プロローグ 2

 ペラリ、ペラリ。


 女の子がスケッチブックをめくっていきます。

 そこに描かれているのは、この『動物園』の様々な場所です。

 女の子の住んでるところとは全く違う、夢の中の世界のようです。ちぐはぐとしていてバラバラで、とても一つの動物園の中を描いたものには思えません。

 陽炎立つサバンナ、木々生い茂るジャングル、天を突く山々、地平まで続く砂漠、並々と水を湛えた湖、海原のように波立つ草原……


 この『動物園』に来る前の、今日という日を過ごす前の自分であったなら、それらの絵を眺めても今ほどのワクワクする気持ちは得られなかったでしょう。

 

 ベッドに腰掛け、ニマニマと微笑みながら足をパタパタ。

 きっと明日も、今日に負けないくらい素敵な一日となることでしょう。


 ペラリ。

 最後の一枚をめくるとそこには、差し込んでいた『あの子』の似顔絵。


 自分なりに一生懸命描いたその絵は、『あの子』の絵と比べるとちょっぴり見劣りするけれど、女の子にとってはそれで十分なのです。


 まだ幼い女の子の、短い人生から見てすらほんの一瞬にしか過ぎなかった『あの子』との時間。

 しかし、女の子にとってはかけがえのない思い出です。


 その似顔絵は、きちんと『あの子』と過ごした時間を思い出させてくれるのだから。

 

 そうだ!


 女の子は『あの子』にあてた手紙を書くことを思いつきました。

 たぶん、この『動物園』から帰っても、すぐには会えないだろうから。


 しかし生憎と、手元に手紙にできそうな紙はありません。


 仕方がないので、とりあえず似顔絵の裏に下書きをしておくことにします。


 えーっと……


 さて、何と書き始めたものか。

 そうだ、こうしよう。


 わ、た、し、の……







 ガチャリと、部屋のドアが開いてパパとママが入ってきます。


 さあ、もう寝よう。明日は早いぞ。


 パパが言います。


 その様子はどこか、いそいそとしていて落ち着きがありません。 

 きっとパパも、明日が待ち遠しいに違いありません。


 ママと二人、顔を見合わせてクスクスと笑います。なんだかパパが子どもに戻っちゃったみたい、と。


 でも、女の子は知っています。ママだって昼間には、自分といっしょになってキャーキャーと黄色い悲鳴を上げていたことを。


 本当はまだまだ起きていたかったけれど、女の子はお片づけした後、パパとママといっしょにベッドに入ります。


 部屋の明かりが消え、窓からはたくさんの星明かりが差し込みます。


 キラキラと輝く星空を見つめながら、女の子は明日に思いを馳せます。

 今日見た光景は、みんなスケッチブックに描かれた光景そのものでした。

 ならばきっと『あの子』も、自分の得た感動と同じだけのものを覚えてくれたに違いありません。


 であるならば、明日に見る光景もまた、スケッチブックに描かれたとおりのものが見られることでしょう。


 同じ時間を『あの子』と共有することは、ほとんど出来なかったけれど。

 でも、この気持ちだけは、かつて『あの子』が思ったものと同じだけのものを共有出来ている、と確信しています。


 ちょっとだけくすぐったくて気恥ずかしい、だけど全然いやにはならない不思議な気持ちをいだいたまま、女の子はゆっくりと眠りに落ちていきました。

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