第4話 『おさんぽ』

「えっ? ヒトなのに『かばん』?」


 トモエの疑問にヌイが答える。


「はい。なんでも、そういうふうに名乗ってたって、友達から聞きました」


「そっかあ……じゃあ、そのヒトもあだ名、かな?」


「おお! 言われてみればそうですね!」


 それで、と続けるトモエ。


「ヌイちゃんはそのヒトに会ったこと無いの?」


「いえ……私もフレンズづてに聞いただけなので……」


「そっかあ……」


 首を振るヌイ。


 ビスに話を振ってみる。


「ビスはどう? 会ったことある?」


 首を振るビス。だが、


「アッタコトハ、ナイヨ」

「デモ、データベースニハ、キロクガアルカモシレナイヨ。ケンサク、シテミヨウカ?」


「えーっと、探しに行ってくれるってこと?」

「いいよいいよ、そこまでしてくれなくて」


 手を振って、遠慮するトモエ。


「データベースヘノ、アクセスハ、ココカラデモ、デキルヨ」

「チョット、ジカンガ、カカルケド、イイカナ?」


 そう言うビス。


「うーん、じゃあ……お願いします」


 ペコリと頭を下げるトモエ。


 すると、ビスが、


「メインデータベース、アクセス、フカ」

「サブデータベース、アクセス、カノウ」

「ケンサク、カイシ……ケンサクチュウ」

「ケンサクチュウ……ケンサクチュウ――」


 目を発光させ、虚空を見つめたまま動かなくなる。

 ただ、検索中、とだけ繰り返す。


「……」

「……」


 その様子を見つめる二人。


「……」

「……」


「……結構かかりそうだね」

「……ですね」



「そういえば、さ」


 トモエが切り出す。


「なんでしょう?」


 小首を傾げるヌイ。


「んと……ヌイちゃんはさ、『ヒト』に関することが好き、じゃない?」


 少し、聞きにくそうに。


「はい! そのとおりです!」


 コクコクと頷く。


「だから、その……『かばん』さん、もそうだけど……」

「ほかの『ヒト』がいないかー、とか……探しに行ったりしたこと、あるの、かな?」


 おずおず、と尋ねるトモエ。


「んー? ほかの『ヒト』ですかー」


 顎に指を当て、考えるヌイ。


「いやー、『ヒト』ってハカセによると、『ジャパリパーク』にはもういない、って聞いてたので……」

「私も、いままで一度も出会ったこと、無かったですし」


 淡々と語る。


「正直、実感が無かったんですよね。その、『かばん』さんのこと」

「なので、いつも通りお散歩のついでに、気になる匂いをたどっては『ヒト』のものを見つけて拾って、って感じで……」


 いや、少しだけ寂しそうに。


「だから、集めたものを使ったり眺めたりしてるほうが、楽しいかなって」


「そっか……」




「え゛っ!」


 驚きでのけぞるトモエ。


「『ヒト』ってそんなに居ないの?!」


「そんなに、と言うかまったく、ですね」


 平然と返すヌイ。


「えぇー……じゃあ、ヌイちゃんの持ってる『道具』とかを作った『ヒト』は? どっか行っちゃったの?」


「みたいですね。なかには絶滅しちゃったんだー、って言う子も居ますね」


「えぇー?!」


 再び驚く。


「それ困るー……ん? 困る、のかなぁ?」


「んー、困りはしませんが……生き残っててくれてたら良いな、とは」


 ニパッと笑うヌイ。


「大丈夫ですよ。なんとかなりますって!」


「そうかなぁー」


 ううん、と腑に落ちない様子のトモエ。


 ああ、とヌイが、


「それじゃあ、お散歩に行きませんか? 一緒に」

「パークのみんなを見れば、きっと分かりますよ!」


手を差し出す。


「! うん! 行きたい!!」

「……けど」


 その手をつかんだものの、


「ビスがまだ……」


未だ、検索中、と繰り返し続けるビス。


 不安げなトモエに対してヌイは、


「まあ、短めのお散歩コースなら、そんなに長くはかかりませんし……」


大丈夫でしょう、と。


「そっか! じゃあ行こう!」


 パッと顔を明るくするトモエ。


「ビス! ちょっとだけ! すぐ戻ってくるから!」


「というわけで、お留守番をお願いしますね、ビス」


 そう言い残し、部屋を出る二人。


 後には只一人、ぽつんと佇むビスが残された。




☆★☆




「わあー!」


 部屋を、小屋を出て、振り返ったトモエ。


 ずいぶんと日が傾き、西日の強い空。


 その日差しに照らされるのは、先ほどまで居た小屋。

 掘っ立て、はかろうじて付かないが、あまり立派なとは言えない、こじんまりとしたもの。

 必要最低限の人数が、必要最低限の日数、必要最低限なだけ寝泊まり出来る、必要性だけで作られた小屋。


「こんなだったんだ……」


 感嘆の息を漏らす。


「ふっふっふー。すごいでしょう?」


 自慢げなヌイ。


「ひょっとしてヌイちゃんが?」


「まっさかー、たまたま見つけたので、そのまま使ってるだけですよ」


 まさか、という顔のトモエに、手を振って答える。


「眺めも良いし、居心地も良いし、良いことずくめです」

「ほら、横の四角い出っ張りがあるでしょう?」


 小屋に張り付くように、貯水タンクと思しきものがある。


「あれの中に、お水が貯まるようになってるんです」

「おかげでいちいち水場まで行かなくてもいいんですよ!」


「へぇ~」


 ととと、と小走りでそれに近づくトモエ。


 見上げると、それは雨樋から雨水を受けるよう据えられたものに見える。


「?」


 ゴンゴン、と叩いてみる。


 低く、くぐもった音。


「トモエさんトモエさん」


 トントンと肩をつつかれる。


「ん?」


「はい、これを中に放り込んで下さい」


 いつの間にか拾ったのだろう、サンドスターを差し出すヌイ。


 一瞬、キラキラした光に目を奪われる。


「サンドスター? なんで?」


 受け取りながら首を傾げる。


「そのままだとすぐに痛んでしまうんですが、大きめのサンドスターのつぶをいくつか入れとくと、長持ちするんです」


「そーなんだ!」


「じゃあ、まずここを登ってください」


 据え付けられた梯子を指す。


「わかった!」


 うんしょ、と登った先、タンクの蓋が見える。


「蓋がありますから、開けて中に!」


 蓋を開き、サンドスターを放り込む。


「ほいっ! っと」


 ポチャン、と水音。


 蓋を閉め、梯子を降りる。


「入れたよー」


「はい、ありがとうございます」


「こんなの、よく知ってたね」


 トモエの感心にヌイは、


「これも、ハカセに教えてもらったんですよ」


ふふん、と何故か誇らしげ。


「はー、ハカセさんって物知りだね!」


「はい! とっても!」


 嬉しそうに言うヌイ。


「ハカセさんって、どんなフレンズなの?」


「ハカセは鳥のフレンズで、えーっと……アフリカオオコノハズク、だったかな……でした」


 トモエの問いに、若干悩みながら答える。


「あふりか、おおこのはずく……? なんでハカセなの?」


「ああ、たしか『かしこいものは、そうよばれるものなのです』って」


「なるほどー」


 ほー、と再度感心顔のトモエ。


「どこにいるの?」


「ハカセは『としょかん』に居ますね。『しんりんちほー』にある場所なんです」


 ヌイが、恐らくは『としょかん』の方を向いて話す。


「木がいっぱい生えてて、すごしやすそうな場所だったんですが、先にここを見つけちゃってて……」


 私はここに、と続けるヌイ。


「あ、結構遠いんだ」


「そうですねぇ……あの山の向こう側なので、10日くらい歩きますかね」


「そんなに?!」


 驚くトモエ。


「ふふっ、ジャパリパークは広いんですよ」


 微笑みながら、続ける。


「ここが『さばんなちほー』で、他にもたくさん『ちほー』があるんです」

「『ちほー』ごとに暑かったり寒かったりするので、みんな自分の気に入った『ちほー』で暮らすんです」


 自分を指して、


「私はわりかし暑いのも寒いのも平気ですが、『あわないちほーでのくらしはじゅみょーをちぢめるのです』ってハカセが」


言ってました、と。


「だから、好きな場所で、好きなように生きれば、いいんじゃないかなー、って思うんです」


 貴方も、と。


「だから……そんなに不安がらなくても、いいんですよ?」

「『ヒト』は居ませんが、代わりにフレンズのみんなが居ますから」


 私も、と。


「ヌイちゃん……」


 トモエの表情が和らぐ。


 『ヒト』はいない、と告げられてからずっと、固くなっていたそれが。


「ありがとう」


 そう、微笑む。


 微笑み返しながら、ヌイは言う。


「さあさあ! この『さばんなちほー』もフレンズはいっぱいいますから!」


 一歩先へ。


「きっと誰かと出会えますよ!」


 行きましょう! と手を伸ばす。


「うん! 行こう!」


 その手を取る。


 そして、改めて宣言を。


「お散歩に、しゅっぱーつ!!」

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