【第18話】 苦労人と一ヶ月の記憶(破)
「とりあえず、基礎中の基礎である魔力操作について学んでいただきます。キチンと覚えてくださいね?」
「は、はいっ!」
「いい返事です。では復習から。以前、魔力は二種類存在すると言いましたが、それぞれの名称は覚えていますか?」
「えーと……オドとマナ、でしたっけ?」
「はい、正解です。
「え、えーと……」
考えるもどう答えればいいか悩む歩夢。
そこでライアガルドで教わった方法を思い浮かべる――
「魔法は、呪文を唱え魔力を消費することで発動します。つまり、魔力の多い人間が、より強い呪文を覚えることこそが重要なのです」
――うん、クソだわ。この説明。
自分は魔力が少なくて初級の魔法しか使えなかった。
それをあの魔導士は「所詮無能か……」みたいな顔で露骨に見下していた。
選民思想丸出しで偉そうにご高説してくださった宮廷魔導士を呪いつつ、歩夢は素直に「わかりません」と答えるしかなかった。
「まぁ、あなたのいた世界は魔術がなかったようですし、分からなくて当然ですね」
「す、すいませぇん……」
涙目で謝る歩夢に同情の視線を送るエステル。
気を取り直して、説明を再開。
「では、魔力を血管に流れる血液に置き換えて思い浮かべてください」
「血液ですか?」
「えぇ『体内魔力は血液に宿る』と言われているくらいですから簡単でしょう」
「な、なるほど。それなら思い浮かべやすいかも……」
言われた通り思い浮かべると、なるほど確かに、体内に熱いなにかが流れる“なにか”を感じる。
「そう、その調子です。では、さっきの……“ファイアボール”でしたか? それを発動してみてください」
「あ、はい。じゃあ……」
「ただしさっきのクソみたいな呪文を使わずに」
「えー……」
曰く、ライアガルドの詠唱は無駄が多いらしい。
“体内魔力を炎に変換し塊にして放つ”のにあんな長い詠唱は不要だそうだ。
「そうですね……“炎を”“球状にして”“発射”するのですから《爆ぜろ・炎弾》で良いですね」
「え? そんなに短くていいんですか?」
「逆に聞きますが、これ以上長くしてどうするんですか?」
こちらでは儀式魔術や広範囲に作用する魔術でもない限り、詠唱は必要最低限が基本らしい。
そもそも詠唱はあくまで魔力の暴発を防ぐ安全装置のようなものだという。
「なんなら《死ね!》とか《喰らえ!》とか《くたばれ、キャサリン!》とかでも発動します。先ほども言いましたが最初に大事なのはイメージなので」
「すいません、明らかに人名入ってたけど、聞かない方がいいですか?」
聞かない方がいいんだろうけど、とこれ以上は触れないようにする歩夢。
言われた通り体内魔力を感じ、炎の塊を思い浮かべる。そして――
「《爆ぜろ・炎弾!》」
直後、歩夢の手から火球が放たれ小爆発を起こした。
「できた……」
どれだけやっても上手くいかず、出来ても遅く稚拙でしょぼい威力だった歩夢の魔法。
しかし、今放たれたのは速度威力共に段違いであった。
「やればできるじゃないですか」
ふっ、とエステルが満足げに笑う。
「魔術に最初に必要なもの、それは魔力を感じ取る“感性”です。あなたはそれをキチンと持っている」
褒められ照れる歩夢。そう言えば、こうして評価されたのはいつ以来だろうか?
少なくてもライアガルドにいた頃は、常に見下され、疎まれてきた。
仲の良かった友人の中には歩夢が無能と判明すると手の平を返して離れていった連中もいる。
故に、こうして素直に評価してくれるのは、歩夢にとって久々の感覚だった。
なにより、自分の手で超常の現象を起こしたという高揚感を実感できた。
ライアガルドでは「才能がない」と言われていたのにも関わらず、いつしかなんのために魔法を学んでいたか分からなかった。
次第にトラブルを起こす同級生たちの尻拭いに追われ、魔導書を読むことすらしなくなっていた。
しかし、今は違う。言われた詠唱の意味を考えず、ただ言われるがままに呪文を唱えていた時よりも手ごたえを感じていた。
「では、ウエサカさん、魔術習得のために、これからは感性を伸ばしていきましょう」
「は、はい! 頑張ります! ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします!」
そうなると、俄然やる気が出てくる。熱意に溢れた返事をし、歩夢はエステルに教えを乞う。が……
「……と、言いたいところですが、一ヶ月と言う限られた期限の中では短縮できるところは短縮していかなければなりません」
「へ?」
「幸いにも、ウエサカさんは感性に優れているところがありますので、ここは裏技で感性を高めさせていただきます」
「え、えーと……」
雲行きが怪しくなってきた。
困惑する歩夢を他所に、エステルはその豊かな胸元から一本の瓶を取り出す。
そのエロティックな所作に思春期らしく一瞬ドキリとするも、しかし、取り出した“それ”を見た瞬間、一瞬で恐怖的なドキリへと変わった。
なんせ瓶に貼られたラベルがドクロマークなのだから。
「……なんですか? そのあからさまに怪しげな薬品は?」
「感性を三○○○倍にする薬です」
「感性を三○○○倍にする薬DETH!?」
感度を三○○○倍にする薬は聞いたことあるが、感性を三○○○倍にする薬!?
まったくもって嫌な予感しかしない!
「今からこれを飲んでいただき、感性を高めていただきます」
「裏技ってドーピングかよ!? って言うかあんた僕を退魔忍かなんかだと思ってません!?」
「大丈夫ですよ。これは業界でも認可された薬です。実際、多数の小説家やマンガ家が好んで愛用し、アイディアひねり出してますしね。『んほぉ!』って」
「創作業界も大変だぁ……」
しかし、自分はこんなもの死んでも飲みたくない。
飲んだ日には一発で「んほぉ!」としてしまう自信がある。
なので断固拒否の姿勢を貫かせてもらう。
「あのすいませんが、流石にドーピングはちょっと……」
「ダーリン、カモン」
「OK、ハニー‼」
「どっから現れた!?」
しかし、突如現れた国王・ギースに羽交い締めにされ拘束。
その隙にエステルは瓶の蓋を開けて、にじりにじりと近づいてきた。
「ヤダヤダヤダー! 放して! 死にたくないいいいいいい!」
「大丈夫です。貴方には才能が有ります。一本飲めば確実に魔術師としてのレベルを大幅に上げることができます」
「だからってドーピングまでしたくないです! っていうか、そういう薬品は普通、希釈して投与しない!? なに、原液のまま飲ませようとしてんの!?」
「これこれ、アユムよ……好き嫌いしてると大きくなれないぞ?」
「なに子供の食わずみたいに言ってんの!?」
どっちかって言うとDVのような絵面である。
「ほら、口を開けなさい。大丈夫、副作用などありません。多分」
「多分ってなんだ!? やだやだやだ! 絶対に飲まない、アーーーーーーッ!?」
必死の抵抗も空しく、口に瓶ごとツッコまれてしまう。
飲み終えた直後「んほぉぉぉぉぉぉ‼」と品のない悲鳴が城内に響き渡ったそうな。
しかし、この程度はまだ序の口であった。
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