第5話 『ぱーくのおきて』
「ねえ! どこ行くの?」
手を繫いだまま、トモエが尋ねる。
「とりあえずはいつものコースで、目印の木まで、ですね」
「目印?」
「ほら、あれです。あの一本だけ高いの」
下生えの萎えた獣道の先、一本だけ突き出た木が目立っている。
「ここを下ると、背の高い草ばかりになるので、みんなあの木を目印にしてるんです」
ほら、と指されれば確かに、草の途切れがあの木に向かって何本か伸びている。
「ああいう目印伝いに移動すると、楽なんですよ」
「おおー!」
道に沿って丘を下りきった先、二人の背丈ほどもある草原に入る。
なるほど、今はまだ振り返れば丘の上の『小屋』も見えよう。
しかしもう少し分け入ったならば、あの木以外に目に入るのは黄色い草ばかりだろう。
正しく、目印の木だ。
「ほんとにアレしか見えないや!」
ガサガサと草を踏み締めながら、トモエは進む。
その一歩二歩後ろ、見守るようについて行くヌイ。
「あんまり急ぐと危ないですよー」
のんびりと声をかけつつも、耳をヒクヒク、鼻をクンクン。
周囲の、見えないものにも気を配っている。
「うん、だいじょぶー」
聞いているのか、いないのか、生半な返事を返すトモエ。
その足取りは、軽い。
「……」
ガサリガサリ。
進むごとに高くなる木。
やがて、その根本までたどり着く。
「とうちゃー……く?!」
ガサリ。
木に触れようとしたと同時、反対側の茂みが動いた。
「どぅわー!? な、なななんじゃい?!」
と、驚きの声。
「うわあ!? ご、ごめんなさい!」
反射的に謝るトモエ。
「ほら~、だから言ったじゃないですか」
クスクスと、したり顔のヌイ。
「びっくりしました?」
「したよ!」
「したわ!」
トモエともう一人、同時に。
「ふふふ、ごめんなさい。ちょっとおどかそうと思って、黙ってました」
「もー、ひどいよー」
抗議するトモエと、
「なんじゃー、イエイヌかいな……」
もう一人のフレンズ。
「んー? だれじゃい、お前」
誰何の声。
「えっ! あ! は、はじめまして! トモエっていいます」
「ともえ~?」
胡乱げにトモエを見る。
「はい。トモエさんは『ヒト』のフレンズで、まだフレンズになったばかりなんです」
横から、ヌイが補足する。
「あー、どーりで知らん顔なわけじゃ」
「あの……あなたは……?」
納得した様子のフレンズ。
その姿は、一言でいうなら、縞模様。
白と黒、見事なまでのツートンカラー。
「ん? うちはサバンナシマウマじゃい!」
バン、と胸を張る。
「シマウマさんは怖がりさんなので、あまりおどかしちゃ駄目ですよ?」
「お、おま……どの口がいいよるか!」
ヌイに茶化され、憤る。
「それでいて、なかなかお強いので、侮っちゃ駄目ですよー」
クスクスと笑いながら、トモエに言うヌイ。
「はー」
「お、お? そ、そうじゃ! 強いんじゃい! 割と!」
ポーズをとってアピールするシマウマ。
「それで、どちらに?」
「お? そうじゃった! ダチョウんやつとかけっこしよるうちに、はぐれてしもうたんじゃった!」
ヌイの問いに、ハッと思い出すシマウマ。
「あんやつ、ほたっといたら隣ん『ちほー』まで行ってしまいよるからな!」
「ほいじゃ、ま、よろしゅうな!」
そう言って、挨拶もそぞろに駆けて行く。
残された、二人。
「……行っちゃった」
「ですね」
また、クスクスと笑うヌイ。
「だいたい、あんな感じの方です」
「はー」
気の抜けた様子のトモエ。
「ね? 楽しそうでしょう?」
優しく笑いかける。
「ここではみんな、したいことをして、楽しいことをして、いいんです」
「……そっか!」
ニッコリと笑い返すトモエ。
「じゃ、次どっち?!」
キョロキョロと、続く数本の道をみる。
「次はこっちです」
ふたたび、手を引かれる。
「次は誰がいますかねぇー」
「ねえねえ! たとえば、どんな子がいるの?」
ワクワクとした表情のトモエ。
「んー、たとえば、ですか……」
「たとえば、この先にいそうなのは――」
「え! そんな子が――」
楽しげに語るヌイ。
驚きを交えて聞くトモエ。
後に笑い声を残しながら、二人は進む。
☆★☆
カサッ
「ん……?」
不意に、ヌイの足が止まる。
「? どうし……あ! また誰かいるの?! どこから?!」
思わず身構えるトモエ。
「クンクン…………ははーん」
匂いで、何かを悟るヌイ。
「ね、ねえ! 教えてよう!」
「んー」
ニヤニヤ、と。
「しいていうなら……上?」
「う、え?!」
ヌイの指すほうにつられて見上げれば、落ちて来る人影。
「おおりゃー!!」
いや、跳びかかってくるフレンズか。
「よい、しょ!」
「わ!」
見上げて固まっていたトモエを、グイッと引っ張るヌイ。
ドスン、とフレンズが着地する。
ちょうど、先ほどまでトモエがいた位置に。
「はっはー! 今日こそアタシの勝ちね! ……あら?」
得意げに胸を反らすも、空振りに気付いたらしい。
「ふっふっふー。残念でしたー」
してやったり、とヌイ。
「あー! また避けたわねー!!」
地団駄を踏んで悔しがるフレンズ。
「あ、あのー」
ひょっこりとヌイの後ろから顔を出したトモエが、
「は、はじめまして。トモエって言います」
状況は分からないが、とりあえず挨拶。
「わ! 誰よアンタ!」
不意を突かれたのか、驚いた様子の相手。
「こちらはトモエさん。今日、フレンズになったばかりなんですよ」
「へー! 見ない顔だと思った!」
ついっと、後ろのトモエを前へ押し出すヌイ。
「こちらはカラカルさん、『狩りごっこ』が好きな友達です」
「カラカル……さん」
「カラカルよ! よろしく!」
威勢よく答えるカラカル。
何よりも先に目を引くのは頭上の耳。
大きく尖った耳の先、鋭く棘のように毛が飛び出ている。
「で、『ともえ』ってどんなどーぶつなの?」
耳と同じく、勝ち気そうな鋭い目を向けるカラカル。
「え、えと……どうやら『ヒト』……みたいです」
視線にたじろぎながら、トモエ。
「『ヒト』~? ……あ!」
「あれじゃない?! ほら、サーバル連れてどっか行っちゃった、カバが言ってたヤツ!」
心当たりのあった様子のカラカル。
「ええ、恐らくは……」
同意するヌイ。
「……ふーん」
「あ、あの、えと……」
目の前まで来て、ジロジロと見てくるカラカル。
すっかり萎縮してしまい、言葉の出ないトモエ。
「スンスン……あら?」
近くで匂いを嗅いだことで、何かに気付く。
「アンタ、なんか懐かしい匂いがするわね」
「へ?」
「おや?」
カラカルの発言に首を捻る二人。
「懐かしい……って、ひょっとしてあの『絵』の匂いでは? クンクン」
「ひゃ! く、くすぐったいよ!」
念のため、と匂いを確かめつつ問うヌイ。
「んー、アレとはビミョーに違う気がするわ」
「アンタ、前にどこかで会……ってるわけないわよね」
「は、はい」
コクコクと頷くトモエ。
「んー? ま、いいわ!」
パン、と手を打って、切り替えるカラカル。
「にしても、アンタ弱っちそうねー」
「は、はい。強く……はない……かも」
自信のなさそうに。
「ふーん……アンタ、なにが得意なの?」
「え、えと、とくい?」
オドオドとしたトモエに、苛立たしげに尻尾を揺らす。
「アンタねぇ……そんなんじゃ、ここじゃ生きてけないわよ! しゃきっとなさい! アイツだって……」
最後の方で、なにかを堪えるように。
「あぅ……」
じんわりと、目尻を濡らすトモエ。
「トモエさん」
不意に、ヌイが肩にポンと手を置く。
「そんなに怖がらなくても、大丈夫ですよ」
「カラカルさんは、ちょっとだけ強がりさんで、ちょっとだけ素直じゃないだけですから」
「そ、そうなの……?」
「ちょ、誰が!」
ヌイの言に抗議の声を上げるカラカル。
しかし、
「心配……ですよね、サーバルさんのこと」
ピン、と尻尾が立つ。
「だ、誰があんな……あんなヤツ!」
クルッと、背を向ける。
いや、
「あんな……ドジで、ぜんっぜん弱っちいクセに、出しゃばりで……あんなヤツなんか……」
顔を、見られまいと。
「……カラカルさん」
「あんなのが、ずっと帰ってこない……なんて……そんなの……」
「そんなの、パークじゃ……『よくあること』よ……」
肩を、震わせながら。
絞り出すように。
「まだ、そうと決まったわけでは……」
ヌイの慰めの言葉はしかし、
「決まってる……わよ……」
拒まれる。
グシグシと顔を拭うカラカル。
そして勢いよく振り向く。
「いい!? ジャパリパークの掟は、『自分の力で生きる』こと!」
ビシッと、トモエを指差して。
「『そういうこと』だって、ぜんぜん珍しくないんだから! 自分の身くらい、自分で守りなさい!」
ただ、目の周りが、少し赤い。
「イエイヌだって、いつもアンタのそばにいる訳じゃないんだから! 助かりたかったら、自分でなんとかなさい!」
いや、よく見れば、頬も。
「アタシは助けないからね!」
言うが早いか、一足跳び。
あっという間に、草に紛れて見えなくなる。
「もぅ、素直に心配だって言えばいいのに」
ヌイの零した言葉も、もう届かない。
☆★☆
「こ、恐かった~」
ほっと胸をなで下ろすトモエ。
「すごく、怒りんぼさんだったねー」
「あたし、あの子苦手かも……」
そのまま、しょんぼりとうなだれる。
「そんなこと、ないですよ」
歩き出しながら、ヌイが言う。
「ほんとに怒ってるわけじゃないんです」
「ただ、さっきは……」
言いよどむ。
「……サーバルさんって方が、いたんです」
ポツリと。
「あ……さっきお話してた?」
「はい……私とは入れ違いになっちゃったみたいで……」
「私がここ、『さばんなちほー』にやってくる前に、どこかへ行ってしまわれたそうです」
とつとつと、語る。
「会ったことは、ないんだ?」
「ええ」
横並びで歩く二人。
「ちょっとおっちょこちょいで、よく失敗してはいろいろと台無しにして……」
「それでもめげなくて、優しくて、誰とでもすぐに友達になれて……」
まるで見知った相手のことのように。
「……『狩りごっこ』が大好きで、よく一緒に遊んでたんだ、って……カラカルさんが」
「あ……」
トモエが気付く。
「それじゃあ……」
無言で頷くヌイ。
「『ヒト』のことで、帰ってきてないサーバルさんのことも思い出してしまったみたいで……」
「そっか……」
一時の沈黙。
足取りも、重い。
「いつから……」
トモエの呟くような声。
「いつから、いないの?」
どれくらいの間、と。
「……私が『さばんなちほー』に来てから……」
ゆっくりと、答える。
「もう、1年は経ってます」
「多分、それよりもっと……」
重く。
「……『よくあること』……なの?」
「いえ……よく、というほどでは」
ただ、と、
「決して、珍しくはありません」
ゆっくりと、首を振る。
「トモエさんも、このジャパリパークで生きていく以上、避けられない問題なんです」
「それって――」
突然、
「うあああぁぁぁぁー……」
「!!」
ピクリと反応するヌイの耳。
遠く響いてきたこれは、悲鳴?
「今のって……」
出所の分からない声に当惑するトモエ。
対しヌイは、切迫した表情で一方向を見据えている。
「誰かが襲われています!」
ダッと駆けだしたヌイが言う。
「何に?!」
慌てて走り出すトモエ。
叫ぶように、答えが。
「『セルリアン』です!!」
★☆★
茜色に染まりはじめた空。
その下を走る二人。
「止まって!」
不意に、後ろを手で制するヌイ。
付いて走っていたトモエが止まる。
「はあ、はあ……どう、したの?」
息を切らせながら尋ねる。
「もう、近くのはず…………いた!」
茂みに身を隠しながら進んだ先。
それは、いた。
巨大なボールのような丸いからだ。
そこから、のたくった蛇のように触手が何本か。
中空にたゆたうその姿は、この大自然の中において文字通り浮いている。
明らかに異質なモノが、そこにいる。
後ろに見えるのはゲートだろうか?
まるで道を阻む門番のように、それは待ち構えていた。
「あれが……?」
のぞき込むように見るトモエ。
「ええ、あれが『セルリアン』です……でも、あんなに大きなのは……久しぶりに見ます」
深刻な顔で、ヌイが。
「クンクン……さっきのは、もしや……ダチョウさん?!」
はっと匂いに気が付いた様子。
「どうなっちゃったの!?」
「……上手く、逃げてくれていれば良いんですが……」
ジッとセルリアンを睨む。
同じように、よく見ようと目を凝らすトモエ。
すると、
「あ! あそこ!!」
バッと、セルリアンの中心を指さす。
「中に誰かいるよ!!」
「!」
半透明なセルリアンのからだ。
西日に透けるその中に、一人。
フレンズ――恐らくはダチョウであろう姿を見つけたトモエ。
「そんな……!」
絶句するヌイ。
『食べられて』から、どのくらい?
まだ、間に合う?
でも、あんなに大きなのを一人では……
いや、『いし』を上手く狙えば、あるいは……
でも、出来る? 一人で?
誰か応援を呼ぶ?
でも、間に合う?
いくつもの考えが浮かび、消える。
もう、助からない。助けられない。
諦めが、静かににじり寄ってくる。
その時、
「助けなきゃ!!」
ガサッと茂みをかき分け、飛び出していくトモエ。
突然のことに驚いて、呆然とその背中を見送ってしまうヌイ。
「……! 待って!!」
猛然とダッシュし、セルリアンの目の前まで来たトモエが叫ぶ。
「その子を離して! 返しなさい!!」
きっと、誰かの友達だから。
きっと、あたしの友達にだって……
だから、ひどいことはやめて! と。
懸命に叫ぶ。
しかし、
ギョロリと、
目が合う。
大きな一つ目。
「あ……」
理解する。
無機質な目。
何の色も無い。
言葉が、通じていない。
ストンと、
気がつけば、腰が抜けていた。
まだ、ほのかに暖かな地面。
なのにどうして。
どうしてこんなに寒いの?
「あ……う……」
カチカチ、カチカチ。
歯の根が合わない。
猛烈な寒気を覚える。
いや、違う。
思い出した。
これは、恐怖だ。
確か、あの時に見た……
ズルリと、触手が伸びてくる。
頭では分かっている。逃げなきゃ。
でも、足も、手も、体も、なにもかも。
動かない。
このまま、あたしは……
「でえぇい!!!」
スパァーン、と。
気合のこもった一撃。
弾かれる触手。
横合いから、立ち塞がる白い影。
「逃げて!!」
見上げる背中越しに、聞こえる声。
ピンと張り詰めた尻尾。グルルルと、低い唸り声。
臨戦態勢のヌイが、そこに立っていた。
「早く!!!」
ヌイが叫ぶ。
と、同時にもう一本、触手が迫る。
「ガアァ!」
再度、叩いて弾き飛ばす。
「トモエさん!?」
横目に見たトモエは、未だそこに。
迷っている場合では無い。
すぐさま、トモエを抱え上げ、逃げ出す。
そこに、
「……っ!」
業を煮やしたかのように、体ごと叩きつけてきたセルリアン。
ドン!
背後で鳴り響く轟音。
撓む地面。
その衝撃に、思わず足を取られる。
「うっ!?」
トモエを取り落としかけ、膝をつく。
伝わってくる、震え。
伝わってくる、温もり。
この子は、この子だけでも。
覚悟を決めたヌイが、トモエを背後に立ち上がる。
セルリアンに正対し、構えた。
牙を剥き出し、唸り声を上げ、睨みつける。
その目、左右色違いの目が、仄かに輝きはじめ――
「うおおりぁぁぁー!!!」
セルリアンの背面めがけ、飛翔する影。
叩きつけるように振るわれる爪。
対応する間もなく、一撃をもらうセルリアン。
ガギン!!
芯を捉えたように響く、甲高い音。
そして、
パッカァーン!
次の瞬間、打ち上げ花火のように音をたてて、セルリアンが跡形もなくはじけ飛んだ。
キラキラと、サンドスターの輝きが舞い散る。
「はあ、はあ、まに……あった……?」
後に残ったのは、二人。
気を失っているのか、地面に倒れているフレンズと、
「はあ、はあ、はあ」
肩で息をする、カラカルが。
青く輝いている目を、そのフレンズに向けている。
そのまま、ふらついた足取りで近づいて行き、
「はあ、はあ……よかっ……た……」
ペタンと、傍らにへたり込む。
「カラカルさん……!」
突然の決着に、固まっていたヌイが動きだした。
「来て、くれたんですね!」
光立つサンドスターの中を進み、二人のもとへ。
「アンタも、ふぅ……無事ね」
上がっていた息が治まってきたカラカル。
「まったく……手間、かけさせないでよね」
「ふふっ、おかげで助かりました」
「ダチョウさんも、間に合って良かったです」
そっと、ダチョウの頭を撫でるヌイ。
「……あ! あっちは!」
ヌイの後ろを指すカラカル。
「! トモエさん!?」
振り向くと、トモエが、
「ひっく、ぅぁあ、ひっく……」
大粒の涙を流し、しゃくり上げながらトボトボと歩いてきていた。
「大丈夫ですか!? どこか、ケガを?!」
慌ててトモエのところに駆け戻る。
「……っ」
ぶるぶる、と涙と鼻水をまき散らしながら首を振る。
「あ! そうですよね! 怖かったんですよね!」
「もう大丈夫! カラカルさんがやっつけてくれましたから! もういませんよ!」
ぐしゃぐしゃの顔。
焦る、ヌイ。
「……っ……ちがっ……くて……」
ぶるぶる、とまた首を振る。
「え? じゃあ……」
「あ、あた、ひっく、あた、し……」
言葉にならない言葉。
「な、な、なんに、ひっく、でき、な、ひっく」
「ほ、ほら、ゆっくり。落ち着いて」
背中をさする。
優しく、優しく。
「あ、あた、しのせいで、ヌイ、ちゃん、が、あ、あぶなく、なっ、なって……」
ああ、
「ああ、そ――」
それくらいのこと、なんて。
続く言葉を、グッと飲み込む。
そして、言い直す。
「そうですね、確かに、ちょっと危なかったです」
「っ――」
「だから、次は無茶しちゃダメ、ですよ?」
メッ、と。
「ご、ごめ、ごめんな、さい」
「ふ、ふえぇぇぇぇー……」
とうとう、声をあげて泣き出してしまう。
「でも、もう大丈夫、大丈夫ですから」
抱きしめる。優しく、ゆっくりと。
「……もし」
「……?」
「もし、貴方が飛び出していってくれなかったら」
ポツリと、
「きっと、私だけだったら、あんなにすぐには動けなかったと思います」
「誰かが加勢に来てくれるまで、あのまま……」
自責の言葉。
「そしたら、あの子はもうダメだったかもしれません」
半ば、諦めかけていた自分。
『よくあること』と。
「今回は、たまたま……」
「みんな無事で済んだのは、たまたま、です」
カラカルが間に合ったこと。
一撃で『いし』を捉えられたこと。
ヌイ達二人が囮の形になったこと。
でも、
「知らない誰かを『助けよう』って、すぐ動けたのは、すごいです」
ポンポン、と頭を撫でる。
「っ……!」
「はぁー、弱っちいだけじゃなくて、泣き虫なのねぇー」
横から、ダチョウを抱えたカラカルが。
「もうっ、カラカルさんったら……」
「で、でも」
「助けようとしてくれて……ありがと」
そっぽを向きながら。
「ぅぇ?」
キョトンと、思わず泣きやむトモエ。
「っ……! ちがっ、違う! い、いまのは……そう、この子! この子の代わりに言っただけ! 勘違いしないでよね!!」
顔を赤くして。
「ね? 素直じゃないでしょう?」
クスクスと笑いながら、ヌイが言う。
「とっても良い子なんですよ? わかりにくけど」
「う、う、うるさい!」
「……ぅん」
前とは違った目で、カラカルを見るトモエ。
「な、なな、なによ!」
「心配なだけなんですよ、みんなのことが」
「……たずけでぐれで、ありがどう」
素直に、お礼を言う。
一方のカラカルは、
「ふ、ふん! そーよ! アタシのおかげなんだから! アタシのお、か、げ!!」
赤い顔のまま、なんとか格好をつけようと。
「あれれ~? たしか『アタシは助けないからね』って、言ってませんでした?」
明らかにニヤついた顔のヌイ。
「――っ! うるさいうるさいうるさーい!!」
今度こそ、夕焼け空と変わらないくらいに赤く。
そして驚異的な跳躍でもって、ダチョウを抱えたまま何処かへと去ってしまった。
「……ぷ」
「あはは! あはははは!!」
こらえきれずに、ヌイが笑い出す。
「ぇう、ぅぇへへへ」
つられて、トモエも。
「さ! もう日も暮れちゃいそうですし、帰りましょう!」
「う゛ん!」
未だ鼻声のままだが、もう、涙は無い。
「ヌイぢゃんも、ありがどう」
「うふふ、どーいたしまして!」
「ちょっとだけ、予定と違ってしまいましたが……ちょっとだけ」
そう言って、二人は歩き出す。
時折、笑い声を後に残しながら。
ビスの待つ、あの『小屋』に向けて。
☆★☆
「とうちゃーく! と……」
「トモエさーん、着きましたよー」
ようやく太陽が沈みきったころ、二人は『小屋』まで帰り着いた。
「……ぅん……」
ヌイの背中から、弱々しい返事。
『小屋』までもう少し、というところで力尽きたトモエが、ヌイに背負われていた。
「オカエリ」
トコトコ、ビスが出迎える。
「ごめんなさい、遅くなっちゃって」
「……ぇぅ……」
「ケンサクケッカガ、デテイルヨ」
特に気にした風もないビス。
「おお! ねえ、トモエさん! ……トモエさん?」
「……すぅ……すぅ」
話しかけるも、
「……寝ちゃいましたね」
「……」
部屋に入り、ベッドへ。
「よいしょ」
トモエをベッドに寝かせる。
「ごめんなさい、疲れちゃったみたいで……」
「……」
やはり、無言を返すビス。
「……いつか、ちゃんとお話し出来るといいですねぇー」
「……」
それでも、話しかけながら。
ガサゴソと、しまっておいたジャパリまんを取り出す。
「あむっ……それでですねー、聞いてくださいよ。さっきですねー――」
返事が無いことは、分かっている。
ジャパリまんを食べながら、一方的にしゃべるヌイ。
たとえ返事がなくとも、それでも。
二人のおしゃべりは、ヌイが眠りにつくまで続いた。
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