第2話 『あだな』

「お友達になろうよ!」


 そういってトモエは手を差し出す。


「?」


 キョトンとしているイエイヌ。


「ああ!」


 ポンと、差し出された手に、手を重ねる。

 『お手』である。


「あ、そうじゃなくて、こう」


 ギュッと、手を掴んで握り直す。


「はい、握手!」


「おおー! これがヒトのご挨拶なんですね!」


 ぶんぶんと、繫いだ手を嬉しそうに振るイエイヌ。

 ぶんぶんと、尻尾も同じく。


「あ! ではこちらも、どうぞ!」


 パッと振り向き、尻を向ける。


「え、えぇ~」


 困惑するトモエ。


 ラッキービーストが解説をはさむ。


「イエイヌハ、オダガイノ、シリノニオイヲ、カギアウコトデ、コミュニケーションヲ、トルンダ」

「キュウカクガ、ヒジョウニスグレテイテ、ニオイカラ、アイテノタイチョウ、カンジョウマデモヨミトレル、トイワレテイルヨ」


「そ、そうなんだ……」


「さあさあ、どうぞ!」


 期待のこもったイエイヌの目。


「うー……」


 やむにやまれず、顔を赤く染めながら、屈む。

 ピシパシと顔を打つ尻尾。

 こそばゆさを我慢して、スンスン。


「もー! 分かんないよー!」


「あはっ、これでお友達ですね!」


 喜ぶイエイヌ。


「あ、ボスもいかがです?」


「……」


 そっと余所を見るラッキービースト。


 そこに、トモエの手が伸びてくる。


「はい、ラッキービーストさんも」


 差し出された手。


「握手ーって……手はここ?」


 耳? の間に、手。


「ヨロシクネ」


 その手をキュッと挟む。


「うん!」



☆★☆



 さて、とイエイヌ。


「ふう……お腹いっぱいです」


 手と手を合わせて、


「ごちそうさまでした……これでいいんです?」


「そうそう。あたしも……ごちそうさまでした!」


「オソマツサマデシタ」


「『いただきます』と『ごちそうさまでした』……これがヒトのやりかたなんですねー!」


面白いです! と。


「でも、どうしてこんなふうにするんです?」


 イエイヌの質問に、うーんと唸るトモエ。


「何でだろ……でも、『ありがとう』って感じ……だと思う」


 ほほー、と感心するイエイヌ。


「『あくしゅ』といい、ヒトって面白いことしますねぇ」


「そう……かなぁ」


 腑に落ちないトモエ。


「それじゃあ、お片づけしちゃいましょう!」


 カチャカチャ、ティーポットとカップを下げるイエイヌ。


「あたしは何をしたらいい?」


 背中に声がかかる。


「あ、では、ジャパリまんの『皮』を籠に入れてボスに渡して下さい」


「はーい」


 ガサガサと『皮』を集めて籠に。


「はい、ラッキービーストさん」


「タスカルヨ」


 耳? で受け取るラッキービースト。


「これ、どうするの?」


 尋ねるトモエ。


「モウイチド、コンポウニツカエルヨウニ、ブンカイサイセイショリニ、マワスヨ」

「フレンズヤ、タノドウブツタチガ、タベテシマッテモ、モンダイハナイケレド、デキルカギリハ、カイシュウシテイルンダ」


「ふーん……あむっ」


 一つ、つまむ。

 ぱりぱり、しゃくしゃく。


「うん……おいしくは……ないね……」


 なんとも言えない顔になる。


「あー、私も教えてもらうまでは『皮』ごと食べてましたねぇ」

「中には『皮』ごとのほうが好きって子もいますけどね」


 片付けの終わったイエイヌ。


「じゃあボス、すみませんがジャパリまんの追加を……」


 しゃがんで、ラッキービーストに言う。


「あ……そっか、あたしが食べちゃったから……」


「大丈夫ですよ。いつも晩ごはんの分まで、まとめていただいているだけですし」


 申し訳なさそうにするトモエに。


「モンダイ、ナイヨ」


 と、ラッキービースト。


 ピクピクとイエイヌの耳が動く。


「おや?」


 出入り口のほうを、見る。


 テクテクと歩いてくる、青くて小さなもの。


 頭? の上には籠。


「珍しいですねぇ、同じ所に二人もボスが来るなんて」


「へ?」


 トモエが間の抜けた声を出す。


「……」「……」


 新たに現れたラッキービーストが、籠を床に置く。

 無言のまま『皮』の入った籠を受け取り、帰っていく。


「あはっ、わざわざ別のボスが来てくれるなんて……トモエさん?」


 見れば、口をあんぐりと開けたトモエ。


「ええー!!」


 理解が追いつき、驚愕の声をあげる。


「ラ、ラッキービーストさんって、何人もいるの?!」


「あぁ、言ってませんでしたね」

「はい、いっぱい居ますよ。割と」


 頷くイエイヌ。


「えぇ……なんでぇ……?」


「さあ?」


 首を捻る。


 ハッと気付いたように、イエイヌの顔を見るトモエ。


「も、もしかして……イエイヌさんも……いっぱい居る……とか?」


 恐る恐る、尋ねる。


「あっはは、まっさか~。そんなの……二、三人だけですよ?」


「ええー!?」


「あははは! うそうそ! 冗談ですよ!」


 再び驚くトモエ。屈託なく笑うイエイヌ。


「……」


 無言のラッキービースト。


「あははは……はーっ、おっかしい」


「もー! からかわないでよぅ!」


 まったく、もう! と、頬を膨らませるトモエ。


「でも……」


 ひとつ、気付く。


「どうしよっか? みんな『ラッキービースト』さん、なんだよね?」


「?」


「ソウダヨ」


 頷くラッキービースト。


「イエイヌさん、見分けってつく?」


「うーん……匂いはみんな違うんですが、どれが誰かまでは……」


 考えこむイエイヌ。


「まあ、ボスはボスですし?」


「そっかあ……」


 うーん……


「あ! そうだ!」


 閃く、いや、思い出す。


「あだ名! つけちゃっていい?」


「あだな?」


 首を傾げるイエイヌ。


「そう、あだ名! 友だちにつけて、呼ぶんだよ!」


「ほほー!」


 イエイヌの目がキラキラと輝く。


「面白そうですね!」


「……」


 無言のラッキービースト。


「えーっとね……ラッキー、ビースト……」

「でも、イエイヌさんは、ボスって……」


 ぶつぶつと、唱えるように。


「ラッキー、ビースト、ボス……」

「ビース、ト、ボス、ビース、ボス……ビス」


 目を、合わせる。


「ビス……で、どうかな?」


 ラッキービーストは、


「……」


一寸、間を開けて


「……ワカッタヨ」


と。


「あはっ、決まりですね!」


「やったー!」


 両手をあげて喜ぶトモエ。


「よろしくね、ビス!」


「ビス……なんかかっこいいですね!」


「ヨロシクネ」


 頷くラッキービースト――ビス。


 さて、とイエイヌに向き直るトモエ。


「じゃあ次はイエイヌさんも!」


「私も、ですか?」


「うん、だって」

「あたしに『トモエ』ってつけてくれたから……おかえし!」


 ニコッと笑う。


「! では、お願いします!」


 ワクワクと、期待のこもった眼差し。


「えー……イエイヌ、イエイヌイエイヌイエイヌ……」


 また、唱えるように。


「イエ、イヌ、イエイ、ヌ、イ、エイヌ……」

「ヌ、ヌ、ヌ、イ……ヌイ、ヌイちゃん」


 パッと顔を上げる。


「『ヌイ』ちゃん、で……どう?」


「あはー! いいですねぇ!」


 ぶんぶんと、尻尾を揺らすイエイヌ――ヌイ。


「やったー!」


 ぴょんと、飛び跳ねるトモエ。


「ほら、すっごく友だちっぽい!」


「なるほどー!」


 笑い合う二人。いや……


「ヌイちゃん、ビス」


「トモエさん」


「トモエ」


 呼んで、呼ばれて。


「よろしくねっ!」


 差し出される両手。


 今度は、自然と。


「はいっ!」


「ヨロシク」


 手を繋ぐ。

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