【第17話】 苦労人と一ヶ月の記憶(序)


 ――拝啓、地球にいるお母さま、お姉さま、弟&妹よ。お元気ですか? 僕は元気です。この世界に召喚されてから一ヶ月、厳しい訓練を終え、明日から魔導学園に通うこととなりました。

 ですが、一つ問題が。

 ……僕、この一ヶ月の記憶がないんです。


「いや、おかしいだろ、普通に」


 額に手を当てて項垂れ、深いため息を吐いた。

 厳密にいうなれば記憶がないというのは正確ではない。

 この一ヶ月で学んだ魔術の知識と戦闘における体さばきはキチンと身についた。所謂、体は覚えている状態だ。


 ……じゃあ、その知識と技術をどう身に着けたのか?

 そこらへん記憶がないのである。


「それで、これからの日程なんじゃが――」

「ちょっと待ってください。この一ヶ月、なにがあったか思い出してるんで」

「え~? 一ヶ月くらいえぇじゃろ~? ワシなんて最近じゃ、一年があっという間に感じるくらいじゃぞ~?」

「それはただの加齢による体感の変化です。僕、まだ若いのでそこまでじゃないです」

「いや、ホントマジでええじゃろ? それより今は今後の日程――」


 なにやら慌てた様子で歩夢に話しかけるギースを他所に、記憶を辿り始める。


(――そう、たしか、僕は精密検査を終えた翌日、王妃様に魔法を披露したんだった)



「それでは、精密検査及び療養期間も終わりましたし、本日より魔術についての基礎を学習していきますので」

「は、はい! よろしくお願いします!」

「では最初に、あなたが以前召喚された世界――ライアガルドの“魔法”を見せていただいてもよろしいでしょうか?」

「え? でも、僕、魔法に適性がなくって……初歩的なものしか……」

「構いません。どういう技術なのかどういう仕組みで発動するのか、口頭の説明ではなく実際に見せていただいた方が理解しやすいので」

「わ、分かりました。それでは……」


 言われて歩夢は、中庭のなにもないところに向かって手をかざす。

 今回、使用するのは初歩的な火属性の攻撃魔法“ファイアボール”である。

 大司教の説明では、初歩的な魔法は属性と合わなくても使えるらしく、これなら無属性で無能な自分でも使用可能……らしい。


 “らしい”と言うのは、実際に試してみてうまくいかないことが多かったからだ。

 二回に一回は不発に終わり、クラスメイトからあざ笑われた記憶を思い出しつつ、呪文を詠唱し始める。


「えーと……“炎の精霊よ、わが魔力に応じ、敵を焼き尽くせ! ファイアボール‼”」


 瞬間、歩夢の掌に炎が渦巻き始める。徐々に球体になったそれは、まっすぐ飛んでいき芝生に着弾。爆発する。


「……どう、ですか?」


 おそるおそる振り返り、意見を求める。

 大仰な詠唱の割に威力もスピードもない。大きさだって、勇弦は人一人焼き殺せるだろう大きさの火球を生み出せたのに対して、自分はソフトボールサイズ。

 宮廷魔導士たちにも酷評されたほどだが……


 不安げに見つめる歩夢の瞳を見据え、エステルは表情一つ変えることなく言った。


「想像以上にクソですね」

「やんごとなき身分の方からでる言葉とは思えねぇ!?」


 無能の自分でも使える初級魔法“ファイアボール”を唱えた結果コレだよ。

 剛速球ストレート発言に歩夢は泣きそうになる。


「でも仕方ないんです。僕の属性は無属性だから、どうしても他の属性魔法とは相性が良くないし……」


 言い訳にも似た言葉を無意識に呟く歩夢。

 だがエステルはそうじゃないと首を振った。


「私がクソだと言いたいのは、この程度のことを“魔法”と呼べるライアガルドの文明の低さです」

「世界規模のダメ出し!?」

「えぇ……可愛そうに。クソの下でクソみたいな技術を学んだ結果、量産型のクソにしかなれなかったなんて」

「王妃様!? 下品が過ぎますよ!?」

「ですが、安心してください。今から私があなたに魔術の神髄をお教えします。そうすればクソから肥料になれます」

「まず、人間扱いしてくれません?」


 あんまりにも辛辣な評価にツッコむ歩夢であった。

 こうして魔術の習得が始まったのであったのだが…………

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