第32話:彼女の家に滞在して

「あー、これなんだっけなー……」

「あなたが数千年くらい前に作ったもの?」

「あーそうそう。あっはっは、そういや作ったなあ、そんなの」

 絶対適当言ってるだろこいつ。

 俺はイライラを抑えつつ、自分の何代か上の祖先――魔神夫婦に問いを重ねる。

「……これの動力は、コードでいいんだよね?」

「それはもちろん! ボクは設計図も作らないし、さっき手伝った建物がなんなのかも忘れるけど、これに関してはお気に入りだったから間違いないよ。確か『存在確率を維持し続けるためのコード』で回してる」

 どうしても狂ってるな、魔神は。

 お気に入りなのに埋めたことは忘れるとかおかしいだろ。

「で、これがどうかしたの? もっかい作ってって言われても無理だよ?」

「頼むつもりはないよ。……契約の変更に許しをもらいたいんだ」

 タウラくんがからくりにより深く触れてくれたところ、『この機械は魔神とあるべきものである』という文言が見えた。そこがからくりの存在のキモだ。持ち主を書き換えてられるなら、この土地から抜き取ってもこの地に影響は出ないし、詳しい解析も可能になる。

 シェルに頼んで魔神夫婦を顕現させてもらい、こうして交渉の場に望んでいる。

「しっかし、ヴァラセピスなんだかユングィスなんだかわからない子だなあ」

「……」

 俺と双子の兄、そして父と叔母と祖父の呪いは、種族特性の暴走によるもの。ユングィスを殺した者は呪いを受け、天の涙すなわち雨を浴びることによって種族特性が暴走する。同族でも容赦なく、俺たちのようにユングィスの特性が暴走する。

 魔神こそはレプラコーンの祖先。仕組みを見るのはお手の物だ。俺の纏う因果も見えているのだろう。

「ま、いいけどねー。契約変更、鬼っ子が書類整えてるんだろ? サインするからよこして。そんで帰る」

「夫がごめんなさい」

「……別に、いいです」

 リナリアに激似の魔神がサインをして、金髪の魔神はじっとしている。

 サインを終えた瞬間、2人の姿は消えた。

「はー……」

 もう二度と会いたくないな、あの2人は……

「ルピナス、終わったのか?」

「うん。間借りして悪かったね」

 ローザライマ家の屋敷の一室をお借りしていた。

 ルピネちゃんが入ってくる。

「…………」

「ん……へ、変か?」

 エンパイアシルエットのドレス。ピンクとオレンジにグラデーションがかかっていて、彼女によく似合っている。

「ハノン姉上に『これくらい攻めていきなさい』と、お仕着せられたのだが……」

「見惚れただけだよ。ごめんね」

「っ……ん……」

 やばい。ルピネちゃんが超可愛い。

 抱きしめたい。

「……私はあなたが好きだ。だが、上手く弁別ができない」

「うん」

「それでも、私で良いと言ってくださるのなら……まずは文通を……」

「どこまで古風なのさ。するけど」

 真っ赤な顔の彼女の横顔に見慣れない虹色。花を模した髪飾りが咲いていた。

「……」

 その滑らかさと光に輝く質感は、ガラスが糸に変わったかのよう。その糸で花の形に編み上げているらしい。

「それ、どうしたの?」

「勝負に臨むときにつけると決めている髪飾りだ」

 勇ましいな。そんな彼女も好き。

「かつて私は、すごい職人さんにガラスのコップをもらった。大切にしていたのだが……ある日に落として割ってしまい、それでも大泣きする私に、父は魔法でガラスを細い糸のように整形し――編み上げて花にしてくれたのだ。『これが壊れたら諦めなさい』と言いながら」

 たぶんそれ、うちの父さん。宝石とガラスを魔術的に混ぜたコップが誰にでも作れるとは思えない。

 宝石の価値を色と小銭としか考えていない職人でなければ到底作れないのだ。失敗したときに無駄になる宝石が勿体なさすぎて。

 さりげにシェルもとんでもない技術を使っているが、それは彼が天才だからであって、彼が職人であるわけではない。

「私にとっての勝負はあなたへの返事だから、つけている。……似合うだろうか?」

「世界で一番きれいだよ」

「……ん……」

 もじもじしている。ちょうかわ。

「甘えても、いいか?」

「喜んで」

「では遠慮なく」

 距離を詰めて俺にもたれた。

「魔神との話し合いはどうだった?」

「するだけ無駄って感じかな」

「あなたでも疲れるほどとはな」

「俺をなんだと思ってるのさ?」

「ヴァラセピス一族の良心」

「……複雑な気持ちはあるけど、一応ありがとう」

 俺は常人と比べると常識はないけど、自分の一族では常識がある方に分類できる。

 あと、性別の認識機能以外で精神が壊れたところもない。これは社会に溶け込む上で大きなアドバンテージだ。

 なんせ、父や弟にはそれがゼロなのだから。

「カルとツートップかもね」

「んぅ」

 頰を指で撫でると目を細めた。猫のようだ。

「ルピナス、好き。好き」

「…………」

 鎮まれ俺の本能。


「ルピネったら、甘えたさんなんだから」

「姉上も連写ですか」

「あとでルピネに見せてあげようと思うの」

「ハノンの方が鬼畜じゃね?」

「ルピネ姉様、お可愛らしい……」


 あとさっきから見えて聞こえてんだよローザライマ兄弟‼︎

「ルピナス?」

「あ、ごめんね。気にしないで」

「……わかった」

 ルピネちゃんは俺に抱きついて頭をすりんと擦り付けてくる。

 ここ数日彼女と接してわかったことは、彼女は鬼にとっての急所である首を預けることで親愛を示しているらしいということ。

 タウラくんやハノンちゃんが『羨ま死ね』と言ってきたし、ノクトちゃんも『父様か母様にしかしたことがございませんのよ』と面白がって教えてくれた。

「ふふ……」

 ああ、今日も彼女は可愛い。格別に美しい。

 俺の体質と自己認識、彼女にとっての自身の《欠陥》。お互いに足りないものがあって、だからこそ補い合えると思うんだ。

 順調な道のりとはいかなくても、ゆっくり進んでいきたいな。

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