1-12 Faded and Start Floating


 ♠.


 「さて」


 荒井は居住まいを正すと、桜の方を窺った。


 「話に入る前に報告を聞こうか」

 「は?」

 「任務の報告だ」

 「構成員は全員始末したが大した人数はいなかった。ゴキブリホイホイみたいにゃ上手くいかねえもんだ。だがかなりの量のヤクを発見したんで指示通り家ごと燃やしといたぜ」


 桜はホルスターに拳銃を戻し、腰に手をやった。それを合図にしたかのように他の黒鎧こくがいメンバーも銃を下ろし、各々の収納場所にそれをしまう。陽菜子はガンガンに鳴り響くヘヴィ・メタルが音量を下げながら徐々にフェードして消え行くように、室内を満たした緊張感が消えるのを感じていた。


 「上出来だ。このゴタつきを除けば。だがこれはお前らの責任じゃないしな」

 「当たり前だろ。ヴードゥー教の呪術師でもこんな悪趣味な手品は仕掛けない」

 「そうさね。原因不明に対処法無し、だ。なってしまったもんはしょうがない。なら必然的に話はこれからどう過ごしていくか、になってくる」


 俯いていた陽菜子も顔を上げる。身体の入れ替わってしまった私は、いや私達は・・・これからどうしていけばいいのか?家族におはよう。学校の先生におはようございます。結城陽菜子の顔ではなく、真っ白な肌の、眼帯の少女の顔で。ノーマルを気取るには無理がある。そんなのは自明であった。


 「―――交換生活、か」


 桜が口を開いた。

 

 「お前のクオートを引用しよう。“私達は存在が違法、情報が流れれば大スキャンダル”。その通りさ。地下に潜った政府の殺し屋組織が行方不明の少女を洗脳し、殺し屋として利用。か?クサい長編スリラーが書けそうだ。一日と経たないうちにこの子の親はポリコに捜索願いを出すだろうぜ」

 「じゃあなんだ!?陽菜子ちゃんに仕事の手伝いさせろってかよ!?」

 「短絡的だな、誰が素人に銃を持たせるか。クソを殺してその都度ゲロ吐いて足引っ張られても困るのさ」


 さっき見たあの血溜まりを思い出し、陽菜子は嘔吐えずくと両手で口を抑えた。


 「すいません・・・!トイレを・・・」

 「オーケー。こっちだ、着いて来い」


 栗栖が彼女の肩を抱いてトイレまで連れて行った。心が癒えきっていない少女を平気で小馬鹿にするような発言をする荒井の冷たさに、桜は彼を睥睨へいげいした。


 「てめえなぁ・・・」

 「普段通りにすればいいのさ、桜。お前はジャックと二人で暮らしてるだろ?中身が変わっただけだ。そしてジャックには陽菜子の役を演じてもらう」


 桜の激情を無視するようにして荒井は主張する。


 「とりあえずお前には有給を与える。近況報告の為に週一であの子を連れてここに来い。“あの眼”の事もあるしな。世の中には不思議な事がいっぱい、ってか?笑けてくるぜ」


 ジャックがフッと鼻から息を出すと二人の会話に割り込む。


 「普通というものがよく解らんが私が“あの眼”を閉じて見ていた世界がその普通なら常人は“あの眼”を通して世界を見ただけで発狂するだろうな。あの力を乗りこなせるとは思わん」

 「―――だ、そうだ」

 「解ったよしゃあねえな・・・つかジャック、お前はやり切れんのかよ?」

 「給料が出るならな」


 余裕そうに言ってのけるジャックに荒井が自分の笑みを隠そうとするかのように俯きながらフフフフと愉快そうに笑った。逆に桜は不愉快そうにそんな彼女をめつけている。


 「彼女が落ち着いたら彼女の交友関係や口癖といった擬態する為の材料を聞こう。人生とは不思議なものだな。縁が無かった学校に行く事になるとは」


 そう言ったジャックの表情にはどこか嬉しそうな、この国であったら短かろうが長かろうが、誰もが普通に経験するはずの学校生活という彼女にとっては未知の体験に心踊らせるようなものがあった。そんな自分の哀れさを知らぬような彼女に、桜は自嘲するような笑みを見せた。


 「――――そうだな」



 


 

 明るい色の絵の具を少しずつ足していくように空が白み始め、目覚めた鳥達が唄うよう鳴く。ジャック達のような夜の子供達が眠りにつき、永久とわなる平和を信じてやまない人々が目覚めるときが近付いてきていた。朝の始まり。アパートの駐車場にはジャック、陽菜子、桜の三人の姿があった。


 「まあそれは陽菜子ちゃんにしてもおんなじことを言うべきなんだけど・・・ジャック、マジで大丈夫なのかよ」

 「私は問題無い。それより陽菜子を守る事に集中してやってくれ。私に恨みを持ってる人間なんて少なくはない。中身が入れ替わってしまったんです、魂は赤の他人のものなんです、なんて命乞いが通用するとは思えない」


 ジャックは腕を組み、空を見上げた。目を凝らせばまだ星を見る事ができる。夜が明け、その姿が地上から見えなくなったとしても確かにそこに存在し、輝き続ける星。そんな星と暗がりに生きその手に持った銃で夜闇に火花を散らす自分を照らし合わせ、彼女は皮肉っぽく笑う。


 「なんだ?」

 「いや、なんでも?じゃあ私は行くとする。また連絡してくれ」

 「じゃあな」

 「私はさよならは言わない。まだ死なないつもりだしな」


 踵を返し、去ろうとする自分の―――いや、ジャックの背中を陽菜子が呼び止めた。


 「あの、ジャックさん!」

 「なんだ?」

 「私・・・好きな女の子がいるんです。理沙ちゃんって子なんですけど、もし彼女に何かあったら―――守ってあげてください」


 え!?女の子が・・・女の子を好き!?桜が驚愕を絵に描いたような表情で彼女を見るのに陽菜子は気付かなかった。そしてジャックは背を向けたまま応える。


 「了解した、守ってみせよう・・・その代わり君も私の身体を守り続けてくれ。来るかも解らない、この馬鹿みたいな幻想ファンタジーの終わりまで」

 「―――はい!」

 「それと陽菜子、私も歳は17だ。というか年功序列なんてものを私は気にしないしジャックさんじゃなくてジャックでいい。じゃあ・・・また会おう」


 やがてジャックの姿は消え、太陽と時を同じくして世界が目覚め始める音が聴こえたような気がした。おかしくなってしまった私と彼女の人生に、どうか幸を。そんな陽菜子の祈りは声も無く。どこからか吹いた風が天使の代わりに彼女の純白の髪をそっと撫でてどこかへ消えた。

  



 

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