【第5話】 苦労人と処刑
「どうも初めまして、異世界の勇者様♪」
なにもない空間から現れたのは、サキュバス風の魔族だった。
豊満な胸をさらけ出さんばかりの扇情的なドレスに身を包んだ、妖艶な女魔族は、歩夢を見て「ふぅん……」と小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「あ、あんたは……?」
「あぁ、自己紹介が遅れましたね。私、魔王様の側近、魔王軍総司令官“央魔将軍”シェリスと申します。以後、お見知りおきを♪」
芝居がかったように、仰々しく首を垂れる魔族――シェリス。
その際、この非常事態にも関わらず胸の谷間に、視線が釘付けになってしまう。
……だって仕方ないじゃん。男の子だもん。
「そ、総司令官がいったい、なんのようだよ?」
我に返り男の本能を抑え込みながら、歩夢はシェリスに尋ねる。
声は震え、明らかに虚勢だと分かる態度に、シェリスは肉食獣のような笑みを浮かべ……
「簡単な話です。公開処刑を行う前に言い残したいことはないか聞きに来ただけですよ」
刹那、背筋が凍るほどの悪寒に支配される。シェリスの笑顔はまるで、少女の様な無邪気な微笑みだが、氷のように冷たかったのだ。
「……とは言え、私も鬼じゃありません。魔族ですがね♪ 条件付きで見逃して差し上げてもいいですよ?」
「じょ、条件……?」
「えぇ、あれをご覧ください」
シェリスが指さす方向を見ると、空中に映像が映し出されていた。それは……
『な、なんだこれ!? なんか映ってるぞ!?』
『あれ? 上坂? 上坂じゃね!?』
『上坂くん!?』
『なんで、魔王軍に捕まってんの!?』
城にいるはずのクラスメイトの姿だった。
「えぇ!? なにこれ!? どうなってんの!?」
「ふふふ……我々の怨敵・勇者の処刑ですもの。当然、全世界に生放送中ですわ♪」
「ドッキリ! 大☆成☆功!」とピースサインをするシェリス。
これで、勇者たちの士気を挫くつもりだろうか?
「ちなみに、現在、あなたのお仲間がいるのはスタンダート教国の副都です。侵攻の際に転移魔法で逃げ出したようですわね」
聞きたくなかった新事実。
人が奴隷オークションにかけられてる時に、真っ先に逃げ出したのか……
『う、上坂君を離してください! お願いします!』
どうやら通信可能らしい。
不安げな表情を浮かべるクラスメイト達の中で、綾音だけが一心に歩夢の身を案じていた。
『そうだ! 人質なんて卑怯だぞ!』
それに便乗するように勇弦が言う。
正義感を爆発させ、聖剣を取り出すとこちらに向かって突きつけた。
「まぁまぁ、皆様、落ち着いてください。こちらにいる人質を返してほしければ、こちらの要求を呑んでいただきましょうか?」
『よ、要求だと!? なんだ、それは!?』
「降伏し、私たちの軍門に下ってください」
まるで、お店でパンでも買うかのようなノリで、とんでもねぇこと言ってくれた。
自分が店員だったら思わず、おまけしちゃうくらいの可愛らしい笑みだが、あまりにも予想外すぎだ。
途端にクラスメイト達に動揺が走る。
『こ、降伏って……』
『で、でも、上坂って追放されてるし、俺らには関係ないだろう……?』
『でもでも、死なれたら……』
流石に目の前でクラスメイトが処刑されるのは見たくないようだ。
同時に追放(冤罪)された自分の為に、軍門に下るのはちょっと……と考えてる連中もいる。
途端に騒ぎ出す中、綾音が声を上げた。
『あ、歩夢君を放して! 代わりに私が人質になります!』
「あ、愛川さん……」
自分の身を省みずに、心配してくれる人間がこの世に何人いるだろうか?
あまりの天使っぷりに涙が出てくる。
「いえいえ、人質はこれ以上いりませんよ? 降伏するか否か。どちらか二択でお願いします♪」
しかし、そんな願いを一刀両断。
シェリスは「どうする? どうする? あなたはどうする~?」と微笑みながら映像越しに尋ねる。
そんな人を小馬鹿にする態度に遂に勇弦がキレた。
『ふざけるな! 卑怯で卑劣な魔族め! 俺たちは降伏なんてしないぞ‼』
(ちょっと!? 少しは考えてくれよ!? 人質がいるんだって‼)
こっちの事情などお構いなしに怒鳴る勇弦。
歩夢の顔色はみるみるうちに青くなる。
「ほう……それはつまり人質はどうなってもいい、そういうことですね?」
『やれるものならやってみろ! 俺はお前を許さない!!』
「あぁ、そうですか。許さないでもらって結構です」
吠えるだけの勇弦をあざ笑い、シェリスは指をパチンと鳴らす。
すると、崖の上にいた魔族が斧を振り下ろしロープ切断。
「のおおおおおおおおおお‼」
「交渉決裂☆残念でした~♪」
哀れ、歩夢はそのまま奈落へ落とされる。
『歩夢君‼』
映像の綾音が手を伸ばす。
届かないと分かっていても、じっとしてはいられなかったのだろう。
しかし、現実は非情。
歩夢は地面のシミと化す。
「え?」
――筈だった。
すさまじいGに意識を失いそうになりかける歩夢の目の前に突然、金色の魔法陣が出現した。
教室に現れた魔法陣と似たそれは、輝きながら歩夢を飲み込み、そして――
「オッパイボインボイン‼」
……気がつけば目の前に変態がいた、と言う訳である。
こうして冒頭へと至るわけだ。
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