第3話 『かばん』

「ほんとにヒトって、面白いですねー!」


 どこかウキウキとしているヌイ。


「えー、そうかなー?」


「そーですよ。なんたって、ほら」


 ガシャガシャ、ごそごそ、ガチャン。


「ほらこれ! 見てください!」


 例の引き出しから取り出したのは、沢山の人工物。


 一見、ガラクタの山に見えるそれら。


 しかし、


「こっちはキラキラしてて綺麗でしょう? こっちのは、何だか変な形ですが匂いが良いんです! それは、たしか――」


一つ一つ、愛しむ。まるで宝石のように。


「どれもこれも、ヒトの匂いのする物って、面白いものばかりなんですよ!」


 まるで宝物のように。

 いや、ヌイにとって、それらは紛れもなく。


「私の宝物!」


「はえ~、よく集めたねぇ……」


 感心した顔のトモエ。


「それでですね、こーやって色々集めてると、気になっちゃうんですよね」


「なにが?」


「使い方、です!」


 ふんす、と鼻息荒くヌイ。


「先ほど『こうちゃ』を作った『てぃーぽっと』もそうなんですが――」


 一つ、手に取る。


「ハカセから『ヒト』はこんなのを、使うために作った、って教えて貰ったので!」

「そうしたら、これはどんなふうに使うんだろう? とか、何でこれを作ったんだろう? とか」


 キラキラとした、目。


「気になるんですよ、やっぱり!」


「なるほどー」


 頷くトモエ。


「あ、どれかトモエさんに分かるものってあります?」


 持っている何かをいじりながら、尋ねるヌイ。


「え、うーん、と……」

「これ、かな?」


 一つ、手に取る。


 目のようなレンズが二つ。

 いや、四つ。


「たぶん、こうやって……」


 大小2対のレンズが付いたそれ。

 小さい方を覗く。


「うん、やっぱりだ」


 拡大される視界。世界が近くなる。


 双眼鏡である。


「おおー」


 窓の外を見る。


 不思議な山が、良く見える。

 風に波打つ草木。

 合間に動くあれはフレンズだろうか?


「どうしたんです?」


 フッと視界が塞がれる。

 アップになったヌイの顔。


「わ!」


 驚いてのけぞるトモエ。

 不思議そうに見つめるヌイ。


「いや、これね、こうやって使うんだと思う」


「んー?」


 トモエから手渡されたそれを、覗く。


「あはっ、何だか小っちゃく見えますー」


「あ、ごめんごめん。こっちから……こう!」


 前後を入れ替えて覗かせ、外へ向ける。


 すると、


「あはーっ!」


歓喜の声を上げるヌイ。


 ぶんぶんと唸る尻尾。


「すごいです! よく見えます!」


 窓から身を乗りださんばかりに。


「すごいですねこれ! すごいです!!」


「あ、あはは」


「ハカセに見せても、使い方が分からなかったのに!」

「トモエさん! これ、なんていうんですか?!」


 キュポン。

 目のまわりに丸く後をつけて、尋ねる。


「えーと、なんていうんだろ……」


 チラリと、ビスを見るトモエ。


「ソレハ、『ソウガンキョウ』ダヨ」

「トオクカラ、フレンズタチヤ、ドウブツタチヲ、カンサツデキルヨ」


「そーがんきょう……?」


「おお! ビスもご存じなんですね!」


 ビスの説明に喜ぶヌイ。

 首を捻るトモエ。


「どうしました?」


「いや、なんかこう……聞いたこと、ある、かも?」


 うーん、と悩む。


「うん、わかんないや!」


 パッと顔を上げ、良い笑顔で言い放つ。


「? そうですか」

「それじゃあ、ほかのも見てくださいよ!」


「わかった! えーっと、これはね――」


「おおー!」


「それで、こっちをこう――」


「おおおー!!」




☆★☆




「ふぅ、なんだかすみません。付き合わせちゃって」


「いいよいいよ、あたしも楽しかったし」


 宝物を引き出しに仕舞いながら、一息つく。


「そういえば、トモエさんの『それ』も、ヒトの『どうぐ』みたいに見えますねぇ」


 トモエの肩に掛かったかばんを指して聞くヌイ。


「これ? これは『かばん』っていうんだよ」


 かばんを持ちあげる。


「『かばん』……?」


「そうそう、いろんなものを中に入れて持ち運ぶ……ん?」


 固い感触。


 中に、何かが……


「どうしました?」


「なんだろう……」


 がさごそ。


 取り出したのは、


「あ……これ……」


スケッチブックと、色鉛筆。


「おお! それはなんですか?!」


 途端、目の色を変えるヌイ。


「これは……『スケッチブック』と、『色鉛筆』……だね」


「ほほー! これはどのような?!」


「これは……これはね」


 ペラリ。表紙をめくる。


 白紙のページ。


 色鉛筆の束から一本、抜き取る。


 さらさら、カリカリ。


 自然と、描く。


 まるで、手が勝手に動いているかのよう。


 ピタリ、突然に止まる手。


「こうやって、絵を描くの」


 ヌイとビス、二人に見せる。


「こ、これは……」


「ジョウズダネ」


 白黒の絵。


 二人を描いた、絵。


「あたし……なんだろう……」

「あたしは、これを、知ってる」


 きゅっと、胸に抱く。


「分かんないけど……きっと」

「きっと、すごく大事なもの、だと思う」


 溢れ出しそうになる、何か。


 しかし


 ペラリ、ペラリ、ペラリ。


 ページをめくる。


「あ……」


 白紙、白紙、白紙。

 

 何も、無い。


「なんで……?」

「でも……」


 これだけは、分かる。


「これは、あたしだ」


 きゅっと、抱きしめる。



「トモエさん……」


 ヌイが、つぶやく。


 一歩、二歩、歩み寄る。


 そして、



「なんですか今のはー!!!」


 大音声。


 キーン、と耳鳴りが。


「っぅあ……」


「……」


 耳を押さえるトモエ。


 無言で倒れるビス。


「なんですかなんですか今の!!」

「どうやったんです?! もっかい見せてください!!」


「お、落ち着いて……分かったから……」


 興奮したヌイを、なだめるようにトモエが、


「ほら、この色鉛筆でね、こうやって……ほら」


今度は、ゆっくりと。


 カキカキ。


「お、お、おおー!」


 トモエの手元に、目が釘付けになるヌイ。


「ほら、やってみて」


 そっと、握らせる。


 ペラリ。新しいページ。


「お、お? おお?!」


 グリグリ、と握ったまま、描く。


 白い世界に、黒。


 形に成らない形


 でも、


「楽しいですね! これ!」


「あははっ、じゃあほら、こっちも」


 ジャラ、色鉛筆の束を差し出す。


 赤、青、黄――


 様々な色。


「使ってみて」


「おおー!」


 グリグリ、ガシガシ。


 一体、何を描いているのやら。


 夢中になって余白を埋めるヌイ。



 その様子を眺めるトモエとビス。


「……」


 なんでたろう。


 胸にポカポカとした暖かいものがこみ上げてくる。


「……よし! 出来ましたー!」


 バン、と勢いよく絵を見せるヌイ。


「おー……お、お……?」


「……」


 さて、なんと言えばいいか。


「どうですかどうですか?!」


 およそ言語に表すことの難しいそれ。


「えっ、あっ……うん……ねえ、ビス?」


「……」


 体よく、無言を貫くビス。


 焦りながら、なんとか絞り出す。


「あはは、えーっとあーっと……楽しかった?」


「はい! とっても!!」


 ぶんぶん。首は縦に、尻尾は横に。


「なんででしょうね?! すごく楽しいです!!」


 はぐらかされたことには気づかずに。


「そ、そっかー。じゃあ次は一緒に描こうか」


 内心で、ぐっと拳を握るトモエ。


「はい!」


 満面の笑顔で応えるヌイ。


「じぁあね、まずは……持ち方を……こう」


「おおー!」


「それから、こうやって――」


「おおおー!」



☆★☆



「ふんふんふーん♪」


 カキカキ。


 調子っぱずれな鼻歌まじりに、絵を描くヌイ。


 先ほどに比べ、ずいぶんと『らしく』なっている。


「ふぅ」


 一息つくトモエ。手元に、視線を落とす。


 一枚の絵。取り外した、最初の一枚。


 ヌイとビス。白黒の二人。


 少しだけ、描き足してみる。


「……」


 ふと、思いつく。


「ねえ、ビス」


 ちょいちょい、と手招き。


 トコトコ。ビスが寄って来る。


「ナニカナ?」


「えいっ!」


 シャッシャッ、と線を二本。


「?!」


 目の上、ビスの顔に。


 ちょうど、眉毛のように。


「さっき、しらんぷりしたでしょ~」


 ちょっとした、いたずら。


「だから……しかえし?」


 ニシシ、と笑う。


「アワワ……」


 目を白黒させるビス。


「どうしまし……ビス?!」


 顔を上げたヌイが驚く。


「なんだかお顔がかっこよくなってませんか?!」


「さー? なんでだろーねー?」


「アワワワ……」


 棒読みで返すトモエ。


 慌てるビス。


 三人三様。


 それぞれが、それぞれの。


 一人として同じではない。


 姿形も。


 三者三様。


 十人十色。


 だからこそ、惹かれ合うのだろう。








☆★☆







「いやー、本当にヒトって面白いですね!」


「そーかな? そうかも?」

「でも、ヌイちゃんってさ、ほかのヒトとは会ったこと無いの?」


「……あっ! 思い出しました!」

「『かばん』って名前のヒトが、前に居たらしいんですよ!」

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