第35話:広い世界へ
翰川先生と過ごすのは実に半年ぶり。東京に飛び立つまでの4日間だけでも、すごく楽しくて嬉しい。
「キミの料理は美味しいな。また腕を上げたんじゃないか?」
「いつも通りっすよ」
鮭のホイル焼きに、味噌汁と春雨サラダ。あとは梅干しや浅漬けなど。適当にありあわせなのに、先生は美味しい美味しいと褒めちぎりながら食べてくれる。
こそばゆい。
「ふふ。京とも手料理を振る舞い合っていると聞くぞ」
「……そういうのどこ情報なんです?」
「リーネア」
「あの人、けっこう気を利かせてくれてるのにスパイもしてたのか……」
京とデートするとなると、彼は『用事あるから』と出て行くことが多い。
「僕はリーネアにきちんと報酬を支払って依頼していたのだぞ。具体的には銀座のちょっと豪華なデザートだとかで」
「暴露してくスタイル」
昨日のリーネアさんはあちこちでお菓子を分けてもらって上機嫌だった。
あの人は愛想があるタイプではないが、さりげに手伝いや重たいものを引き受けたりするから、ばあちゃんからもけっこう親しまれている。
「彼はいろんなコミュニティで末っ子ポジションなので、お兄さんで居られる京のそばは新鮮で嬉しいらしい。可愛い妖精さんだろう」
「可愛い妖精さん、昨日、爆薬で缶開けようとしてお姉さんに殴られてましたけどね」
「そんなところも無邪気で可愛い」
おそらく、リーネアさんがこちらの世界の常識を学習できることは、未来永劫ないだろう。
「いやまあいいんですけど……対等な立場で常識を説くことができる人がいたら、リーネアさんの悩みも軽くなると思うんだけどなあ」
「悩み?」
「あの人、割と異種族の中では常識人じゃないですか。自分のコントロールが利かないのが癇癪の種みたいで」
以前、京の家に京をデートの迎えに行ったとき、リーネアさんが酔っ払いながらそんな内容のクダを巻いていた。京曰く『ご友人さんに飲まされたみたい』だそう。
「…………。むう……しかし、僕らは常識がない」
「ですよね」
無い物ねだりだ。
「だが、友人が悩んでいるのなら助けたい。オウキなどとも相談し、案を練ってみよう」
「そうしてあげてください」
リーネアさんにはなんだかんだでお世話になっている。
「空港にはリーネア運転で行くのだったな」
「はい。業者さんに車を引き渡すから、千歳に着いたらあとは電車で空港まで」
かつて怨霊のおじさんがくっついていた白のワンボックスだが、北海道から去るとなってはお役御免ということでお焚き上げするそう。
「車のお焚き上げってどうやるんすかね」
「車をある程度バラしていって、それぞれをお清め。そして、『全てを燃やし尽くす聖なる炎』という、名前が正しいのかどうかさえ全くわからない火力の魔法でお焚き上げだ」
「……格好良さげですけど、燃やし尽くすってどれくらい?」
「何を焼いても灰も残らないのだとか」
こわい。
「……『何を焼いても』って、すごいなー……」
「魔法は物理法則が通じないから。これはシアの術式を元に編纂しているぞ」
あの人そんな魔法使えるのかよ。
「そういえば、物置の幽霊はどうした?」
「明日マーチさんが引き受けてくれるって。ついでに俺んちの家具を輸送してくれるなんて言うから、至れり尽くせりっていうか……なんか申し訳ないっすね」
「光太だから何も起こっていないのであって、キミ以外なら霊障が……と言っても理解しないんだろうな」
「この世には不思議がたくさんですね」
「うん。キミの神秘も不思議の一つだな」
「……そうすかね?」
本人としてはどうやったら意識的に使えるようになるのかもわからず、力を使っている感覚もない。
「ふふふ……光太の神秘の仕組みは未だ不明だが、どういう原理なのかはわかるよ」
「?」
「キミは人のことを信じている。どんな人にも良いところと悪いところがあるのだと善悪偏らずに見ていて、人の心に投げかけるんだ。……押し付けにならないのがすごいよ」
「……よくわからないんですが」
「神さまがいることも疑わなかったのだろう。不思議な神秘を持つキミが信じていたから、神さまは姿を現せたんだよ」
「拝殿と向き合ってお参りするってなれば、俺の中ではそこに神さまがいるんですよ。そういうもんだと思って。違うんですか?」
「そういうところがキミの強さの根っこなのかな」
翰川先生は、よく俺をからかう。
「キミと京が付き合えて良かったと思う」
「どうもっす」
気恥ずかしくて顔を上げられない。
「応援してくれてたんですね」
「当然だ。みぞれが札幌に来たことだけは予想外だったが、妹は僕なんかよりずっと器用だからな。大人の女性なアドバイスをしてくれたことだろう」
伝える気はありませんが、あなたの妹さんはたいへんな変態でした。
「……。告白前後にリラックスさせてくれました。助かりましたよ、うん」
「そうだろうそうだろう。僕の妹は優しくて可愛いんだ」
「俺もとてもそう思います」
「うむ」
あー、先生可愛いなー。
「そういえば、本日の京はどこに?」
「今日はクラスメートたちと担任の先生とで、クラスのお別れ会だそうですよ」
「良いな。京もパターンシンドロームが治って幸せだろう」
たぶん、彼女のそれが治ったのは、俺とのキスがきっかけだった。
思い返すだけで心臓が痛い。
「純情で可愛いカップルだな」
「……どうもっす……」
撃沈から立ち直って、先生の講義を受ける。
「アーカイブには、世界の物事を描くコードやスペルのような『記述系』。物事を操る『命令系』などの種類があってな。パターンは記述系に分類されるが、命令の面もあるんだ」
「命令のイメージが強いですけどね」
物体を動かしたりテレビつけたり出来るリーネアさんは特に。
「ドロシーを思い出してみればいい。彼女の能力は『理想化』だろう。イメージしたものを世界に描き表しているのだと思えば、記述系なのは間違いないよ」
「なるほど」
「パターンがすごいのは、アーカイブしか操らないということだ。人のことは絶対に操らない。神秘の暴走を止めるときなんかは、その神秘持ちを傷つけることなく止められるんだぞ!」
聞くに、先生のお友達さんにはパターンの達人が数人いて、ただでさえ濃いメンツのご友人のストッパー役をしているのだそう。
「代わりに自分自身のことは苛烈に改造してしまいがちだが、キミは京を引き戻せる。キスにより、唇を通して神秘が伝い、彼女に作用したのだろう」
「……」
「だから、僕としても京を見守るリーネアやシアとしても……キミとこのまま付き合い続けてゴールインしてくれたら安心なのだが」
勢いに任せてプロポーズした。
指輪もないし、書面にして約束したわけでもない。大学に合格したかもわからない。さらには就職できるかも不明。
だが。
「嘘にはしたくないです」
俺の将来の夢は京と結婚することだ。今決めた。
「大学行っても、頑張ります」
「応援しているぞ!」
朝に弱い先生が眠っている間に、俺は物置の神棚にお供えをして手を合わせる。
「今まで見守っててくれて、ありがとうございました。あとは専門の方が来てくれるそうです。俺からも、あなたのご冥福を祈ります」
姿も見えないが、昔からこの家に居た人だ。挨拶はきっちりしなくちゃな。
2人でゲームをしたり、佳奈子と遊んだり、京と話したり、紫織ちゃんとこしあん派つぶあん派で議論したり。
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
ついに、飛行機で東京に飛び立つ前日の夜。
「紫織はもうすでに準備してあるから、東京で美織の学校の修了を待てる。佳奈子はローザライマ家が預かる。京はリーネアが。そしてキミは僕とミズリの家」
「お世話になります」
「うむ」
東京で住むマンションの準備ができるようになるまで、俺たちはそれぞれの先生の元に下宿させてもらうことになっている。
「大学が始まるのは入学式からだが、それまでに出す書類や手続きがあれこれとあるので、東京で届く予定の合格通知に同封された紙をよく読んでほしい」
「うっす。……いや、合格したかもまだわからんのですが……」
不合格だったとしても、寛光近くの他の大学が滑り止め。こちらはすでに受験を終えて合格通知ももらっている。
「キミなら合格していると思うが」
「……ありがとう」
翰川先生の方こそ、人を疑うことを知らない。信じてくれる。
「あとその。合格不合格どっちでも、姉とは会います」
「うん」
「……会うときは、先生も居てくれたらですね……」
「もちろん。仲介役は最初から最後まで務めるよ」
ありがたい。
「あっ、あとですね」
「なんだろう?」
「実は飛行機に乗るのドキドキしてるんです」
俺は物心ついてから飛行機に乗ったことがない。
小学校時代の家族旅行は車で近距離だったし、修学旅行は中高だめだったしで……
「これ他の人に秘密で」
さすがに恥ずかしい。
先生はなぜか目尻を拭ってから頷いてくれた。
「……もちろんだ」
「雲の上って写真とってもいいんですか? あと、飛行機にイヤホンついてて音楽聴けるってほんとですか? 他にもですね――」
ネットで調べた飛行機についての情報を聞いていると、答えてくれていた先生がほっこりした顔で呟く。
「キミはなんとも可愛いやつだな」
「なんで和んでんですか。俺は至って真剣なんですよ」
「わかっている」
彼女が笑う。
「どこへでも行こう」
「…………」
差し出された手を両手で包み込む。
「はい」
もう俺は、どこにでも行ける。
少年は天才と神秘の夢を見られるか?8 金田ミヤキ @miyaki_kanada
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