出会いと旅立ち

第1話 『はじめまして』


「ふーんふふーんふーん♪」


 調子っぱずれな鼻歌まじりに、せっせと部屋を掃除する少女。

 その手つきは慣れたもので、上から下に掃き掃除拭き掃除。部屋の隅まできっちりと。


「これで、よしっ、と!」


 掃除用具を片付けて一息。


「ふぅ、お掃除完了です。むふー 」


 少し自慢げに部屋を見渡す少女。家具から調度品にいたるまで、綺麗に手入れが施されている。


 よく磨かれた窓。

 開け放たれたそこからのぞく空は快晴。高く登った太陽の日差しが眩しい。


「いいお天気ー 」


 窓辺に寄り、外を見やる少女。そよそよとした風を受け、目を細める。


「ふわぁー 」


 あくびをひとつ。


「ううん、今日のお散歩はお昼寝してからでいいかなぁ」


 独りごちつつ、傍らのベッドに腰掛ける。


「その前にお昼ご飯かな。……ボス、まだかなー 」


 おもむろにサイドテーブルの引き出しを開ける少女。そこには一枚の『絵』。


「むふふー 」


 『絵』を手に取り、ニマッと笑う少女。眺めつつ、愛おしそうにそっと撫でる。

 それは少女の癖のようなもの。落ちていたこの『絵』を拾ってからというもの、暇があればこうして手に取り眺めていた。


 その『絵』に描かれているのは、一人の女の子。

 しかしそれは決して美麗なものではなく、稚拙な、と形容したほうがよいもの。

 きっとまだ幼い子供が描いたのだろう。それが証拠にほら、目の色など……



 びゅう


と、突然に風が部屋へと吹き込む。

 

 先ほどまでのそよ風はどこへやら、まるで春一番のよう。


「わあ! 」


 少女は慌てて、『絵』が飛ばされないように押さえる。


 その時、突風に乗って一粒のキラキラと輝く結晶が少女のいる部屋へと舞い込んだ。



 もし、その結晶が飛ばされてこなかったら。

 もし、その時に窓が開いていなければ。

 もし、その時に少女が『絵』を眺めていなければ。


 きっとこの出会いは……




「ふぅ、びっくりした……って、え? 」


 風がおさまり、少女は顔を上げた。

 すると目の前には虹色に光り輝く塊が。


「これって、もしかして……」


 少女が固唾を呑んで見守るなか、光の塊は徐々に形を変えていく。

 

 そしてついには……



「う、ん…… 」


「ふ、フレンズが生まれるところ、初めて見ました…… 」


 驚愕した少女の前に、形が変わり、発光の収まった『それ』があらわになる。


 『それ』は女の子の形をしていた。

 いや、女の子そのものだろう。床に寝転ぶ姿勢で、わずかな身じろぎと微かなうめき声。

 『それ』は命の気配を放っていた。

 およそ傍らの少女と同じ年頃の女の子が、そこに現れていた。


「う…… 」


「あ、あの、だ、大丈夫……ですか? 」


 動揺の治まった少女が、遠慮がちに女の子へと声をかける。


「う、あ……? 」


 ゆっくりと女の子の目が開く。

 少女と、目が合う。


「だ、れ……? 」


「あ、気がつきましたか? 起きれます?」


 ゆっくりと体を起こす女の子。

 少女は肩を抱くように女の子を支える。

 すると、


「……ん? クンクン」


 どこか、懐かしい匂い。

 いつか、どこかで嗅いだことが……


「クンクン。 クンクンクン! 」


「うひゃあ?! 」


「はっ! すみません、つい癖で」


 匂いを確かめるのに夢中になり、頭、肩、背中と嗅いでいき、ついには尻にまで顔を近づけだす少女。


 たまらず赤面し、飛びのく女の子。


「あ、あ、あなたは一体……? 」


 戦慄きながら、手で尻を庇いつつ問う。


 少女は佇まいを直して、つげる。


「こほん、失礼しました」

「はじめまして、私はイエイヌ。あなたは……何か、思い出せることってあります?」


「イエイヌ……さん…… 」


 イエイヌ、と名乗った少女に対し、女の子はゆるゆると首を振った。


「うーん…… 覚えてるような、覚えてないような…… 」

「なんかモヤッとしてて、よくわかんない……です」


 小首をかしげながら、そう言う女の子。


「それより……そのお耳と尻尾は……? 」


 視線はイエイヌの顔、から少し上に。それから下がって腰、の後ろに見え隠れするものへ。


「これですか? フレンズによっては付いてない子もいますが…… 」


 くるりと半回転し、見せつけるように尻尾をふりふりと。同時に頭上の耳もぴくぴくと。


 それらは彼女――イエイヌが、只の少女ではないことを示していた。


「私はほら、このとおり!……気になります? 」


「わあ……本物なんだ…… 」


 女の子の困惑顔が、打って変わってキラキラと輝いたものに。


「あなたには……うん、どちらも付いてませんねぇ…… 」

「クンクン…… それにこの匂い…… 」


 うーん、と考えこみながらイエイヌは女の子のまわりを一周。


「あなた、ひょっとしてヒトのフレンズなのでは? 」


「ヒト? フレンズ? 」


「ああ、ごめんなさい。なにぶん、フレンズになりたての子と話すのは初めてでして……」


 女の子の疑問の声に、申し訳なさそうに答えるイエイヌ。


「ええと、まずここがどこかっていうのも分からない……ですよね? 」


 静かにうなずく女の子。


「ここはジャパリパーク、私たちフレンズがたくさん住んでるところなんですよ!」


 そう言って窓の外を指し示すイエイヌ。

 女の子はつられて外を見、驚嘆の声をあげる。


「うわぁー! 」


 そこには視界いっぱいに広がる黄褐色の草原。

 疎らに生えた木々、晴天の空。

 遠くに見える不思議な形をした大きな山。

 地平まで続く青色と黄土色、時折混ざる白色に緑色。


 二人のいる小高い丘の上、その小屋の窓から覗く大自然のコントラスト。


 まるで巨大な絵画のような風景が、そこにあった。

 

「ふふーん。いい眺めでしょう? お気に入りなんですよ、ここ」


「ふわぁ……すっごーい! 」

 

 得意満面のイエイヌ。

 雄大な景色に、感嘆の意を隠さない女の子。


「遠くの山が見えます? あの山からサンドスターが噴き出すんですよ」


「さんどすたー? 」


「ほら、地面がところどころキラキラしてるでしょう? あれがサンドスター 」

「サンドスターはフレンズにとって、とても重要なものなんです」


 見れば、草陰のあちこちから虹色の光が立ち上っている。


「えーっと……たしか、『どーぶつまたはそのいぶつ』にサンドスターが当たって『それらがヒトかしたもの』がフレンズなのです……ってハカセが言ってました」

「どうしてサンドスターからフレンズが生まれるのか、っていうのはまだ全然分かってないんですが、自分のサンドスターが無くなっちゃうと元の動物に戻ってしまうんです」


「へぇー……ん? 」


 イエイヌの言葉に聞き入っていた女の子が首を傾げる。


「えっと、じゃああたしってその、サンドスターでフレンズになった、ってことでいいんだよね……ですよね? 」


「ふふっ。普通に話してくれて構いませんよ? 」


 ぎこちない女の子に対し、柔らかく応じるイエイヌ。


「ほんと? ありがとう! 」

「……それでね、さっきあたしのこと『ヒトのフレンズ』かも、って言ったじゃない? 」


 うなずくイエイヌ。


「その『ヒト化』っていうのはよく分かんないけど、あたしはフレンズになる前はヒトだった……いや、前からヒトだった、てこと?」


「あ、いえ、それなんですが…… 」

「あなたがつい先ほど生まれたフレンズであることは間違いないないんです。見てましたから。ただ…… 」


 すっ、としゃがんだイエイヌは『絵』を拾い上げた。

 それは直前までイエイヌが眺めていた『絵』だった。


「たぶん、この絵にサンドスターが当たったと思うんですよ。だからヒトがそのままフレンズのあなたになったわけじゃない……はずです」

 

「どれどれ? へー……あ! 」


 イエイヌが差し出した『絵』を見た女の子が声をあげる。


「これ……ひょっとしてあたし、かなぁ?」


 『絵』と自分を見比べる。

 青い帽子、一つ結びの髪、青いジャケット、青いかばん……

 一つ一つ、手に取って確認していく。

 顔は……よく分からない。


 ペタペタと自分の顔を触る女の子。


「ああ! 言われて見れば確かに! 」


 イエイヌは『絵』を掲げて、女の子と『絵』を交互に見比べる。

 その時、


「ん? 」


 女の子は『絵』の裏側に書かれた文字に気がついた。


「と、も、……え……?」


 ところどころ掠れていて、他は読めない。


「と・も・え? なんのことです? 」


 不明な言葉を聞き返すイエイヌ。


「あ、いや、裏になにか書いてあるなーと思って」


「え゛っ!?」


 バッと『絵』を裏返す。

 しかしイエイヌにはそれが文字なのか模様なのか、区別はつかなかった。


「あなた、『もじ』が分かるんですか?!」


「う、うん。……たぶん 」


 驚くイエイヌに、自信のなさそうに答える女の子。


「はー、これが『もじ』とは気づかなかったです…… 」


「それ、けっこう掠れちゃってるから分かんなくても無理ないよ! 」

「ほ、ほら、こっちのほうなんかひとつも読めないし! 」


 どことなくしょんぼりとしたイエイヌに対し、フォローをいれようとする女の子。

 『絵』の表、下の方に書かれた文字らしきものを指さす。

 掠れがひどく、どれも読むことが出来ない。


「え゛っ!? こっちにも?!」


 再び驚くイエイヌ。


「うう、毎日見てたのに…… 」


「大丈夫、大丈夫だから! あたしにも読めないから! 元気だして! 」


 今度ははっきりと落ち込むイエイヌ。

 耳が垂れ、しゅんとした様からは哀愁が漂っている。

 それを、なんとか励まそうとする女の子。


「……でも、これではっきり分かりました」


「そうだよ! 分かんないままよりは、ずっといいことだよ! 」


「いえ、そっちではなく」


 ついっと『絵』を脇によける。


「あれっ? 」


「あなた、やっぱりヒトのフレンズなんですよ。間違いないないです! 」


 力強く、断言する。


「まだ生まれたてにもかかわらず、すぐに『もじ』が読めました! 」

「しっぽも耳も付いてなく、そして何よりこの匂い! 」


「えぇ……そんなに匂う? 」


 顔を赤らめながら、スンスンと自分の匂いを嗅ぐ女の子。


「はい! とってもいい匂いです! 」


「うぅ……は、恥ずかしい…… 」


 さらに赤くなり、身をもじもじとよじる。


「私、ヒトの匂いのするものが好きでたくさん集めてるんです」

「だから、あなたの匂いがヒトの匂いだって分かるんです! 」


「そうなんだ……すごいなぁ、あたし自分じゃよく分かんないや…… 」


「大丈夫ですよ。フレンズによって得意なことは違いますから。ほら、あなただって『もじ』が読めるじゃないですか! 」


「そうかなぁ…… 」


 ポリポリと頬を搔く女の子。


「そうだ! せっかくなので、私のコレクションを見てください。その絵もそうなんですが、まだまだいっぱいあるんです! 例えばですね―― 」


 ガチャガチャと引き出しの中を漁り出すイエイヌ。


 すると、


くぅ


と、可愛らしい腹の音が。


「あぅ…… 」


「あはっ、おなかすいちゃってるんですね」


 恥じ入りながら腹を押さえる女の子。


 「もうちょっと待ってて下さいね。多分、もうじきボスが食べ物を持ってきてくれますから」


「ボス? 」


「ボスはジャパリパークのみんなにジャパリまんを配っているんです。とっても偉い方なんですよ! 」


 続けて、尋ねる


「ジャパリまんって、なに? 」


「ジャパリまんというのは……食べたら分かりますよ。すごくおいしいですから」


 ピクリ、とイエイヌの耳が動く。


「ああ、噂をすれば! 」


「?」


 イエイヌが、開いた扉――小屋の出入り口に。


 すると、


「あはーっ、お待ちしてましたー! 」


 テクテクと歩いてくる、青くて小さなもの。

 頭? の上には籠。


 妙な愛らしさのあるそれは、生き物なのかそうではないのか。


「こちらがボスです。こうやってジャパリまんを持ってきてくれるし、私がいない時はここのお掃除までしてくれるんですよ! 」


 テクテク。

 そのままイエイヌの横を通り過ぎ、部屋の中へ。


 女の子の前まで来たボスは、どうやってか、頭上の籠を器用に床へ置いた。


 つぶらな瞳、大きな耳?、縞模様の尻尾。

 動くぬいぐるみ、といった風貌のボス。


 自分とも、イエイヌとも明らかに異なる容姿のボスに対し、女の子はためらいがちに尋ねる。


「あ、あのー、あなたもフレンズ……なの?」


「チガウヨ」


「へっ?」


 イエイヌが間の抜けた声を漏らす。


「ハジメマシテ、ボクハ『ラッキービースト』ダヨ。ヨロシクネ」


 独特の機械音声でボス――ラッキービーストがこう尋ねる。


「キミノナマエヲ、オシエテ。キミハ、ナニガミタイ? 」


「えっ? 名前? えーっと……ねえ、イエイヌさん? 」


 戸惑いのまま、イエイヌに顔を向ける女の子。

 しかしイエイヌは、


「……し」


「し? 」


「しゃべったー!? 」


 よほどショックだったのだろう。

 ラッキービーストが喋りだしてから、固まっていたイエイヌ。

 話を振られたことで、ようやく理解が追いついたようだ。


「え? あんまり喋らないの? 」


「初めて声を聞きましたよ! 」


「えー? ボス……ラッキービーストさん、少しはイエイヌさんとも、ちゃんとお話してあげてよ。そういうの、良くないと思うよ……思いますよ? 」


 いまだ驚愕の中にあるイエイヌをよそに、女の子は眉根を寄せてラッキービーストに言う。


「ダメダヨ」


 小さな体ごと、首を横に振る。


「ボクタチ、ラッキービーストハ、『ヒト』ノキンキュウジタイ、タイオウジ、イガイ、フレンズヘノカンショウハ、キョカサレテイナインダ」


 平坦な淡々とした口調。


「パークノセイタイケイノイジヲ、ゲンソクトシテイルカラネ。カノジョタチニオヨボスエイキョウハ、サイショウゲンニトドメルヒツヨウガ、アルンダ」


 話が途切れ、無言で顔を見合わせる女の子とイエイヌ。


「何の話か分かる? 」


「さあ? 」


 二人揃って首を傾げる。


「…… 」


 ラッキービーストの耳? が前に垂れる。

 項垂れているようだ。


「……なんとなーく、だけど」


 ラッキービーストに向き直る女の子。


「フレンズとはお話しちゃいけないって誰かに決められてる、てことかなぁ? 」


「ソウダヨ」


 持ち直した様子のラッキービースト。


 キュッと女の子の眉がつり上がる。


「そんなの駄目だよ! 」

「お話出来たら、友だちになれるかもしれないのに! 誰がそんなこと決めたの!?」


 プンスカと怒る女の子。


「ま、まあまあ。落ち着いて下さい」


 宥めるイエイヌ。


「なんだか事情がお有りのようですし……ね? 」

「確かにびっくりしましたが、別に何かが困るってことはないですよ。今までずっとそうでしたし」


 憤懣やるかたない女の子に対し、ラッキービーストは、


「パークノホゼンニカカワルゲンソクハ、ホゼンキテイカンリシャニヨッテ、サダメラレテイルヨ」

「ゲンザイ、キテイカンリシャヘノアクセスハ、フカノウナジョウタイダヨ」


 また、顔を見合わせる二人。


「……なんて言ってるんです? 」


「……たぶん、その決まり事を作った誰か、には今は会えない……てこと、でいいかなぁ? ……いいですか? 」


「ソウダヨ」


 体全体で頷くラッキービースト。


「むむむ…… 」


 納得のいかない様子の女の子。

 まあまあ、と宥めるイエイヌ。


「ほ、ほら、きっとお腹がすいてるので怒りっぽくなってるんですよ」

「さあ、ごはんにしましょう! 」


 ラッキービーストの置いた籠からひとつ、袋を取り上げて女の子へ手渡す。


「これが、ジャパリまん? 」


「ソウダヨ」


 横から、ラッキービーストが。


「ジャパリマンハ、フレンズタチガ、ヒトカシタエイキョウデヘンカシタ、ミカクナドヲコウリョシテ、ツクラレタショクリョウナンダ」


 続けて、


「アジハモチロン、エイヨウバランス、ショッカン、ホゾンセイニモ、ハイリョサレテイルヨ」

「フレンズヨウニ、ツクラレテイルケド、ヒトガタベテモ、アンゼンダヨ。オミヤゲヒンニモ、オススメダヨ」


「……おいしいよ、ってこと? 」


「ですね。実際おいしいですし」


「ソウダヨ」


 袋詰めされたジャパリまんを見つめながらふと、あることに気がつく女の子。


「……ねえ、ラッキービーストさん」


「ナニカナ? 」


「フレンズの子とはお話したら駄目なん……ですよね? 」


「ソウダヨ」


 首肯するラッキービースト。


「……あたしもフレンズなんだけど……ね?」


「はい。つい先ほど生まれたフレンズさんです」


 同意するイエイヌ。


「ソ…… 」


「「そ? 」」


 二人の疑問の声が重なる。


「ソ、ソソソソ、ソソソソソソソ…… 」


 カタカタと震えだすラッキービースト。


「ど、どうしたの?! 」


「ボス!? しっかりしてください! ボスー!! 」




☆★☆




「「いただきまーす」」


「メシアガレ」


 女の子とイエイヌ、並んでベッドに腰掛けている。


「まずジャパリまんはですねー、こうやって、『皮』を取ってから食べるんですよー」


 バリッと外袋を破き、中身を取り出してみせるイエイヌ。


「おおー」


 倣って、自分のものを開ける女の子。


「スンスン、あ、いい匂い」


「でしょう? あむっ……味もいいですよ」


 あーん、はむっ、もぐもぐ、ごくん。


 「んー、おーいしー!」


 手をばたつかせて、おいしさを伝える女の子。

 二口、三口、手が止まらない。


「はむっ、はむっ」


「そんなに急がなくても、逃げたりしませんよ?」


 もぐもぐ、空腹も手伝ってか、勢いが緩まない。

 すると案の定、


「んぐ?!」


喉を詰まらせる。


「ああ、ほら、……こちらを」


 イエイヌが差し出したのは、ティーカップ。

 中には透き通った茶色。


 受け取ったそれを一息に喉へと流し込む。


「んっ、んっ、んっ、ぷはぁー……あ、これもおいしい……」


「んふふー、『こうちゃ』っていうんですよ。ハカセが教えてくれました」


「さっき用意してたやつだよね?」


 サイドテーブルに置かれたティーポットを指さす。


「はい、『おちゃのは』というのをお湯に入れるんです」

「あ、おかわりをどーぞ」


「ありがとー」


 カチャリ、自分もコクリと一口飲むイエイヌ。


「んー、いい味いい匂い! ただの葉っぱみたいなのに、どうしてこんなに違うんでしょうねぇ」


「はー、なんか落ち着くー」


 コクリ、コクリ。カップを空ける。


「……」


 じっと二人を見つめるラッキービースト。


「あ、ラッキービーストさん」


 女の子がはい、とジャパリまんを差し出す。


「いっしょに食べよ?」


 静かに、首を振る。


「ボクタチ、ラッキービーストハ、ショクリョウヲセッシュスルコトハ、デキナインダ」


「え……お腹、すかないの?」


「ダイジョウブ、ボクラニハ、ボクラノショクジガアルカラネ」


 デモ、と、


「アリガトウ。キモチダケ、モラッテオクネ」


ピコピコと耳? を動かせて、答える。


「ほら、だからボスは偉いんですよ」

「自分は食べられないのに、それでも私たちにジャパリまんをくれるんですから」


 ふふん、と何故が誇らしそうなイエイヌ。


「そっかぁ……」


 悲しげに顔を曇らせる女の子。


「……」


 僅かに、女の子との距離を詰めるラッキービースト。


「チョット、イイカナ?」

「サキホドハ、キキソビレテシマッタカラネ」


 改めて、問う。


「キミノナマエヲ、オシエテホシインダ」


「あ! そうだった!」

「ね、イエイヌさん。あたしの名前って知らないかな?」


「名前……ですか」

「ヒトのフレンズなので、そのまま『ヒト』さんでいいのでは?」


 イエイヌの答えに対し、女の子は、


「ヒト、ヒトかぁ……なんかしっくりこないなあー」


うーん、と悩む。


 どうやら納得いかないらしい。

 イエイヌははた、と思いついた。


「あ、じゃあ……」


 ガラッ、とサイドテーブルの引き出しを開け、『絵』を取り出す。


 裏側を指さして、言う。


「『トモエ』さん、なんてどうです? ここに書いてあるんですよね?」


「ともえ……?」


 口に出してみる女の子。


「ともえ、トモエ、トモエ! トモエ!!」


 繰り返し、繰り返し。噛み締めるように。


「うん! なんかしっくりくる! あたし『トモエ』がいい!!」


 嬉しそうに。楽しそうに。


「あはっ、じゃあ決まりですね」


「ワカッタヨ、『トモエ』」


「あ……そうだった……」


 立ち上がり、一歩、二歩、距離を取る。


「えー、おほん。では、改めまして……」


 わざとらしい咳払い。


「はじめまして、トモエっていいます! よろしくね!」


「はい、よろしくお願いします」


「ヨロシクネ」



 もし、イエイヌが『絵』を拾っていなければ。

 もし、その『絵』が描かれていなければ。

 もし、『ジャパリパーク』が無かったなら。


 きっとこの出会いは無かっただろう。


 ここはジャパリパーク。沢山のフレンズ達が暮らす場所。


 きっと今日もどこかで、新しいフレンズが、新しい出会いを。


 そして、


「お友達になろうよ!」


 新しい友達が生まれる。

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