第7話 『あそび』

☆★☆


「うぁ~……なんでぇ~……?」


「ふわっふわだぁー」


「そーじゃろそーじゃろ?」


「むむむ……これは勝てませんね……」


「……」


 トモエ、シマウマ、ヌイ、カラカルの四人。

 何故だか、ダチョウを取り囲んで手触りを確かめていた。


「えへへー、ふわふわー」


「うぅ~、くすぐったいよぅ~」


 蕩けた顔で感触を楽しんでいるトモエ。

 くすぐったさに身を捩るダチョウ。


「なかなか癖んなるじゃろー?」


「んー、眠くなっちゃうー……」


 今にも眠りそうな声。


「……」


「カラカルさん?」


 反応の無いカラカルを訝しむヌイ。


「……っは!」


 いつの間にか、うつらうつらと船を漕いでいた。


「な、な、なによ!」


 急いで取り繕うも、もう遅い。


「……寝ちゃっても大丈夫ですよ?」


「う、う、うるさいわね! ……くぁ……」


 あくびをかみ殺し、抵抗を試みる。


「あまり無理しなくても……私が見てますから、ね?」


「……んぅ……」


 ヌイに促され、しぶしぶ眠気に屈するカラカル。


「……ぃざとなったらぉこしなさぃょぅ……」


 その場にズルズルと、崩れ落ちるようにうずくまる。


「……すぅ……すぅ……」


「あらら」


「もう寝ちゃった~」


 よほど眠かったのか。


「……え、だ、大丈夫なの?」


「ええ……きっと、頑張っちゃったんでしょう」


 そっとカラカルの頭を撫でるヌイ。


「心配せんでよかよか! 普段じゃったら寝とる時間じゃけんな!」


「そうなんだ……結構お寝坊さんなの?」


「いんや、そいじゃのうて……『やこーせー』たらなんたら言うちょったな!」


「私達とは逆に~夜のあいだ起きてて~、昼のあいだ寝るんだって~」


 トモエの疑問に答えるシマウマとダチョウ。


「へー、じゃあ今は夜更かししたみたいに……ん? 朝、更かし?」


「ふふっ、ですね」


「そだね~、だからカラカルちゃんと遊ぶときは、間を取って夕方なんだ~」


「じゃけん、どっちか言うたら早起きさんじゃな!」


「あっ、それで……」


 納得のいったトモエ。


「そいでのー、昨日ん日暮れにうちとこまでこいつ運んできよってん。んで、セルリアンに喰われよったけんが見ちょってやってくい、言うて置いてったんじゃ」


 早口で言いながら、ダチョウの頭をガシッと。


「せやにこんやつ、そんまま朝まですーこらすーこら寝かぶりよってからに!」


「うぁ~、うぁ~……」


 両手で左右からグリグリと。


「んで起きたこんやつに事情ば話しちゃったら、お礼ば言わななーいうことんなったったい。そんしたらば、また様子見ぃにカラカルが顔見しての」


 気が済んだか、パッと手を離し解放してやる。


「うぁ……ふぅ……それでね~、じゃあ一緒に行く~ってなったの~」


 頭をさすりながら言うダチョウ。


「うちも付いとるけんが大丈夫じゃーち言うたんじゃが……」


 カラカルを見つめるシマウマ。


「心配じゃったら、心配じゃーち素直ん言うたらええのにのー。こんやつはいつまでたってんいっちょん素直んならん!」


「優しいよね~、素直じゃないけど~」


 倣って、ダチョウも。


「ほんと、素直じゃないですもんねー」


 そしてヌイも。


「でも、頑張りやさんですから」

「きっと夜の間じゅう、見回りをしてたんだと思います。誰か、食べられてないかーって」


 優しく、撫でながら。


「頑張りやさん、ですから」


「……そっかぁ」


 そしてトモエも。


「偉いね、とっても」


 皆、優しい目で。


「ふはは! こげん話、起きとう時んしてみい! えらい目ん合うど!」


「ふふっ、とーっても照れやさんですもんね♪」


「照れ隠しがへたっぴだよね~」


 褒めているのかいないのか、或いは両方か。


 皆の知るカラカルを、トモエに話す。


「あははっ!」


 愉快そうに、笑い合う。


 その真ん中で、カラカルだけはすうすうと。

 

 不機嫌そうな顔で、寝息を吐くばかりだった。




☆★☆




「そいじゃあ、なんばして遊ぶとね!?」


 まだ緩い日差しの中、シマウマの声が響く。


 眠っているカラカルの横で騒ぐわけにはいかないので、とりあえず『小屋』の外に出た四人。いや、五人か。


 トコトコと、トモエに付いてきたビスも一緒だ。

 

「は~い! かけっこしたい~!」


 すぐさま、ダチョウの手が挙がる。


「いかん! お前昨日そいでやらかしたばっかじゃなかとや?!」


「え~、気を付けるよぅ~」


「そいに、うちはともかく他ん二人では勝負にならんばい!」


 バッサリと切って捨てるシマウマ。


「あ、トモエは走るん速かとや?」


 言いきった後から聞く。


「ぅえ?! わ、分かんないけど……多分、そんなには……」


「うーん、ダチョウさん相手はちょーっと厳しいですねぇ」


 苦笑いのヌイ。


「むしろ、ダチョウさんに勝てる方のほうが少ないですし?」


「えへへ~、すごい? すごい?」


「はいはいすごかすごか、ちゅうわけでかけっこは無しな!」


「はうぅ!」


 やはりすげなく却下される。


「じゃあ、狩りごっこはいかがです?」


 今度はヌイの提案。


「駄目じゃい! お前、あん狩りごっこんうまいカラカルんやつでん、いっちょん勝てんて地団駄踏みようとに!」


「ええー? 捕まるほうはともかく、捕まえるほうはそうでもないですよー?」


「勝負がつかんばい!!」


 天を仰ぐシマウマ。


「じー……」


 予想していたか、却下されても気にした風もなく。

 意味深な視線をトモエに向けるヌイ。


「な、なに……?」


「いえね、こういう時『ヒト』はどんなふうに遊ぶのかなーって?」


「あそび……遊びかぁ……」


 腕を組んで考えるトモエ。


 なにか、みんなで出来る遊び方……


 あ!


「『おにごっこ』はどうかな?!」


「おに、ごっこ?」


「なぁにそれ~?」


「狩りごっこ、とは違うんです?」


「『おにごっこ』っていうのはね――」


 簡単に『おにごっこ』を説明を行った。



☆★☆



「なんじゃ、みんなでやる狩りごっこみたいなもんじゃの!」


「隠れちゃダメ~なんだぁ~」


「あまり散らばるとあれなので、『ここ』が見える範囲でしましょう!」


 『小屋』を指さすヌイ。


「うん! じゃあ最初の『おに』はー」


 ガサゴソ、かばんを漁る。


「これで決めよう!」


 取り出したのは色鉛筆の一本。赤色。


「これが倒れた先にいた子が『おに』ね!」


 そう言ってしゃがみ、トンと立てる。


「ほら、みんな寄ってー」


 チョイチョイと手招き。


「あはーっ、もう面白いです!」


「早いわ! まだ始まっちょりもせんに!」


「ほえ~」


 鉛筆を真ん中に、丸く。


「ほら、ビスも」


 再度、チョイチョイと。


「……」


「びすぅ? 誰んこつじゃい?」


「ほら、そのボスのことです。『あだな』っていって、『ヒト』は別の呼び方を付けるんですって!」


「お~、よく見たら眉毛~」


 ビスを見る一同。


「……ゴメンネ」


 申し訳なさそうに。


「ボクハ、カマワナイカラ、アソンデオイデ」


 寂しそうに。


「そんなぁ……」


 悲しそうに。


「トモエさん」


 ポンと肩に手を置くヌイ。


「仕方が無いんですよ、きっとビスだって……」




「のう、ダチョウや」


「なぁ~に~?」


「今、ボスんやつ、喋らんかったと?」


「喋ったね~」


「お前、いままでボスん声、聞いたこつあったと?」


「無いね~、初めてだね~」


「……そいやったらの、たまげたー、やらびっくらこいたー、やら言うてええんじゃないと?」


「あぁあ~! ボスが喋った~!! びっくり~!」


「おっっっっそいわ!!!」


 ダン! ダン! と力強い地団駄。


「なんぼなんでん遅いわ反応が!!」


「え~、シマウマちゃんだって黙ってたじゃない~?」


「一緒にすなや!! たまがりすいて声も出らんかっただけじゃ!!」


 ゼイゼイと息を切らすシマウマ。


「ぜー……はー……まあええわ!」

「しょんなか! トモエ! やっど!」


「うー……でもぉ」


「出来んち言いよるんに無理矢理さすもんでなか! 諦めい!」


 バッサリと。


「ぁい……ごめんね、ビス……」


「……」


 謝るトモエに無言で応えるビス。


 気にするな、と言うように耳をピョコピョコと。



「……よし、じゃあいくよ!」


 気を取り直して、もう一度。


「えいっ」


 手を離れた鉛筆が、ゆっくりと倒れる。


 その先には、


「お~、私か~」


ダチョウが。


「捕まえたらいいんだよね~?」


「うん! 10秒数えてからね!」


「分かった~。い~ち、に~い――」


「さあ逃げて!!」


 ダッと駆け出すトモエ。


「おっしゃあ!!」


 負けじとシマウマ。


「さーて、どうなりますかね?」


 最後にヌイが。


 方々に散って行く。




「――きゅ~う、じゅ~!」

「さて~、誰を捕まえよっかな~」


 ザッ、ザッ、と地面を搔く足。


「シマウマちゃんは難しそうだから~、イエイヌちゃんかトモエちゃんかな~」


 グググッと溜めて、


「それ~!!」


ドッ、と走り出す。


 急発進、急加速。僅か数歩でトップスピードに。

 のんびりとした雰囲気ごと置き去りにするような、鋭い走り。


 巻き上げられた土煙が一直線、トモエの方に向けて伸びていく。


「っ?!」


 異変に気がついたトモエ。


 想像の埒外のスピードに、唖然。速すぎる。


 初っぱなからあっさりと捕まるわけにはいかない。


 咄嗟に進行方向を横へずらす。


 ドドドッ! と近づいてくる地鳴り。


「おっとっと~」


 スカッと。


 狙いを外されたダチョウ。


 勢い余ってそのまま通り過ぎて行く。


 が、


「ん~、も~いっかい~!」


グインと大カーブ。スピードを殺さず、むしろ加速しているようにさえ見えるほど。


 飛べないなどと誰が言ったか。


 その姿は正しく、地に足を付いて飛んでいた。



「うあ! うわあ!!」


 予想外の事態に動転するトモエ。


 侮っていた訳ではない。

 しかし、これほどとは。


 このままではすぐに捕まってしまう。

 狙いを誰かに移させなければ……


「っ!!」


 シマウマ。駄目だ、遠い!


 ならば、


「こっち!」


ヌイの方へ!


「まぁ~てぇ~!」


 ドドド、と迫力ある地鳴りとは裏腹に間延びした声。


「ひぃっ! はあっ!」


 そのギャップに目を白黒させながらも、懸命に走る。


「あっはー! なるほどー!」


 迫る二人を見て、『おにごっこ』を理解したヌイ。


 『おに』との対決だけではない。

 捕まる側同士の対決でもあるのだと。


「いいですねぇ! 面白い!」


 闇雲に距離をとっても孤立するだけ。


 スピードでかなわない以上、狙われ続ければ長くは持つまい。


 で、あるならば……


 付かず離れず、シマウマの方へ!


「あっはは!」


 どうやって狙いを変えさせるのか。


 それは恐らく……


「……っえい!!」


 トモエの、全力疾走からの急ターン。


 タイミングを見計らったそれにより、ダチョウはまたも躱される。


「あぁれ~?」


 今度こそと思ったのに。


 しかし、ふと前を見れば逃げて行くヌイの背中が。


 前のヌイと後ろのトモエ。

 どちらを追うが易いか。


「今度はこっち~!」


 予想通り、思惑通り。

 狙いをヌイへ。


「イエイヌちゃ~ん!」


「やはり!」


 さて、どう捌くか。

 同じ手は通じないだろう。


「うお!! なんでこっち来るんじゃー!?」


 遠巻きに流していたシマウマだが、二人の、いやダチョウの接近におののく。


「とうっ!」


「あぁ~?! よけちゃダメ~!」


 途中、飛びのいてダチョウを躱すヌイ。


 ギリギリいっぱいだったトモエに比べ、少しは余裕があるか。


 しかし、それでもダチョウの速さは圧倒的だ。

 やはり、躱せてあと二度か一度か。


「うおおお!! こっち来なや!!」


 ダチョウに負けず劣らずな力強い響きを立て、シマウマが加速する。


 普段競り合っているだけあり、決して見劣りはしない走り。


「!」


 一つ、閃く。方法を。


「あっはー! さっすがシマウマさん、速いですねぇ!!」


 それは言葉。シマウマ越しの挑発。


 離れていくシマウマの背に向け、よいしょを入れる。


「む~?!」


 走りへの自負ゆえに、聞き捨てならぬダチョウ。


 己の速さで追い詰めつつある相手が、別の速さを褒めるなど!


「私の方が速いも~ん!!」


 ドッ! 強く踏み込み、からの方向転換。


 効果覿面、狙いをシマウマへと変えるダチョウ。


 もしただのおしゃべりの場であったなら、ここまで露骨な誘導に乗りはしなかっただろう。

 しかし今は、


「負っけないんだから~!!」


「んなぁにー!!?」


走りが彼女の判断力を奪っていた。


「んがあぁー!!!」


 虚を突かれたシマウマ。

 惜しむらくは他の二人よりも小回りが利かないことか。


 そして……


「つっかまえた~!」


「っかー! やられたばい!!」


 数秒後、あえなく捕まってしまった。



「じゃあ~、10秒数えてからね~!」


「おう! ……ん?」


 『おに』の交代。

 走り去るダチョウ。


 さて、と周りを見回した時、倒れているトモエに気付いた。


「トモエさん?!」


「どがんしたと?!」


「えっ?! なに~?」


 慌てて駆け寄る三人。


 いち早く駆けつけたヌイが介抱を。


「大丈夫ですか?!」


「ぜひっ……ぜひっ……だい……じょぶ……」


 完全に息の上がったトモエ。

 どうやら全力を出しきってしまったらしい。


 対して、まったく息に乱れのない三人。

 意外そうな声で、


「なんー? もうへばったとやー?」


「え~、まだ早いよぅ~」


まだ足りぬ、と言わんばかり。


「……さ、こちらに」


 ゆっくりとトモエを起こしてやり、『小屋』の前、ビスの傍まで肩を貸して連れていく。



「はあ……はあ……」


 段々とではあるが、呼吸が落ち着いてきた。


 『小屋』の影に入るよう座らせてもらい、多少は持ち直しつつある。


「はい、どうぞ。お水です」


 一旦『小屋』に入ったヌイが、カップを差し出してくる。


「あり……がと……」


 受け取った水を一息にあおる。


「んっ……ぷはっ……はっ」


 冷えてはいないものの、十分。


「ごめん、ね……はぁ……ありがとう……はぁ……もう、大丈夫……」


「こっちの中身もお水ですから」


 傍らに置かれるティーポット。


「おかわりは?」


 聞かれ、フルフルと首を振る。


「もう大丈夫だから……戻って……」


 シマウマとダチョウを見る。


 少し離れた所で、また何かしらをギャーギャーと言い合っている。


「待たせちゃ……悪いし……」


「……分かりました」


 すっと立ち上がったヌイは、二人のもとへ。


「あまり無理はしないでくださいね」


 手を小さく振って見送る。


 一人残され――いや二人か。


 ビスと一緒に『おにごっこ』の観戦。



「んまぁてやあぁー!!」


「や~だよ~!!」


 ドドドッ、尾を引く二本の土煙。


 躍起になってダチョウを追いかけるシマウマ。

 時折、狙いをヌイへ移すもあっさり躱され。


 先ほどから鈍ることのない速力。

 驚くべき体力。

 自分には、無い。


「……はあ」


 同じ土俵で競うには、余りに荷が勝ちすぎる。

 自分に無いものを羨むより先に、置いて行かれたことを惨めに思うより先に。

 自分の至らなさを歯痒く思う。


「あたしが言い出したのになぁ……」


 『おにごっこ』を提案したのは自分。

 真っ先にダウンしたのも自分。


「もうちょっと、良い感じになると思ったのに」


 思い描いていたのは、みんなに『おにごっこ』をレクチャーしつつ、ほどほどに勝ち、ほどほどに負ける自分。


 それがどうしたことか。

 理想と現実はかくも違うものか。


 彼女らを見てみるといい。

 彼女らは既に『おにごっこ』を自分のものとし、思うがままに遊んでいるではないか。


 よほど新しい『あそび』に飢えていたのだろう。たった一度の説明と、たった一度の実践で。


 自分が出来たことといえば、ほんの少しだけ……



 そのほんの少しが、彼女たちにとっては非常に大きなものなのだと、トモエはまだ気付いていない。



 だが、頑張るから、と言ってしまったのだ。

 その言葉を嘘にするつもりは毛頭ない。


 体力の差は如何ともし難い。

 少なくとも一日二日で埋まるような差ではないだろう。


 きっと戦う力も、逃げる力も。


 未だ鼓動に痛む胸が、それを証明している。


「なんとか、しないとなぁ」


 『出来ない』ことが、こんなにも歯痒い。


 チラリと横を見る。


「……」


 『おにごっこ』の様子を見つめるビス。

 あたしの友達。


 理不尽なルールに縛られて、あんな素敵な子たちと友達になれる機会を奪われ続けてきた、かわいそうな子。


「ねえ、ビス?」


「ナニカナ?」


 すぐに返ってくる答え。


「ビスもさ……遊べるのなら、一緒に遊びたい?」


「……」


 沈黙。沈黙。


 答えない。答えないという答え。


 否定を、されなかった。


 胸の内からふつふつと湧き上がってくる怒り。


 歯痒い。どうしようもなく。


 ビスにも、みんなにも。

 こんなに沢山のものをもらったのに。

 まだ、なにも返せていない自分が。


「なんとか、したいなぁ」


 こぼれ落ちる、嘆き。


 なにか、なにかないか。


 今の自分に『出来る』こと。


 自分の手札。


 絵を描くこと。それと……


「あ!」


 思わず声が出る。


「ビスってさ、あたしと遊ぶのは大丈夫?」


 単なる思いつき、というよりは……


「……モンダイ、ナイヨ」


 少しずつ、インクがにじみ出るように。


「じゃあ……他の皆に、こう……『タッチ!』って触るのは?」


「ダメダヨ」


 ふるふると、体ごと首を振る。


「じゃあ逆に、皆のほうからビスに『タッチ!』って触るのは?」


「ソレハ、ダイジョウブダヨ」


 こっくり、体ごとの首肯。


「キョクリョク、フレンズタチヘノカンショウハ、オサエルヒツヨウガ、アルケド」

「カノジョタチノホウカラノ、セッショクハ、シカタガナイカラネ」


 避け得ないことまでは禁止のしようもない。


「じゃあさ、じゃあさ、あたしとビスが遊んでる所に、皆が勝手に混ざって来ちゃうのは……『しかたがない』よね?」


「……ソウ……ダネ」


 しぶしぶの肯定。

 何故なら、禁じるルールが無いから。


 ルールが駄目と言っていないということは、つまりはセーフと言っていいのでは?


 否定でなければ、肯定と受け取っていいのでは?


 ルールの隙間。グレーゾーン。

 白ではないが黒でもない。

 ルールの『あそび』。


「そっかぁー」


 ニヤリと、悪い笑み。


 どこかの誰かが勝手に決めた、理不尽なルールなんて


 しったことか。




☆★☆




「……ん?」


 『おに』が何度か入れ替わった頃、ふと『小屋』の方を見たヌイ。


 トモエとビスが、何やら楽しそう。


「おーい! どうしましたー?」


 釣られて、駆け寄って行く。


「あー」


 ニヤリ、見たことのない顔をするトモエ。


「いやーそれがね、ビスが退屈そうだから別の遊びを二人でやってたんだー」


「……」


 何とも言えない表情のビス。


「……なるほど」


 スゥ、と息を吸い、



「えー!!!? そんなのずるいです!!」



 大音声。


 よく響く。


「んあ! なになに、どうしたの?!」


 起き抜けのカラカルが飛び出してきて。


「どったとやー?」


 逃げている最中のシマウマが寄ってきて。


「つっかま~えた~!」


「ぐふぅっ?!」


 ドンッ! とシマウマに突撃したダチョウも。


「およ~? どしたの~?」


 集まった面々に対し、不思議そうに。


「聞いてくださいよ! トモエさんとビスったら、二人だけで新しい『あそび』をやってるんですよ?!」


 興奮ぎみに抗議するヌイ。


「おー……そら、いかんのう?」


 意味ありげな目配せをダチョウに送るシマウマ。


「?」


 首を傾げるダチョウ。


「んがっ……! そ、そんなら、『おにごっこ』ば続けちょる場合じゃないのう?」


 仕方なく、自分で言う。


「ふん! 何よ! びっくりして目が覚めちゃったじゃない!!」


 いつも通り不機嫌そうに言うカラカル。


「そんなのでいちいち起こさないでよね!?」


 腕を組み、仁王立ち。


「っていうか、ビスって誰よ?!」


「あー、申し訳ないなー。あー、これは皆も入れてあげるしかないなー」


 棒読みのトモエ。


「そうですよ! 教えてください!!」


「おうおう、うちも混ぜんかい!」


「なに~? 別の遊び~?」


「だからビスって誰なのよ?!」


 四人に詰め寄られる。


「アワワ……」


 瞠目するビス。


「さっ! もっかいやろうよ! お手本で!」


 今度は、屈託のない笑顔で。


「……ワカッタヨ」


 『しかたがない』な、と言いたげに。


「じゃー、もう一回あたしの『おに』ね! これは『だるまさんがころんだ』って言ってねー――」


「あっはー! 面白そうです!!」


「誰じゃい、だるまち」


「あ~、カラカルちゃんもう起きたの~?」


「え! 今、ボスが喋った?! 誰よだるまさんって?! っていうか、ビスって誰なのよー!!?」


 わちゃわちゃとした雰囲気。


 日差しが、徐々に角度を増しつつある。


 彼女達の『あそび』はまだ、終わらない。

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