エピローグ
第31話:カミサマちぐはぐ
卒業式は出なかった。
ファイルを開けたらメンタルがぐずぐずになったから。
【
3歳頃北海道○○市の児童養護施設に預けられる。
保護施設とは名ばかりの『座敷わらしを作るための機関』であり、天樹智咲は16歳で施設を脱走。その後は札幌まで逃走。
札幌市□□区の△△で通り魔の男により殺害。
以降は札幌市内をさまよい、藍沢ミドリの元へ】
「落ち着きましたか?」
目が腫れるほど泣いたり、先生やアネモネさんに当たり散らしたりして、あたしはようやく心落ち着けていた。
今は先生にしがみついている。
「先生は、……どうしてあたしを助けてくれるの?」
あたりには家具と食器、日用品が散乱している。泣き叫んでいる間、あたしの理屈のわからない力が荒れ狂った跡だ。
あたしたちの周りだけ無事なのは、先生が魔法で防壁を張ってくれたから。
「あたしのこと助けるの、どうして?」
かつてオウキさんから『教導役の義務もなしにあの子が入れ込むことはない』と言われたほどだ。
出会う前にあたしが彼や彼の家族に何をしたという記憶はない。
ならば、生前のあたしに何かがあるのだ。
「順を追ってでも良いでしょうか」
「うん」
ローブを手で握り込むと、彼はあたしの頭を呆れ顔で撫でた。
「俺はひぞれを追う形で北海道に来ました。紫織の状況からして、俺の家から教導役を出すことにもなるだろうと思い、あれこれ手続きの書類を準備していたのです」
彼はいつからコウの呪いと紫織のことを紐づけていたんだろう……
「電話で、ひぞれに『おもちゃたくさんの部屋に、幽霊とも魔するものとも知れない気配がする』と伝えられました。駄目押しに光太の家に踏み入れた時、ひぞれの言う通りの気配もあって存在を確信しました」
「……」
こういうときに、この人がどれだけ凄まじい天才で魔法使いなのかがよくわかる。
「あなたとも出会ってあれこれ話しましたが……何もなしに『座敷わらしになろう』と思うでしょうか?」
「だってそれ以外思いつかなかったんだもん」
「幽霊には体がありません。生きる権利もなく、あるのは薄弱な存在の権利のみ。権利にしがみつく幽霊は自然と気付きます。空気中には微細ながらアーカイブが漂っていて吸収出来ること。それを繰り返して魂の強度が上がると他の幽霊をも吸収できることに」
「……うえ……だから、そんな気持ち悪いの思いつかないってば」
想像もしたくない。
「普通はそちらを思いつくのです。だからあなたが気になった。あなたと話した情報から年代の当たりをつけて、リーネアに警察の記録や死亡届け、墓を持った施設などの情報を持ってきてもらいました」
「リーネアさんって何者なの?」
京が以前『先生はすごいんだよ!』と話してくれた内容には違法の香りがしたが、今のでより濃くなった気がする。
「職人の才能を鍵開けに特化した天才です。持つべきは友人ですよね」
「友達は選んだ方がいいわよ」
ただでさえ倫理観ゼロなんだから。
「それはさておき。俺は魔術方面で何本か論文を書いたことがあるんです。その中にひとつだけ、日本独特の妖怪が関わるものがありまして」
「……」
「要約すると『人が神さまになる方法』を書いたわけです」
『神を成らせることが俺の専門です』と付け足す。
「戦いじゃないのね」
「人を殺したいのなら包丁で刺せば死にますよ。魔術でなくとも出来ることをわざわざ研究してどうするのですか」
「…………。変なこと言ってごめん。忘れて」
じっと見るあたしに、先生は首を傾げて続ける。
「……単なるコンプレックスなのですが。俺は、存在が不安定な神を安定させる役目と神を殺す役目を持つように手を加えられた悪竜です」
「殺すはともかく、安定させるって幽霊みたい」
「神は逸話で肉付けされて定義されなければなりません。幽霊と違って簡単には消えませんし、扱う神秘の幅も威力も狂っていますがね」
それでも、自分の存在が不安定な状態というのは誰にとっても嬉しくないし、安定させて欲しいと思うだろう。
すがりたくなる心理も理解できる。
「要は、すごく繊細で複雑な感情が詰まった専門分野なわけです」
「……うん」
彼が魔術学部じゃない理由もわかった気がした。
「なのに魔術協会から『論文誌の穴埋めに、箔付けになるものを書け』だとか言われて……ルピネやタウラなど魔術の界隈で働く子どもたちの立場を危うくするような内容を滲ませながら、俺の専門分野を指定してきましてね」
死人出てそうなんだけど、魔術協会とやらは心臓に剛毛が生えた人の巣窟なのかしら?
「とびきり意味の分からない論文を書こうと決めました」
大人げなさが揺るぎない。
「結果、当時は理解できる人が知り合い以外いませんでした」
「そんな内容で文句出ないの?」
「わからない人の頭が悪いだけでしょう?」
すごく不思議そうな顔をされた。
「……しかし、200年近くも経つと解読が進められ、理解した人がいたそうで。それを使って座敷わらしを作ろうとしたのが児童養護施設に関わった大人たちです」
彼が直接関わったのでないなら、もうそれで良かった。
「ギャンブル狂の富豪にそんな知識を伝えてしまったものとして、被害者であるあなたに贖罪をしようと思ったわけです。あなたがファイルを見たときにすべきだと思ったので……」
彼は首を傾げる。
「この場で自分の首を刎ねましょう。死なないので詫びにもなりませんが――」
先生に抱き着く。
「……」
「あたしのこと好き?」
この質問だけ切り取ったら、あたしへんな女みたい。
「好ましいですよ。娘のように可愛らしい」
「っ……ひぅ……」
「あなたは俺に何を望みますか?」
「これからもっ……見守ってください……」
それだけでいいから。
「刎ねる準備をしてきたのに」
「なんでしょぼんとしてるのよぉ……もっと自愛してよ」
「その手の機能がないものでして」
「…………」
「なんで泣くんですか」
「もういいもん……アネモネさん、呼ぶもん……」
ファイルを読んだと知った先生は、即座に奥さんを退避させていたのだ。
「呼んだ?」
「っきゃ――⁉︎」
冷蔵庫から美女。
彼女は即座に距離を詰めて、ぼそぼそと呟くあたしの自己紹介を聞いた。
「智咲。綺麗なお名前ね」
「……ぐすっ」
アネモネさんに抱きつく。
「あらまあ。怖がらせちゃったのに、強い子ね」
「よりによって前日に見るとは。出られなくなるでしょうに」
現在時刻は卒業式当日の昼2時。間に合うわけない。
アネモネさんはあたしの顔をタオルで拭いながら、くすりと笑った。
「あなたには絶対にわからない心理よ」
「ふぇあう……」
「ね、佳奈子。泣いたり力が暴走したりして、疲れたでしょう?」
「うー……」
「私も夫もそばにいるから、眠りなさいね」
「目覚めたらミドリさんとお話ししなさい。卒業証書も渡してあげます」
「なんで持ってるの?」
「康孝から送られてきたんですよ」
予知されている。
「寝る。寝る……」
「うんうん。さ、お部屋行きましょう。……あなた、お片付け頼んでいいかしら?」
「頼まれますね」
「ありがとう」
頭の横でピピピ……と電子音。ローザライマ家の末娘ちゃんが目覚まし時計を掲げていた。
「佳奈子、起きた」
「パヴィちゃん、もっちり……」
「んぅ」
むにむにしている間に、セプトくんがあたしの部屋を出て報告しに行く。
「佳奈子さん、お目覚めです」
幼児らしくむっちりもっちりな肌触りが素敵だ。癒される。
「時計見てね」
「?」
デジタル時計が示すのは、3月8日の夕方6時。
「これからね、みんなで、ミドリさんのおうちに集まるの。卒業のお祝い」
彼女はじっとこちらを見据えている。
「だから、シャワーを浴びて、身支度」
「行ってきます……」
「先生、あたしの髪染めた?」
もともと茶髪だったけど、さらに色が抜けてミルクティー色になった。
「そんなことしません。智咲は何代か上で他の国の血が入っていたそうですよ。髪色を受け継いだのかと」
「そう、なんだ」
「ところで、あなたのことはなんと呼べば良いですか?」
「……あたしは佳奈子だから、佳奈子でいいの」
彼とアネモネさんがそれぞれ頷く。
セプトくんとパヴィちゃんも頷いた。
「でも……たまに智咲って呼んでね。……先生とアネモネさんたちだけの時ならそうしてね」
「うん、いいわよ」
「ちさき!」
ああ、今日もパヴィちゃんは可愛い。ほっぺをもちもちする。
「んぅ」
戯れ終えると、アネモネさんがおばあちゃん家で料理の仕込みを手伝うというので、末っ子ちゃんたちと出て行った。
手を振る双子ちゃんが究極可愛かった。
「先生、来る面子は?」
「いつもの顔ぶれですよ」
「そっかー……これから、京たちに欠席の言い訳かあ……これで、小中高の卒業式欠席」
大学のもバックれたらコンプリートね。
「誇れることではありません」
「先生だったら出る?」
「学校に行くことすらないでしょう。断言します」
「矛盾が激しいわね」
「感情を持って思考する生き物は、生きているだけで矛盾しているのです。これぞ人間らしさの極致であると思い学習しました」
「学習しちゃダメなもの学習したわね……」
「父を見習った結果です。完全無欠に近い父を感情持つ存在たらしめているのは、矛盾がある故ですし」
「お父さんってどんな人?」
「……。とても賢くて強い人です。難点はありますが総合的には尊敬しています」
「へえ……」
先生は人を紹介するときは短所を大幅に省く。省かなかったということは、けっこうな曲者さんなのかもしれない。
「……」
落ち着いてから自分のスマホを見て、気になったことが一つ。あたしの体調を心配する京のメールの中に一言だけ。
「京から、先生に会ったって。……あたしの家、抜け出す暇あった?」
先生が凄まじい表情をした。憎しみと愛おしさを混ぜ合わせて濁ったような、そんな表情。
やっぱり、お姉さんか。
「…………。俺と姉は、記憶も感情も繋がっています。というか存在ごとイコールなので、俺そのものになって会うこともできるでしょうね」
「で、今日は京に会うの?」
「姉から礼をしろと言われたので」
「……言われたからお礼って先生らしくないわよね」
「色々あるんですよ。姉は俺に成ったから俺の特性を使って京の症状を治療していますし、姉だから俺には感じ取れない京の異変も逐一わかっています。俺は本来、京に会うべきではありませんし。……ですが娘が世話になったのできちんとお礼がしたいです」
「忙しいわね」
嫉妬と愛おしさと……その他多種多様な感情が混沌としているらしい。上手く言えないのだろう。
「うるさい黙れ」
大人げのなさに逆に安心する。
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