【第16話】 三者と思惑


「――それでは勇者様、綾音様の説得はしばらく様子を見ると言うことですね?」

「あぁ! 今、綾音に残酷な現実は見せられない! もし、本当のことを言えば心が壊れてしまう! そう言っているのに、香澄は……‼」

「大丈夫ですわ、勇者様。私は勇者様を信じております……‼」

「モリガン……ありがとう……‼」


 その頃、勇者である勇弦はベッドに腰かけ、一人の少女と話していた。

 少女――モリガン・グラーニアは聖神教団から派遣された聖女で、勇弦のカウンセリングを

担当をしている。


 夕日のように赤い髪を腰の長さまで伸ばし、晴天の空のような青い瞳の美少女は魔族による虐殺の映像を見せつけられ精神的ダメージを負った勇者たちに親身になって接し、今では最も信頼される存在となっていた。


 罪悪感に押しつぶされそうになっていた勇弦も、今ではすっかり元の調子を取り戻し、クラスメイト達を鼓舞して訓練を再開している。そのため、取り巻きたちは彼女に嫉妬こそしているが、恩義も感じ、今ではすっかり仲間として受け入れていた。


 ――そう、まるで歩夢の穴を埋めるかのように。


「勇者様……立場上、私はあなた方に戦いを強いる身です……本来ならこうして語り合うことすらおこがましい……ですが、祈らせてください。あなた方の未来に幸があるように……」

「あぁ! 俺は魔王を倒す! そして、魔族を滅ぼし、殺された人々の無念を晴らすんだ!」


 そう言って正義に燃える勇弦。

 だが、彼の姿は「魔族を憎むことで、無実の罪で歩夢を追放した事実」を無かったことにしようとしているようにも見えた。


 事情を知れば滑稽な道化にしか見えない勇弦は、モリガンが暗い笑みを浮かべていることに気づくことはなかった。



「――以上、勇者たちは聖女モリガンや聖神教団から派遣された者たちの手で徐々に立ち直っております。これならば聖都にて行われる訓練にもついていけるでしょう」

「当たり前だ! でなければ困るのだぞ!」


 別室にて、モリガンに慰められ情熱を取り戻した勇者の姿を自慢げに語る大司教。対して玉座に座っているスタン・ダード・テンプレート八世は怒鳴り声を上げた。


「そもそも、貴様らの口車に乗った我が愚かだったわ! なにが『大陸の覇者にして差し上げます』じゃ! 貴様らの所為で王都は陥落! 騎士団も壊滅的な被害を受けたのだぞ!?」


 凄まじい剣幕で攻め立てる王に、大司教は「も、申し訳ございません……」と平謝りするが、罵詈雑言が止むことはなかった。


 そもそも、今回の一件は聖神教団のタカ派による独断専行が原因だった。

 先手必勝と勇者召喚を行い、武力により魔族を殲滅。

 その後は勇者たちをうまい具合に言いくるめ、大陸を統一。

 最終的には未知なる大陸にまで手を広げ、聖神教団の力を強めるつもりだった。


 しかし、現実は魔王軍による王都への奇襲・制圧。

 勇者たちの士気も下がり、騎士団の中には自分たちに不信の目を向ける者も出始めた。

 特に最近では騎士団の若手幹部が反乱を企てているという噂も流れている。


 このままでは名声が地に落ちかねない。

 故に大司教は一計を案じた。


「ですが、これはチャンスです。この状況から逆転する手段を我々は既に打っております!」

「……あの“聖女”とやらもその手段の一環か?」

「えぇ! 彼女の手により勇者・勇弦は奮起しております! それに同調し他の勇者たちも徐々に気力を回復しております!」


 聖女と称して連れてきたモリガンは元々、勇者に対してのハニートラップ要員。

 物語のように勇者を煽て、自分たちの管理下に置きやすいようにし、最悪の場合、暗殺するために訓練を重ねてきた工作員だ。

 本来なら魔王討伐の際に同行させる予定だったが、今回の件を受けて予定を前倒しし、接触させたのだ。


 この判断は正しく、現在では元々の仲間であったように受け入れられている。

 そして、もう一つ、大司教は奥の手を持っていた。


「そして、もう一つ朗報があります。彼らに“聖痕ステグマを刻む許可を得ました」

「!? そ、それは誠か!?」


 その報告を耳にした途端、王の態度は一転。

 まるで新しい玩具を手にした子供のように上機嫌となった。


「えぇ……真の勇者にしか刻まれることはない聖痕を得た勇者に最早敵はなし。いかに魔王軍が策を練ろうと、正面から対抗できます」


 その言葉に国王は息を呑む。

 そうだ、まだこちらには勇者がいる。

 死んだのは小賢しい無能だけ。

 ならば、まだ逆転は不可能ではない。


「う、うむ、ならばその通りにいたせ。出資は惜しまん。代わりに我を大陸の覇者にせよ!」

「は! 御意のままに!」


 一度、潰えかけた大陸の覇者に至る道を再び示され、国王は興奮止まず、大司教の言うままに動く。


 ――まずは惜しまぬ出資を民からどう絞りとるか。


 そんな事を考えながら、頂点へと上り詰めた自分自身の姿を妄想するのであった。




 一方その頃、別世界・グランアステリア王国。


「いや~一ヶ月の訓練期間を終え、ようやく明日からお主も学校に通うことになったのぉ」

「そ、そうですね……」


 バシバシと背中を叩き、感慨深げに言う王に歩夢は相槌をうつ。


 この世界に来て今日で一ヶ月。

 魔術の勉強をしながら様々な事を学び、いよいよ明日からは学園生活。

 魔導学園にて本格的に帰還方法を探すこととなるのだが、一つ問題がある。


(……僕ってこの一ヶ月、なにしてたっけ?)


 ……歩夢はこの一ヶ月の記憶を失っていた。

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