二、また会えた
携帯のアラームが鳴り響くのを遠くで聞いていた。
ああ、起きる時間か。
そう思いながらいつものように手を伸ばし、アラームを切る。
携帯をつかみ片目を開けて時間を確認すると、6時半。
日にちは飛んでいない。
だるい体を無理やり起こし部屋を見回した。
彼はそこにいなかった。
私の服も乱れていないし、部屋が荒らされた様子もない。
夢だったのかと思えるほど、いつも通りの風景だった。
「夢、だったのかなぁ」
私はため息をついて再び布団にもぐりこみ二度寝を決め込んだ。
二回目のアラームが鳴って、確認すると7時ちょうどだった。仕事に行くならもう起きないといけない。そう思って体を起こす。ベッドから降りて動こうとするとふらつき、思い切りしりもちをついてしまった。
うう、階下の住人の方、朝からごめんなさい。
だが、動けないのは事実で、こんなんじゃ仕事にも行けやしない。罪悪感にさいなまれながらも今日も仕事を休むための電話をかける。
厳しい上司が心配してくれているようだったので、少し心が痛む。
めったに体調なんか気遣ったりしない人なのに「相当悪いのか? 病院行ったのか? 薬は飲んだのか?」と質問攻めにされてしまった。まさかその薬の飲みすぎで具合が悪いままなんですとも言えず、困ってしまった。まぁ、これも自業自得か。
夜になると具合の悪いのがいくらかましになったので、サイドテーブルに置きっぱなしの薬箱やシートをゴミ箱に放り込んだ。もう薬の大量摂取はしない、と呟くと少しだけすっきりした。
電気を消し、布団に潜り込み目を閉じる。この分なら明日か明後日には体調は戻るだろう。そうしてまた日常に戻るだけだ。面白くもない現実を生きなければならない。そう考えると気が滅入ってしまった。
そんなことをぐるぐる考えている私に「まだ具合悪いのか?」と声をかけてくる人がいる。
そっと布団から顔をのぞかせ目を開けると死神だという彼がベッド横に立っていた。今日はフードをかぶっていないようだ。
昨夜はフードに隠れていた髪がさらりと揺れる。
深い紫色の髪だった。
髪は紫色、瞳は紅。自称、死神様。冷静に考えるといろいろおかしい気がする、今更ながら。
彼はそっとベッドの縁に腰をおろす。そこが彼の定位置になってしまったようだ。
「へー、昨日より元気ありそうなんだな」
そしてサイドテーブルをちらりと見て「もうクスリ飲んでないんだ?」と小さくつぶやいた。
「ん、飲んでない」
「そっか」
彼は私の頭をくしゃっと撫でる。
「ラリっていいことなんかないからな」
「ん」
彼は手持無沙汰なように私の髪をいじり始めた。無言で髪をいじられるのはなんだか少し気まずい。気まずさを隠すように私は口を開いてみた。
「……、私、ゆかりって言うの」
「ふうん」
彼は興味なさそうな相槌を打ってきたがめげずに話しかける。
「あなたを何て呼べばいい?」
「俺?」
「ん」
彼は少し考えて「アキ」と小さく言った。
「あの、アキ……?」
「あ?」
「ありがと」
「何が」
「また来てくれて」
「お前、ほんと変なやつな」
私は彼の冷たい指先をきゅっと握る。暖かすぎない彼の指先はとても気持ちがいい。
「そしてガキみてー」
「そう?」
「誰かがそばにいないと寝れねーってガキだろ」
そういわれればそうかもしれない。
私は「そーかも」と小さく笑った。
「ガキはもー寝ろ」
「ん……」
「いてやるから、さ」
言葉通り、アキは私が意識を手放すまでそこにいてくれていた。
が、翌朝、私が意識を取り戻すと、その姿はいつものようになくなっていた。
そのことに少しだけ寂しさを覚えた私は、自分のその感情に少し驚くのだった。
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