第34話:互いに歩を進める
光太がお姉さんと会えるなんて、すごく幸せなことだと思う。翰川先生とギクシャクすることなく、お姉さんの神秘がどんなものかを教えてもらったりして談笑。
私は彼のことが大好きだが、大前提として、彼のそういった強さを人間として尊敬している。
「……」
佳奈子はミドリさんと紫織とチーズフォンデュの鍋の前で話していて、とても楽しそう。
パヴィちゃんは翰川先生にはしゃいで飛びついて、光太と先生に可愛がられている。
美織はセプトくんと一緒になってルピナスさんにじゃれついて……
「賑やかだなあ」
なんて楽しくて平和な光景。
シェル先生から『フランス土産です。娘がお世話になりました』と渡された石鹸はマルセイユ。世界的に有名で、しかも最高品質の石鹸の詰め合わせをもらってしまった。
「……美味い」
リーネア先生はついでにもらったクイニーアマンというお菓子を食べて上機嫌。直訳すると『バターのケーキ』となるお菓子だから、乳製品好きな妖精さんにはたまらない美味しさのようだ。
ちなみに、シェル先生は翰川先生にぶら下がろうとするパヴィちゃんを止めに行っている。
「ケイも食べろよ。お前がした結果にもらったお礼なんだから」
「食べてますよ」
食べるのも美味しくて幸せだが、先生の爽快な食べっぷりを見ているのも楽しい。
「そうか? ……じゃあ、もう一個」
クイニーアマン、気に入ったらしい。チーズを絡めたパンや野菜も食べているし、常人であればカロリーが気になってくる取り合わせだ。
「……先生は、東京に行ったらどうするんですか?」
彼は以前、『お前に俺が教えられることはこれ以上何もない』と言った。私の精神も落ち着いた今、同居までする必要性も薄い。
なんだか寂しいなと思っていると、彼は少し考え込んでから答えた。
「お前が大学行って落ち着いたら、一旦は故郷に戻るよ。母さんの墓参りしたい。墓の前で、報告したいこと伝えてくる」
「……」
「最近ずっと夢見ててさ。あんまり寝られなくて……心配かけた。ごめん」
そうだったのか。
「……どういう夢ですか?」
「母さんを殺す夢」
耳元で囁かれた言葉に息を飲む。
「サチから『自罰の意識がパターンで作用している』って言われた。夢ってよりは追体験って表現にしたほうがいいんだろうな」
「……」
「たまに見てたんだが、こうも連続で見続けたのは初で……さすがに精神が削れたよ」
私は混乱して先生を撫でる。
「だ、だだだだ大丈夫ですか先生。苦しいですか? 気付けなくてごめんなさい……!」
「お前ってすごいよな。……お前のそばだと父さんが正気でいられるのも、なんかわかる気がする」
「私、真剣なんです! 先生が苦しい思いをしていたのなら、支えたいです。そばに居たのに、何も……」
彼は苦笑して、私の手をそっと掴んだ。
「その優しさだけで元気出るよ」
「……」
「夢の続きを見ようとしたけど無理だった。母さんが俺になんて言おうとしたのかわかんなかった。でも、この疑問を抱えていくのが俺の罰なのかもと思えば、別に不快じゃないな」
強がりではないのはわかっていたが、私は言わずにいられなかった。
「きっと、『愛してる』って言おうとしたんだと思いますよ」
先生が目を見開く。
それから、困ったように笑う。
「だといいな」
「きっとそうです」
どんなことがあってどれだけ辛い気持ちでいたとしても、息子に一生の十字架を背負わせることはお母さんの本意ではない。
絶対にそうだ。
「……。母さんの墓参りしたら、北のほうに行ってオーロラを見てこようと思う」
「オーロラ……素敵ですね」
地球が見せる自然の一面。極寒の世界で空を極彩色に輝かせる光の名だ。
「昔、雪原で銃撃戦やった時に見たことあるんだが……当時は俺に感受性がなかったからな。母さんが父さんと見て綺麗だったって言ってたから、俺も見てみたい。……今なら、『明暗差で目くらましになるな』とか以外の感想を抱けるはず……」
先生は揺るぎなく戦争主義者。しかし、自分が変わっていくことができると信じて、自分を認めている強い人でもある。
「いいですね。オウキさんとカルミアさんたちは誘わないんですか?」
彼は眉間にしわを寄せて悩んでいる。
「カルも父さんも姉ちゃんたちも……みんな俺と違って忙しいから……」
「誘ったら喜ばれると思いますよ」
「……」
しわを解いて呟いた。
「近場の旅行になら、今度誘ってみるかな」
「いいですね。温泉とかいいと思いますよ」
「温泉か。考えとくわ」
日本国内には各地方に温泉がたくさんある。関東からなら、各地方に足を延ばすことも気楽にできるだろう。
「……まあ、あれだ。東京に行っても、お前が就職しても光太と結婚しても、お前とは師匠と弟子でいたい」
「っ……」
顔が熱くて、変に手をぱたぱたと振る。
私の奇行にくつくつと笑ってから、彼は私に手を伸ばした。
「これからもよろしく」
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
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