けものフレンズReunion
静鞠 巴
プロローグ
プロローグ 1
昔々あるところに、とてもとても大きな『動物園』がありました。
その『動物園』の一角に、動物たちと触れ合えるコーナーがありました。
ウサギやモルモット、カピバラなどの大人しい動物たちばかりです。
いくつかの柵で隔てられ、その中でお客さん達は、思い思いに動物たちとの触れ合いを楽しんでいます。
その柵の一つに、一匹の犬がいます。
白というかグレーというか、何とも言えない色合いで、何の犬種かもよく分かりませんが、とにかく犬です。
お客さんが通りがかるたびに、しっぽをふりふり。柵の中を、右へ左へ行ったり来たり。
とても人懐っこそうです。
柵の外、近くまで女の子が一人、寄ってきました。恐る恐る、一歩一歩。
後ろの方ではパパとママがニコニコ、微笑んで見守っています。
犬は女の子に気付き、しっぽをふりふり。柵の間から鼻面を突き出して、女の子を待ちます。
そうっと、差し出された手が触れます。
ふりふり。犬はしっぽ以外、微動だにしません。今、この手を舐めたりすると、女の子が逃げていってしまうのを知っているから。
最初はちょんちょんと、次第になでなでと。
女の子はもう、怖くありません。
ふりふり、うっとり。犬も嬉しそうです。
なでなで。ふりふり。
しばらく撫でているともう一人、女の子が近づいてきます。ちょうど同い年位の子です。
恐くない?
大丈夫だよ。
聞かれた女の子は答えます。
恐る恐る。ちょんちょん。なでなで。
もう一人の女の子も、もう怖くありません。
かわいいね。
かわいいね。
女の子が言うと、もう一人の子が返します。
後ろの方ではニコニコ。二組のパパとママが微笑んで見守っています。
女の子達がそろって振り返り、聞きます。
この子といっしょに遊んでいい?
柵の中に入っていい?
しっぽをふりふり。犬もジッと見つめています。
二組のパパとママは顔を見合わせた後に、もちろんと言い、二人を柵の中に入れてあげます。
しっぽをふりふり。犬は決して二人に飛びかかったりしません。そうすれば、二人を泣かせてしまうのを知っているから。
女の子、犬、女の子。二人で犬を挟みつつ、撫でています。
かわいいね。
かわいいね。
ふりふり。うっとり。犬も嬉しそうです。
そうして犬を撫でながら、女の子はもう一人の子に聞きます。
あなた、お名前は?
あたしは……
二人は自己紹介しつつ、撫でつつ。
ふりふり。
どこに住んでるの?
何才なの?
お互いにお互いのことを聞いては撫で、答えては撫で。
ふりふり。犬も嬉しそうです。
一通りのことを聞いて聞かれて、もう一人の女の子は言います。
あたしたち、友だちだね!
そうだね、友だちだね!
女の子は答えます。
ふりふり。犬も嬉しそうです。
こうして二人は友達になりました。
しばらく、二人と一匹は追いかけたり、追いかけられたりしながら楽しく遊びます。
しかし、楽しい時間の過ぎ去る早さといったら!
あっという間にお別れの時間がやってきてしまいます。
明日もいっしょに遊べるよね?
女の子はもう一人の子に聞きます。
しかし返事がありません。
うつむいて、とても悲しそうです。
この『動物園』はとても広いので、何日かに分けて回れるよう、宿泊施設があちこちに設置されています。
女の子たち一家も、何日かの泊まりがけの、今日はその初日です。
そう、タイミングが悪かった。
もう一人の女の子と両親はちょうど今日、『動物園』を回り終わって最終日、明日はもう、いません。
明日はもう、遊べません。
ぐしぐしと、もう一人の女の子は涙を拭って、こう言います。
ごめんね。もう帰らなきゃ。
続けて、
でも、もう友だちだから!
だから、
だから、約束! またいっしょに遊ぼう!
女の子も、ぐしぐしと涙を拭い、こう言います。
うん! 約束だよ!
もう一人の女の子ともども、決して駄々をこねたりはしません。それはパパとママを困らせるだけだと知っているから。
そうだ!
もう一人の女の子は、持っていたかばんから、一冊のスケッチブックと色鉛筆を取り出し、こう言いました。
似顔絵! 似顔絵描かせて! それに約束を書けば、絶対忘れないから!
じゃあ、私も! 私も描かせて!
女の子もこう言い、お互いに似顔絵を書くことにしました。
それぞれの両親に、あとちょっとだけ、とことわります。
女の子たちはそれぞれ、相手の似顔絵を描き、また遊ぶための約束を書き込みました。
じゃあ、もういっこ約束!
もう一人の女の子は、たった今描き終わったばかりの似顔絵をスケッチブックから外してしまいます。
はい! これ!
そして、スケッチブックのほうを女の子に差し出します。
どうして? 紙は一枚でいいよ?
女の子は同時に描き始めるため、前もって取り外した紙を一枚受け取っています。追加は必要なさそうです。
そうじゃなくって、見て!
もう一人の女の子は、パラパラとスケッチブックをめくります。
そこには、この『動物園』のいろいろな風景が描かれていました。
あたしが行ったところ! 全部描いたの!
もう一人の女の子はちょっぴり自慢げです。
すごい! こんなにたくさん!
女の子は素直に驚きます。
あたしの思い出! 預けるから! また今度返してね!
それはこの旅行の思い出です。
この『動物園』への旅行が決まってから、もう一人の女の子は期待と興奮で眠れぬ夜を幾夜も過ごしました。
そして来園し、何度も何度も見返した、パンフレットに載っていた写真と変わらない風景の中に、自分が居ると気付いた瞬間の感動たるや!
もう一人の女の子は、絵を描くことが好きです。そんな子にとって、その感動をとっておくための最良の手段は、やはり描くことでした。
目の前の、もっとも新しい友達ならば、どうしてその感動を共有してくれないなどということがあろうか。
もう一人の女の子は、例えどんなに離れていたって、この友人ならばきっと、その瞬間を分かち合えると信じています。
だから、スケッチブックを渡すのです。再開の約束と共に。
うん! また今度、絶対ね!
女の子は、新しくできた友達の似顔絵と、受け取ったスケッチブックとを抱きしめます。必ず返すんだ、という思いと共に。
さて、では犬はどうしていたか?
犬は二人のやり取りをジッと見つめていました。二人の話をジッと聞いていました。
しかし、犬にはそこで交わされた約束の意味は分かりません。
バイバイ、またね。
バイバイ、またね。
二人の女の子が交互に、撫でり撫でり。
ふりふり、ふりふり。
でも、いいのです。柵の向こう側で別れた二人が遠く見えなくなっても。
二人はお客さんなのだから、自分はこうしてここで待っていれば、きっとまた出会えるということを知っているのだから。
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