プロローグ 3

 今日は女の子たち一家が『動物園』で過ごす最終日。

 『動物園』をぐるっと一廻りして、また『動物園』の入り口まで戻ってきました。


 そこは一つの遊園地がまるまる収まっているようで、遠目からでも観覧車やジェットコースターが目立ちます。


 女の子たち一家は、今回の旅行の締めくくりとして、各所のアトラクションでもって大いに遊ぶことにしました。





 遊び疲れた頃合い、小休止を入れることにしました。

 ベンチに腰掛け一休み。


 女の子は自分のバッグから『あの子』のスケッチブックを取り出し、ペラリ。


 そこにはやはり、この遊園地の光景が描かれています。


 絵をそっと、ひと撫で。

 『あの子』がこの絵を描いている情景を思い浮かべます。

 今の自分みたいに、『動物園』を満喫して、またこの入り口の遊園地に戻って来て、それから……


 それから……


 『あの子』は、私と……


 女の子はふと、またあの場所に行きたいと思いました。

 『あの子』と出会った、動物ふれあいコーナーに。


 そうしたら、もしかしたら次の『私』がいるかも知れない。


 そうしたらまた、ひょっとしたら次の『私』が、友だちになってくれるかも知れない。


 それはとても素敵なことだ、と。

 女の子はそう思います。


 そう思い立ったら、いてもたってもいられません。

 

 しかし、今はちょうどパパが飲み物を買いに行っているところです。

 すぐに、とはいきません。


 あのね、ママ……


 女の子は隣に座るママに、お願いをしておくことにします。


 ママはクスリと微笑んで、じゃあ次はそこね、と。


 少し顔を赤くしながらも、女の子は期待に胸を踊らせます。


 そんなに都合よくはいかない、なんてのは大人の理屈です。

 女の子にとって、『そうあったらいいな』は『きっとそうに違いない』と大差ありません。

 

 だって、あんなに素敵な出会いがあったんだから。きっと次だって。


 それはいつしか、大人たちが忘れてしまった『未来を信じる』純粋な思い。

 子供だからこそいだける希望。

 どうせ、とか結局は、とか。

 諦め、不信、不安などの濁りのない思い。


 それはまるで、夜空に浮かぶ星々のように、キラキラとした『輝き』を放っていることでしょう。




 それは、突然でした。


[緊急事態発生! 緊急事態発生! お客様は職員の誘導に従い、直ちに避難してください! ]


 地震。

 

 地響き。

 

 轟音。


 鳴り響くサイレン。


 スピーカーの声。


 ざわめく人々。


 一度にたくさんのことが起こりました。

 女の子にとって、それらは理解の及ばない出来事でした。

 

 気がつけば、手がぎゅっと、ママに握られていました。

 

 大丈夫よ。


 ママはそう言ってくれますが、不安は拭えません。


 パパは……?


 辺りをキョロキョロと見回します。


 いました。少し離れた場所から、手に持っていたジュースを放り出して、駆けてきます。


 無事か?!


 血相を変えたパパの顔。初めて見る顔。


 ああ、きっとただごとではないのだろう。


 遅まきながら、理解が追いついてきます。


 


 皆さん! こちらに避難してください! 急いで!


 職員と思わしき人が、手を振りながら叫んでいます。


 ママに手を引かれながら、女の子は懸命に走って付いて行きます。


 周りには、同じように逃げる人々。

 女の子たちと同様、子供を連れた家族も大勢見受けられます。

 やはり、皆の顔には困惑と不安が。


 その不安を煽るように響くサイレン。


 遠くに聞こえる、悲鳴にも似た『けもの』たちの咆哮。


 息を切らしながら、それでも必死で皆と同じ方向に、この『動物園』の入り口ゲートへ向かいます。

 ゲートから出られれば、後は安全に『動物園』から離れられます。


 女の子は、ぎゅっと握りしめます。一方はママの手を、もう一方は『あの子』のスケッチブックを。

 無我夢中、我武者羅、遮二無二。他のことを考える余裕などありません。

 ただ、パパとママのあとをついて行きます。


 


 突然、背後から再び轟音が鳴り響きます。

 

 しかし今度は近い!


 思わず、女の子を含め多数の人が音の方へ振り向きます。


 もうもうと立ち上る白煙。


 ガラガラと音をたて、崩れる外壁。


 煙を裂くように、ぬっと。


 黒く、大きな、何か。


 目が、こっちを。


 

 『せるりあん』


 確か、『ぱーくがいど』の人が言ってた。


 でも、あれが?


 あんなに、大きいのが?


 女の子は一瞬、頭が真っ白になります。

 自分が今、何を見ているのか。

 自分が今、何に見られているのか。


 ゆっくりと、山のような巨体が動きます。


 地響き。


 地震。


 その場にいた人々は思わず止めてしまっていた足を、再び動かしはじめます。


 何故ならばその地震は、『それ』が一歩を踏んだために起きたものだから。


 こちらに向けて踏み下ろした足。


 こちらに、向かって、くる。


 理解が、追いつきます。


 悲鳴。


 絶叫。


 もはや秩序だった避難などままなりません。


 いつの間にか、女の子はパパに抱きかかえられていました。


 混乱のるつぼの中、女の子は未だ『それ』から目を離せずにいます。

 パパの肩越しにただジッと、段々と遠くなる『それ』を、震えながら。


 ただ、見ていました。






 ひらり、ひらり。


 一枚の紙が、舞っています。


 もう誰も居なくなった、この場所を。


 ひらり、ひらり。


 それには絵が描いてあります。


 ひらり。


 それは、女の子の……

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