスィアの食べている美味しそうな餌のことで頭がいっぱいになっていた。どうして自分はあの餌を食べてはいけないんだろうか、答えは意外に簡単に見つかった。あの餌はスィスィアに与えられた餌でクロチィーに与えられた餌ではないからだ。これがスィスィアの言う自由というものと何か関係があるんだろうか、クロチィーにはよく分からない。
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