【第4話】 苦労人と確保


 ――拝啓、天国にいる父さん、地球に残してきてしまった母さん、姉さん、弟&妹よ。僕はもうダメです。


 ギャーギャー遠くでカラスが鳴いている。

 頭上にはハゲタカだかハゲワシだかが旋回している。

 死へのカウントダウンが近づいているのを、ひしひし感じる今日この頃。


「ドウシテコウナッタ……」


 現在、歩夢は切り立った断崖からロープで簀巻きにされて吊るされている。

 その姿、さながらミノムシのようだ。


 そして、下は深淵の如き闇が広がっている。

 落ちたら絶対、助からない。


「ホント、ドウシテコウナッタ……」


 死んだ魚のような目をして呟いた。




 あの後、魔王軍によりオークション会場は血の海と化した。

 観客は全員、魔族により問答無用で惨殺された。


「に、逃げろ! このままじゃ、巻き込まれる!」

「隷属の首輪も外れた! 今がチャンスだ!」


 奴隷商人の首と胴体がおさらばしたことで「奴隷を支配する」でお馴染みのマジックアイテムが効果をなくす。

 ここぞとばかりに奴隷たちは逃げ出した。

 歩夢も便乗して逃げる。


 ドカン! ドカン!

 至るところで爆発が起きる。

 どうやら、この国は本格的に攻められているようだ。


「まさか、願いが現実になるとは……」


 偶然って怖い。歩夢は身震いした。


「と、とにかく非難しないと……!」


 このままでは、爆発に巻き込まれて焼死体になるか、魔族の手で惨殺死体になるかの二択しかない。

 必死に走っていると、出口が見えてきた。


「やった! これで逃げられる!」


 そう思って、歩夢は一気に速度を上げた。


「おかあさん! しっかりして!」

「私に構わず、早く逃げなさい!」

「やだ! おかあさんといっしょにいる!!」


 ……途中、瓦礫に押しつぶされ、身動きが取れなくなった母親と助けようとする幼い娘を発見。

 獣人族だ。白い猫耳と尻尾がついてる。

 獣人は人間族からも魔族からも虐げられている種族だ。

 どうやら逃げる途中に爆発に巻き込まれたのだろう。


(……知ったこっちゃないね。僕この世界、嫌いだし)


 だからどうなってもいいと、歩夢は再び、走り出す。

 ここに至るまでの不幸の連続で、闇落ちしてしまったようだ。


「おかあさんの言うこと聞きなさい! あなたは生きなきゃダメなの!」

「いやだ! おかあさんといっしょじゃなきゃいやだ!」


 ……気が付けば立ち止まって、親子をチラチラ見ていた。

 どうやら、わずかに人の心が残っていたようである。


(まぁ……世界が嫌いなのと、あの親子を見捨てるのは別問題だし……流石に見捨てるのは後味悪いし……)


 心の中で天使と悪魔の戦いのゴングが鳴った。

 序盤は悪魔が優勢だったが、次第に天使がマウントを取り始める。


(いやいやいやいや……しょうがないじゃん。かわいそうだけど、自分の命の方が大事だし……)


 しかし、悪魔も負けていなかった。

 非常事態、緊急避難、生存本能……ありとあらゆる凶器を使い天使の顔を血に染める。


「待ってて! 今、たすけてくれる人、さがしてくるから!」

(こっち来るなよ~……絶対来るなよ~……)


 さっさと逃げればいいのに、なぜか出来なかった。

 天使の反撃が始まったのだ。

 そうこうしてるうちに、猫耳幼女が歩夢を発見。

 顔をぐしゃぐしゃにして、歩夢に泣きついてきた。


「おねがいします! おかあさんをたすけてください!」




「ド根性ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼」


 火事場のバカ力を発揮して瓦礫を退かす。

 試合結果は天使のKO勝ち。悪魔はマウントに沈んだのだ。

 結局、この男に困った人を見捨てることなど出来なかったのだ。


「あ、ありがとうございます!」

「おにいちゃん、ありがとう!」

「は、はやく、逃げて! ぜぇ、出口、すぐそこだから!」


 肩で息をしながら、親子を逃がす歩夢。

 瓦礫の撤去で力を使いすぎたのだ。

 まぁ、人命救助が出来たのだから、良しとしよう。


「よし……僕も、早く逃げないと……」

「おっと、こんな所に人間がいやがったぜ‼」


 しかし、魔族に見つかってしまった。

 現実は非常である。


(うそーん! 逃げ遅れた!)

「ん? こいつ、黒目黒髪だぞ!? 召喚された異世界人じゃねぇか?」


 しかも勇者であることまで速攻でバレた。最悪だ。


「はい、確保ー! 異世界人、ゲットだぜー!」

「捕まったー!」


 んで、あっさりと捕まった。

 緑色の鬼のような魔族に羽交い締めにされ、隊長格らしき魔族の下に連行される。


「隊長! こいつ、異世界人ですぜ! ブチ殺しましょう!」

「でかした! 待ってろ。今、ポイントを確認する」

「え? ポイント? ポイントってなに!?」


 不穏な単語にビビりまくる歩夢を他所に、隊長魔族は右目につけられた片眼鏡モノクルのボタンを押した。

 魔王軍というよりフリー〇軍である。


「勇者ポイント【5】ち、ゴミが!」


 マジで〇リーザ軍のようである。


「どうしやす? 5ポイントでも入れときやすかい?」

「いや、そういえば央魔将軍殿が見せしめに一人くらい捕らえてろって言ってたな。こいつでいいや」


 そう言うと、魔族は歩夢を簀巻きにして拘束。

 都市を蹂躙し終えた後、歩夢を檻に入れてどこかへ連行していった。


 途中、城が爆発し崩れ落ちるのが見えた。

 絶望感に支配されたまま、歩夢は魔族たちに連れ去られた。

 そして、なんやかんやの内に、吊るされたのだった。


「ホント、僕、どうなるんだろ……?」


 見せしめと言っていたし、殺されるのだろうか?

 嫌だ、死にたくない、助けてほしい!

 そんな事を願っていると、不意に目の前の空間が歪み、なにかが現れた。

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