【第15話】 転移者たちのその頃(4)
――あの凄惨な光景を見せられてから一ヶ月が経過した。
当初、自分たちの目の前で人が死んだこと。自分たちの所為で人が死んだこと。
自分たちの存在が人を死に至らしめること。その三つの現実を突きつけられ、クラスは未だに意気消沈していた。
大司教の要請で来た神官やシスターたちがメンタルケアを行っているが、効果は芳しくない。
それでも香澄や秀一のように最低限度の生活を行えるものぽつりぽつりと増えだした直後、国王からある一つの勅命が下された。
「……教団の総本山“聖なる都・セイナール”にて再び訓練を開始する、か」
まったく、都市の名前もふざけてるが、それ以上にふざけた命令だ。
「あのクズども! “これ以上、魔王軍の思い通りにはさせられない! 勇者たちには一刻も早く力をつけてもらわなければ困る! それが亡き兵士たちへの弔いにもなるのだ!”なんていってるが……」
「実際は国家の面子を守りたいだけなのよね、きっと……」
王都を制圧され、追放したとはいえ勇者の一人を処刑され、あまつさえゲームのコマ程度の認識にしかされていないと言われ、その顔は泥まみれなんてものじゃない。
「現実問題、私たちの中で“本当の意味で戦える”のは私とあんたと数名だけ……一応、国の騎士団も戦ってくれるそうだけど……」
「魔王軍がそれを待ってくれるわけねぇよな……」
あの放送後、密偵の集めた情報を教えてもらったところ、どうやら魔王が退位するというのは事実らしい。
シェリスが省いた説明とこの世界の知識を元に、話を整理すると、まず魔王軍には魔王を頂点にチェスのコマを模した階級があるらしい。
最高司令官であるシェリスと“四天王”と呼ばれる有力候補【キング】が五人。
その下にいる四天王の側近たち【クイーン】
その後【ビショップ】【ルーク】【ナイト】【ポーン】と続く。
その中で、魔王の後継者争いに参加できるのは【ルーク】からだそうだ。
だが【ナイト】【ポーン】と言った魔族たちも、後継者になるために、手柄を経て昇進すべく士気は高い。
対してこちらは件の放送の所為で士気が高いとは言い難い。
他の勇者召喚国と連携しようにも、どうやら各地で魔族によるテロが相次いでいるらしく、彼らはその対応に追われているらしい。
「それに綾音も、ね。だって、あの娘は今……」
「あ、香澄ちゃん! いたいた!」
噂をすれば影。
振り向くと綾音がパタパタと手を振りながら、こちらに駆け寄ってきた。
「あ、綾音……どうしたの……?」
「ほらこれ! 香澄ちゃん、部屋に忘れてったよ!」
どこかぎこちなく尋ねる香澄に綾音は普段と変わらない態度で、一冊の手帳を差し出した。
先ほど部屋に行ったときに忘れていったらしい。
受け取り「ありがとう」と呟くと「どういたしまして」と微笑んだ。
「ところで香澄ちゃん」
「な、なに?」
「“歩夢君”見なかった? 図書館に行くって言ってまだ、戻ってきてないんだけど?」
そう言って、可愛らしく首を傾げる綾音に香澄の顔は引きつった。
歩夢が奈落へと落とされたあの日以来、綾音は意識を失っていた。
ショックが大きかったのだと医者に言われ、昏睡状態に陥った彼女は三日間眠り続けた。
しかし、看病の甲斐あって、四日目の夕方意識を取り戻した。だが……
「みんなありがとう! 看病してもらって! “歩夢君”も心配かけてごめんね!」
彼女は意識を取り戻し開口直後、笑顔でそう言ったのだ。
以来、彼女はまるで“歩夢がその場にいる”かのような振る舞いをするようになった。
曰く「精神に深刻な傷を負った結果、心を守るために幻覚を見ている」らしい。
香澄も何度か現実を受け入れさせようと説得にしたが、それに待ったをかける存在が現れた。
勇弦である。
「今はそっとしてあげてくれ! 真実を知ったら綾音の心は今度こそ完全に壊れてしまう‼ 時間が癒すまで、上坂がいるように振る舞ってくれ!」
当然、これには香澄も激怒した。
言っていることは最もだが、結局のところ、彼は自分が責められないようにワザとこの状況を放置しようとしているにすぎない。
なんせ、歩夢を追放した張本人だ。どんな罵倒を受けるか分からないのだから。
そのことで激しく攻め立てるも聖剣をのど元に突き付けられ、結局押し黙るしかなかった。
「これは命令だ! 勇者の僕の言うことが聞けないのか!?」
――ついに“命令”ときたか。
最早、怒りを通り越し呆れてしまう。
案の定、取り巻きたちは勇弦のことを擁護し始め、また、歩夢に罪を着せた連中も事実の発覚を恐れ、現状維持に賛成した。
結果、クラスは真っ二つとなり、団結とは程遠い状態になってしまった。
「さ、さぁ……私は見てないわ……まだ、図書室にいるんじゃないかしら?」
「そっか。ありがとう! 私も行ってみるね」
綾音が立ち去るのを見届けると同時に、香澄は自分の情けなさに涙が込み上げてきた。
「……っ! 結局、あたしも、あいつと同類なのよ!」
綾音の為と言いながら、結局事態を打開するための方法を見つけられず、反吐の出るような手段しか取れない。
そんな自分に自己嫌悪しすすり泣く香澄を前にして、秀一はただ唇を噛みしめることしかできなかった。
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